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幼馴染の聖女が王都へ行ってしまったので、最弱スキルの俺は絶対に迎えに行くと誓った。──そして俺は世界最強の拳を手に入れる  作者: 海鳴雫


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第176話 退避の決断

王都に、静かなざわめきが広がっていた。


叫び声ではない。

混乱でもない。


ただ、人々が無意識に足を止め、空を見上げ、周囲を確かめる――

そんな仕草が、街のあちこちで増えていく。


昼に現れた“影”は、すでに消えている。

だが、消えたからといって、元に戻るわけではなかった。


ギルド本部では、重い空気が張り詰めていた。


円卓を囲むのは、代表と幹部たち。

騎士団からの連絡役も同席している。


机の上には、地図と報告書が幾重にも重なっていた。


「……改めて整理する」


代表が、低い声で切り出す。


「昼間、王都中央で影の発現を確認。

 被害は精神的なものが主。

 物理的破壊はなし」


「だが――」


言葉を区切る。


「“安全な時間帯”という前提は、崩れた」


沈黙が落ちる。


誰も反論しない。


「警戒段階を一段引き上げる」


「同時に、市民退避の準備に入る」


その言葉に、騎士団側がわずかに身を乗り出した。


「……本格的な退避ですか?」


「まだ全域ではない」


代表は、冷静に答える。


「だが、いつでも動かせる状態にする。

 準備がなければ、判断は遅れる」


カレンが、資料を手に取りながら口を開く。


「市民への説明は、どうしますか」


「“影が出た”と正直に言えば、恐慌が起きます」


代表は、短く息を吐いた。


「恐慌は、嘘で防げるものではない」


「だが、煽る必要もない」


少し間を置いて、続ける。


「“異常が確認されたため、念のための準備”

 それでいい」


「信頼は、隠すより積み重ねるものだ」


騎士団の連絡役が、慎重に言葉を選ぶ。


「……その場合、王国としては」


「“光の担い手”を前線に――」


その瞬間、空気が変わった。


代表は、視線を上げる。


「その話は、後だ」


短く、しかし強い声。


「今は、市民を守る段階だ」


「誰かを“切り札”として前に出す話ではない」


連絡役は、押し黙る。


否定されたのではない。

“今ではない”と明確に線を引かれたのだ。


会議は、迅速に結論へ向かった。


・退避準備の開始

・重要施設の段階的封鎖

・騎士団と冒険者の混成警戒

・夜間だけでなく、昼間の巡回強化


どれも、重い決断だった。


だが、誰も反対しなかった。


反対できるほど、楽観できる状況ではない。


会議室を出たあと、カレンは一人、廊下に立ち止まった。


胸の奥が、ざわつく。


退避という言葉の重さ。

それが意味するのは、

「この街が、戦場になり得る」という現実だ。


(……ユウ)


名前を、心の中で呼ぶ。


出てほしい。

でも、出てほしくない。


その矛盾を、今は飲み込むしかなかった。


同じ頃、王都の一角。


ユウは、街の様子を遠くから見ていた。


騎士団の動きが、明らかに増えている。

冒険者たちも、依頼を選ばず待機に回っている。


(……退避か)


空気が変わったのを、肌で感じる。


胸の奥で、光核が低く鳴る。


警告ではない。

促しでもない。


ただ、

「覚悟は、近づいている」と告げているようだった。


ユウは、拳を握る。


(……まだだ)


自分に言い聞かせる。


今、前に出れば、

街は一時的に救われるかもしれない。


だが、その先で、

もっと大きなものを失う気がしてならなかった。


(選ぶのは……もう少し先だ)


夕方。


市民向けの告知が、控えめに張り出され始める。


“念のための準備”

“異常への対応強化”


言葉は穏やかだが、

人々は、その裏を感じ取る。


荷をまとめる者。

家族と話し合う者。

黙って空を見上げる者。


街は、まだ壊れていない。


だが――

“守られている前提”は、静かに剥がれ落ちていた。


ギルド本部の窓から、代表は王都を見下ろしていた。


(……正念場だな)


守ると決めた。

使わないと決めた。


その選択が、

どれほどの重さを持つか。


だが――

それでも、退く気はなかった。


「人として守る」


その言葉だけが、

今の指針だった。


夜が、近づいてくる。


王都は、静かに息を潜める。


退避の決断は、

まだ戦いを始めていない。


だが、確実に――

“戦争の足音”を、街に刻み始めていた。

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