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MONKEY BUSINESS

深夜0時をやや回った頃だろうか。

好条件の取引を終えた山崎は、すっかり暗くなり、明かりに乏しい道を歩いていた。


始まりは二週間前。

K県に所在する、古くからの大地主。

今回の取引は、そこの現当主である名士の依頼から始まった。

山崎の噂を聞きつけ、どうしても表に出せない仕事を依頼したいという事だった。

本来なら新規客からの依頼など断るのが山崎のスタンスであったが、昔馴染みの山崎の重客から紹介状まで得たとのことだ。

やや強引な手法ではあったようだが、それを断れば、重客の顔をつぶすことになる。


その名士の依頼内容は、ある博物館から高名な美術家の絵を手に入れてほしいとのこと。

もちろん、合法的な手段で手に入れることができる代物ではない。


だが山崎にとっては朝飯前の仕事だ。

さっさと仕事を終え依頼の絵を名士に渡し、今ほど帰路に着いたところだった。


「さて…今回は、いつごろ気づくかなあ」


某国にある、誰でも知っている美術館。

そしてそこにあった、誰でも知っている美術家の絵。

その絵は、山崎によって本物とすり替えられた贋作が、今は仰々しく飾られている。

そして、気づかない観客たちが、贋作を見て、まるで自分こそが芸術がわかる者というしたり顔で悦に入っていることだろう。


道端の自販機で買った甘い缶コーヒーを飲みながら、山崎は少し笑みを浮かべた。 「多いんだよなァ、意外と素人さんが気付くことも…ん?」

ふと山崎は歩を止める。進む道の少し先に、人影が見える。

今にも消えそうな街灯しかないため、顔までは見えないが、三人の男であるようだ。

向こうも山崎に気づいたのか、三つの人影はゆっくりと山崎に向かってくる。


質感を伴った人影だ。

近づくにつれ、人影が笑みを浮かべていることまで見て取れる。


(幽霊ってわけでもなさそうだ…物取りかな?)


山崎が思案していると、はっきり表情が確認できるところまで人影―三人の男が来た。

男は三人が三人とも、想像以上に下品な笑みを浮かべている。

幾度かこの手の笑みを浮かべる人物に会ってきたが、ほぼ例外なく、下劣なタイプの人間だった。

過去を思い出し山崎がため息をついていると、真ん中の男がにやけ面で話しかけてきた。


「山崎さんだね…ちょっとそこまで付き合ってもらえるかい?」


再度、山崎はため息をつく。顔も下品なら声も下品だ。

話しかけてきた男は山崎よりも背丈があり、体格も良い。

おそらくこいつがリーダー格だろう。


「俺の名前を知ってるってことは、ただの物取りじゃなさそうだ。

 いいよ、付き合おう。少しならね」


その言葉を受け、三人組の右側…モヒカンの男が、ヒヒヒと笑う。


リーダー格の男がそれを制止すると、ついて来いというように山崎を一瞥した。


飲み終わったコーヒーの缶をポケットにしまい、山崎は三人の後をついていく。そのさらに後ろから、かすかに一人分の足音が聞こえた。


(なるほどね…もう一人いるってことか)


後ろに視界を向けず、山崎は考える。

おそらく、山崎が急に逃げ出した時のために足止めをする係だろう。

相手は三人組ではなく、四人組であったようだ。


(うーん…また面倒なことになっちゃったな)


頭を掻きながら、山崎は三人の後を追うように歩いていった。



数分歩いただろうか。

先ほどよりさらに暗い裏道へと着いた後、リーダー格の男は山崎の方に振り返った。

「ま…この辺でいいだろ」

相変わらず、下品なにやけ面を浮かべている。


暗闇ではあるが、この距離なら山崎の視力に影響を与えるものではない。改めて目の前の三人の男を観察する。


真ん中の男。山崎がリーダー格と睨んだ男だ。

角刈りで、プロレスラーのような立派な体格をしている。


その右はモヒカン。角刈り以上に下品な笑みを浮かべている。

目の焦点が幾分あっていないようだ。ドラッグの影響だろうか?


最後、左側はタンクトップのオールバックだ。

腕に大きな刺青を入れているが、「腰ぎんちゃく」という言葉がよく似合いそうな、貧相な体つきだ。


「で?俺に、何の用なんだ?」


リーダー格の角刈りに問うが、角刈りは何も答えず、にやにやと笑っている。

ほかの二人も同様だ。

呆れる山崎の耳に、背後からかすかに足音が聞こえた。


(ああ、なるほど…後ろから不意打ちね)


先ほど、後ろからついてきた四人目だろう。

前の三人に標的の注意を向け、後ろから殴るという古典的な手段だ。

後ろの足音は、その音を隠すようにゆっくり近づいているが、あまりにも素人そのもの、山崎からするとまるで意味がない。


あえて背後には目を向けず、改めて山崎は角刈りに再度問う。


「用があるなら、今のうちに言っておいた方がいいと思うよ?…死にたくないなら、だけど」


「ヒャハハッ!!死ぬのはテメェだァ!!」


背後の男が、大声を上げ鉄パイプを振り下ろす。

瞬間、激しい激突音がした。男の手に強い衝撃が伝わる。


しかし、それは今まで人を殴り倒した時に感じてきた、期待通りの手ごたえではなかった。

そう、男が殴ったのは山崎ではなかった。地面である。

男は呆気にとられるが…その瞬間、男の首に山崎の腕が巻き付いた。


「フルフェイスのメットか…うん、悪くないね」


不意打ちしてきた男―フルフェイスの男にスリーパー・ホールドを掛けながら、山崎がつぶやく。


…いつ!?どうやって!?フルフェイスは必死に考える。


確かに殴る直前まで標的はいた。

しかし、鉄パイプを振り下ろす直前、その標的は消えていた。

今、背後から自分の首を絞めている。

見えなかった。早すぎる。


そして…この力は強すぎる!人間の力ではない!


「しかし、不意打ちするのに掛け声はいかんなァ…ま、気づいてたけど」


そのまま山崎はフルフェイスの首を締め上げる。

ぐぎぎぃ、みしみしっ、という不快音がする。

フルフェイスの思考は、ここで途切れた。


そのまま山崎が素早く腕を捻る。

すると、ぼきっ、というひと際大きな音がして、フルフェイスは動かなくなった。


「はい、一丁上がり」


人形のように崩れ落ちたフルフェイスを見て、オールバックが、ひっ、と小さな悲鳴を上げる。


倒れたフルフェイスの首から上は空を見ているが、体はうつ伏せになっている。生きていれば、決してできない体勢だ。

角刈りも驚愕の表情を浮かべたが、モヒカンはドラッグで他の二人より恐怖心が薄れているのか、咄嗟に山崎に突っかかっていった。


「こ、こっこ…この野郎ァッ!」


(やれやれ、ニワトリかな?)


大ぶりの右フック。対峙している山崎が笑ってしまうほど、素人丸出しの攻撃だ。

山崎は少し屈んでモヒカンの拳をかわし、そのまま、伸び上がる反動で顎に掌底を打ち込んだ。


肉が裂けるミチッとした音が鳴り、山崎の手に顎骨が砕けた感触が伝わる。


倒れたモヒカンは痙攣し、口から鮮血を吐き出している。

おそらく、掌底を受けた際に舌も噛んだのだろう。

そのまま山崎は足底でモヒカンの頭を踏み砕く。

おそらく自慢であっただろう髪型は、その土台である頭とともに割れ砕けた。


「これで、二丁上がりだね」


山崎に背を向け、オールバックが必死に逃げようとする。

「い、嫌だっ!助けて…助けてくれっ!」

確かに、目の前の惨劇は、腰ぎんちゃくでなくとも直視できないものだろう。


「あー…いかんいかん。友達を見捨てちゃいかんなァ」


そう呟きながら、山崎は上着のポケットに入れていたコーヒーの空き缶を一瞬で握り潰す。

ゴルフボールほどの大きさになったそれをそのまま振りかぶり、背を向けたオールバックの後頭部に投げつけた。


ゴシィという鈍く低い音が響いた後、オールバックは背を向けたまま崩れ落ちる。

そして痙攣を繰り返すのみとなった。

暗がりで確実には見えないが、空き缶であったものが後頭部に刺さり、めり込んだままであろう。


「あーあ。ちょっと本気で投げちゃったぞ。やりすぎたな」


そう自戒すると、山崎はリーダー格の角刈りに向き直る。

その表情はいつものように穏やかだ。


顔面蒼白となった角刈りを前に、山崎はいったい誰がこの四人組を自分に差し向けたのか考えた。

一番最初に思い浮かぶのは、他の商売仲間―商売敵だが…。

ここまで稚拙なことをするだろうか。

彼らならこの素人たち以外に警察官数人でも張り込ませ、罪を着せるとか…せめてもう少しは罠を張るはずだ。


(と、なると……ん?)


「お、お願いします!!許してください!」


山崎が思案していると、一人残った角刈りが土下座している。

立派な体躯は怯えて小さく震えている。

顔を伏せているため山崎から表情は見えないが、おそらく無様なものだろう。


「お、俺も、俺たちもアイツに騙されていたんです!

 どうか…どうか許してください!」


角刈りは涙声で許しを請うている。


やめればよかった。こんなことしなければよかった。

いつもの小遣い稼ぎの延長線で、やっていい相手ではなかった。

目の前の男は人間じゃない。悪魔だ。

助けてくれ、助けてくれ。俺は悪くないんです。助けてください。


…きっと、角刈りの心境はこんなものだろうか、山崎が推測する。

山崎は土下座して顔を上げない角刈りを一瞥した後、ふと考えを巡らせた。


(なるほど。たぶん、黒幕はあいつだな)


角刈りたちを動かした人物に当たりをつけると、山崎はゆっくり足を上げ…。


「ああ、いいよ。許そうじゃないか…俺なりの、方法でね」


そのまま足を振り落とし、まるでスイカ割りのように、土下座している角刈りの頭をぐしゃりと踏み砕いた。




その後、駅前の繁華街で帰路に就きながら、山崎は考えを巡らせる。

(やっぱり、今回の依頼主だろうなぁ。うーん、どうしたものか)

自身が関わった証拠はとりあえず隠滅したが、四つの死体はほぼそのままだ。

明日には大騒ぎになるだろう。

誰にも見られずここまで来たのは良かったが、今のうちにもっと離れておくに限る。


(金払いはよかったからなあ…今回は警告に留めて…ん?)


ふと、ラーメン屋の看板が目にとまる。

深夜まで酒を飲んでいる人間向けの、よくあるシメの店だ。


「そういえば…腹減ったなあ」


いつものようにラーメン屋の中を覗き見る。

それなりの客入りで、なかなか盛況なようだ。


「…うん、いいね。酒を飲まない奴にラーメンは出さない、って事もないだろう」


そうつぶやくと、山崎は笑みを浮かべて店の扉を開けた。


食券機の前で悩んでいる山崎の耳に、外からけたたましいサイレンと大勢の慌てた声が聞こえる。


ここから少し離れた場所で複数の死体が見つかったこと。


それらの死体が、あまりにも無残な状態であること。


その中に、この辺りで有名な名士の息子がいたこと。


喧騒の中身を聞き取りながら、山崎は頭を掻く。

(…あっちゃあ。息子がいたのかあ…)

あの名詞の息子…それは幾分か場違い感があった、あのオールバックだろう。


名士が息子とその仲間たちに、今回の秘密を知っている山崎を始末するように依頼したのか?

あるいは、息子が今回の依頼を聞きつけ、物取りで山崎を狙ったのか?

おそらく前者だろうが、それはどうでもよいことだろう。


いずれにせよ息子を殺したのが山崎であると知ったなら名士はきっと恨むだろう。

今回の美術品窃盗の件を表沙汰にするかもしれない。


山崎にとっても、昔からの重客である紹介主にとっても…。

それは決して好ましい事態ではない。


(金払いはよかったのになあ…まあ、仕方ない。こういうこともあるさ)


そんなことを考えた山崎の目の前に、ラーメンが運ばれてくる。


「おっと、そうそう。そんなことよりも、今はこの一杯ですよ」


名士の始末方法を頭の片隅に追いやり、味の濃いラーメンを山崎は美味そうに啜った。


[MONKEY BUSINESS/SKID LOW]

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