夢魔-The Nightmare-・後編
「はい、カレーライスお持ちいたしました」
なんとか時間に間に合った俺は、店内唯一の男性客の対応をしていた。
こんな朝っぱらからよく食う客だ…そんなことを思いながら。
サラリーマン風の太ったその男は、一人で無心に料理を食っている。
まずはビールから始まり、塩ラーメンに味噌ラーメン、次に焼肉定食、カレーライス…。
タブレットから一食選び、それを食べ終わるとまたタブレットからメニューを選んでいる。
一人客は決して珍しくないが、朝からここまで食う客は珍しい。
スーツを着ているが、酒など飲んで仕事に差し支えはないのだろうか。
「よく食べる人ですねえ、あのお客さん。夜勤明けかな?」
「それにしても食べすぎなんじゃ…」
バイトたちも、その男の食事の量にひそひそ話をしているが…。
その時、その男から店員呼び出しがあった。
何ごとだろうと俺はその客のもとに向かう。
「すいません、寿司が食べたいのですが、タブレットにないのです」
視線も合わさず、男は俺にそう言った。
「あ、お客様、申し訳ありません。
タブレットにない商品はちょっと…」
「タブレット、つまり…。
…ここになければない…
ということですか?そうですね?」
不意に発されたその男の言葉に、俺は今朝の悪夢を思い出し…。
背筋に冷たいものが走った。
この男、まさか…俺に言わせたいのだろうか。
『そこになければない』と。
…いや、そんなバカな。あれはただの夢のはず…。
「あ、えっと…そ、その、なんというか…」
恐怖を覚え、どう答えればいいのかしどろもどろに答える俺に対し…。
その太ったサラリーマンは、今度はしっかりと俺に視線を合わせて言った。
「在庫は確認した?
あなたたち店員、誰も作れないの?
確認しなくていいの?
あなたの答えはどうなの?」
途端に横柄になる男に対して、俺はむしろ軽く怒りを覚え…。
「…わかりました、私が作ります。
素人なので時間がかかりますし、満足いただけるかわかりませんが…。
もちろん、その分の料金は頂きません」
と言い返した。
男はチッと舌打ちし…。
「…ふん、つまんねえ」
と吐き捨て、今まで食べた料理の金も払わず足早に店を去っていった。
あー!食い逃げー!警察、警察!と叫ぶバイトの声が響く。
俺は急いで警察に電話しながら…内心、安堵していた。
『あの言葉』を言わなくて済んだことに。
―――――
通報を受けて訪れた警察に事情を説明したあと、俺は一息つく。
こんな状況では、店を開けるのも無理だ。
在庫はもったいないが…今日はとりあえず閉店だろう。
連絡を受けて急ぎ訪れた店長が、警察の聴取に応じている。
警察から聞いた話によると、あの逃げたサラリーマン風の男は最近よくこの辺に出没しているらしい。
なんでも食い逃げの常習犯で、店に無理難題を叩きつけてそのスキに逃げるのだとか。
「あの、さっきの男、っていうか犯人…もしかして加山って名前ですか?」
と、俺は警察に尋ねるが…どうやら違うらしい。
(俺の考えすぎだったか…。
だいたい、いつまでも悪夢を引きずってどうするんだ。
しょせんは夢だぞ、まったく)
そんなことを思い、心の中で毒づくが…。
事情聴取していた警察官が、ふと呟く。
「そういえば、このお店ではお寿司を出すんですか?」
と。
店長はそれに対して首をかしげる。
「え?いや、うちにはお寿司はなかったはずですが…」
「おや、そうなのですか。
さきほどアルバイトの方に聞いたんですが、そちらの方が作られるとか。
裏メニューとかですか?
いや、私も客としてここに来てますが…。
お寿司があるとは知りませんでした、実は大好物なのでね」
笑いながらそう言う警察官の言葉を聞き、店長が呆れて俺に向き返る。
「ちょっときみ、勝手にそんなこと言ったのかい?
ないものはないって、社員ならちゃんと言ってもらわないと。
いくら在庫があるって言っても、メニューにないものを出されたら
私だって困ってしまうよ」
「すいません…」
悪夢に怯えて、大チョンボを打ってしまったことに、俺は深く落ち込む。
バイトたちはそんな俺を見て
『なんで作るって言ったのかな。ないって言えば良かったのに』
『怖がってたとか?料金もいらないって言ってたよねー』
とひそひそ会話している。しっかり聞こえているのだが…。
警察官はそんな俺を見て優しく笑いながらタブレットを持ち、言った。
「はは、まあ、今後追加してもらえることを願いますよ。
あとは、とんこつラーメンとかもあると嬉しいな。
やっぱり今はここに載ってないから、ないんですよね?」
落ち込んだ俺はその言葉に励まされたせいか…。
「ああ、そこになければないですね」
と、言ってしまった。
瞬時、警察官も店長もバイトも…全員が会話を止めて俺を見る。
そして、警察官が唇の端を歪ませ笑いながら呟いた。
「…バーカ」
――瞬間、目の前の景色が変わった。
辺りは一面、真っ白い壁の、殺風景な部屋。
俺は店にいたはずだが…何が起きたんだ。
うまく声が出せない。猿ぐつわをされているようだ。
しかも、後ろ手を手錠で繋がれ、なぜか全裸になっている。
辺りを見渡すと、同じような状況で拘束された人物が6、7人…。
一瞬で、滝のように冷や汗が出る。
これは、あの夢の…。
悪夢の中の俺の罪と、先ほどの光景が、俺の脳裏にフラッシュバックする。
――『貴様は在庫があるにも関わらず、問い合わせをした客に
そこになければないですね、と答えたな!
よって貴様は、『体液在庫処分』の刑に処す!!』――
警察官が言った言葉。
『私も客としてここに来てますが…。』
あれはたまに、店に客として来るという言葉でもなく…。
今ここに客として来ているという言葉だったのか。
店長が言った言葉。
『…いくら在庫があるって言っても…』
あれは、在庫があるということを示す言葉だったのか。
そんな馬鹿な…そんな馬鹿な!
滅茶苦茶だ!
そんなこと…ふざけるな!!
そう考え暴れる俺に、部屋に備えられたスピーカーから、耳障りなノイズとともに、聞き覚えのある大声が鳴り響いた。
『我が名は加山!!これより、加山裁判を開始する!!』




