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幼馴染の聖女が王都へ行ってしまったので、最弱スキルの俺は絶対に迎えに行くと誓った。──そして俺は世界最強の拳を手に入れる  作者: 海鳴雫


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第175話 境界が消えた街

最初に異変が起きたのは、昼下がりだった。


王都の中央通り。

人通りが最も多く、子どもたちの笑い声と行商の呼び声が交差する場所。


剣も、魔法も、警戒も――

この時間帯には、不要だと誰もが思っていた場所だ。


「……ん?」


通り沿いの雑貨屋で、釣り銭を渡していた女が、ふと手を止めた。


視界の端で、何かが揺れた気がした。


陽光が反射しただけかもしれない。

そう思って、もう一度、視線を向ける。


その瞬間――

“影”が、あった。


建物の陰ではない。

人の足元でもない。


何もないはずの空間に、

不自然な“濃さ”だけが、浮かんでいる。


「……あれ?」


女の声に、周囲の人間が振り返る。


次の瞬間だった。


影が、ゆっくりと形を持った。


黒い霧が集まるように、

人の輪郭をなぞるように。


昼の光の下で、

それは、はっきりと“異物”だった。


悲鳴が上がる。


誰かが転び、誰かが走り出す。


だが、逃げ場がない。


影は、攻撃してこない。

ただ、そこに“存在している”。


それだけで、

息が詰まる。


視界が暗くなる。


「……な、なんだよ……」


「昼だぞ……!」


混乱が、瞬時に広がった。


騎士団の詰所が反応する。


ギルドの警戒鐘が、遅れて鳴る。


冒険者たちが駆けつけ、

剣を抜き、魔法を構える。


だが――

誰も、踏み込めない。


影は、壊せるものではなかった。


切れない。

燃えない。


触れた瞬間、

心の奥を、直接撫でられる。


恐怖が、理由もなく膨れ上がる。


「……下がれ!」


騎士団長の声が響く。


「市民を外へ!

 近づくな!」


命令は的確だった。

だが、完璧ではない。


数人が、その場で崩れ落ちた。


傷はない。

血も流れていない。


ただ、目が虚ろだった。


ギルド本部。


報告が、立て続けに入る。


「中央通り、影の出現!」


「昼間です、繰り返します、昼間です!」


「被害者は……重傷ではないが……精神的な影響が――」


代表は、報告を聞きながら、ゆっくりと立ち上がった。


(……来たな)


夜だけではない。

外縁でもない。


“安全な場所”が、否定された。


これは、兆候ではない。


段階が、確実に変わった。


「警戒段階を引き上げろ」


低い声で、はっきりと言う。


「市民退避の準備を始める」


「騎士団と連携。

 単独行動は禁じろ」


カレンが、固く頷く。


「……ユウは?」


誰かが、言葉を選びながら尋ねた。


代表は、一瞬、目を閉じた。


「……まだだ」


短い答え。


だが、その重さは、誰よりも理解していた。


王都の外れ。


ユウは、立ち止まっていた。


遠くで、警戒鐘が鳴っている。


昼の音だ。


胸の奥で、光核が強く反応する。


昨夜とは違う。

確実に、強い。


(……昼に、出たか)


拳を握る。


行けば、止められる。


それは、はっきり分かる。


だが――

行けば、“答え”になる。


市民が呼ぶ声に、

現実が追いついてしまう。


(……今じゃない)


歯を食いしばる。


誰かが、苦しんでいるのが分かるからこそ、

動けない。


それは、逃げではなかった。


選択だった。


中央通り。


影は、やがて薄れていった。


誰かが倒れ、

誰かが泣き、

誰かが呆然と立ち尽くす。


街は、壊れていない。


だが――

“安全”という前提だけが、消えた。


その日の夕方。


王都では、誰もが同じことを感じていた。


昼でも、安心できない。

人が多くても、守られていない。


境界が、消えた。


ラグナは、遠くからそれを見ていた。


「……いい」


低く、満足そうに呟く。


「これで、我慢は難しくなる」


影の主は、何も言わない。


ただ、空気が、確かに重くなる。


次は、

さらに逃げ場を奪う。


その予感だけが、

確かに世界を包み始めていた。


王都は、まだ立っている。


だが、

平時は、もう戻らない。


誰もが、そう理解した。

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