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幼馴染の聖女が王都へ行ってしまったので、最弱スキルの俺は絶対に迎えに行くと誓った。──そして俺は世界最強の拳を手に入れる  作者: 海鳴雫


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第173話 広がる波紋

夜明けは、静かに訪れた。


騒ぎがあったはずの王都は、表面だけを見れば何事もなかったかのように息をしている。

市場は開き、鐘は鳴り、人々は昨日と同じ道を歩く。


だが――

空気は、確実に違っていた。


「……聞いたか?」


市場の片隅で、果物を並べる男が小声で言う。


「南の外縁で、影が消えたって」


「騎士団じゃないらしいぞ」


「冒険者でもないって話だ」


噂は、形を持たないまま広がっていく。


誰がやったのか。

何が起きたのか。


確かなのは、

“昨夜、何かが止められた”という事実だけだった。


ギルドでは、朝から報告が重なっていた。


夜間警戒班からの簡潔な記録。

影の残滓一体、消失。

被害者なし。

戦闘痕は最小限。


「……不自然だな」


代表は、報告書に目を落としたまま言った。


「爆発もない。

 大規模な魔力痕も残っていない」


「なのに、影は完全に消えている」


幹部の一人が、慎重に言葉を選ぶ。


「……実力差、でしょうか」


代表は、すぐには否定しなかった。


ただ、ゆっくりと紙を置く。


「“実力”という言葉で片づけるには、

 静かすぎる」


その言葉に、室内の空気が引き締まった。


カレンは、受付で冒険者たちの様子を見ていた。


普段より、声が低い。

視線が鋭い。


依頼を選ぶ指が、いつもより慎重だ。


「……昨日の件」


声を潜めて、誰かが言う。


「光の冒険者が出たらしいな」


「いや、見たやつはいない」


「でも……影が消えたのは事実だ」


カレンは、何も言わない。


ただ、その会話を胸に刻む。


(……波紋が、広がってる)


称賛でも、非難でもない。


“気づき”が、街に生まれ始めている。


同じ頃、治療院。


リナは、昨夜の患者の数値を確認していた。


異常はない。

記憶の欠損も、進行していない。


「……止まってる」


呟いた瞬間、

胸の奥がざわついた。


(止まった、というより……

 押し戻された?)


それは、攻撃的な回復ではない。

強引な封じでもない。


“選ばれなかった力”の痕跡。


(……ユウ?)


名前を口に出さずとも、

思考はそこに辿り着く。


だが、リナは首を振った。


(……違う)


(あの子は……

 まだ、全面には出ていない)


王都の外れ。


ユウは、一人で朝の空気を吸っていた。


身体に、違和感はない。

疲労も、残っていない。


ただ、

昨夜よりも、世界の音が近い。


(……見られてる)


人の視線ではない。


もっと遠く、

もっと深いところからの感覚。


光核は、静かだった。


だが、完全な沈黙ではない。


水面に落ちた石が、

遅れて波を広げるように――


今、

“結果”が、周囲に伝わっている。


(……やっぱり、隠しきれないか)


ユウは、苦笑する。


名を伏せても、

行動は残る。


それが現実だった。


ギルド本部。


代表は、窓の外を見ていた。


街は、落ち着いている。

だが、完全ではない。


「……一歩、進んだな」


独り言のように呟く。


守るために動いた結果が、

“影響”として現れ始めている。


それは、

ギルドが背負うべきものだ。


「代表」


カレンが、静かに声をかける。


「市民からの相談が、増えています」


「不安……というより」


言葉を選ぶ。


「“期待”に近いものが……」


代表は、目を閉じた。


「……それが、一番重い」


期待は、

剣よりも人を縛る。


「だからこそ」


代表は、はっきりと言った。


「次に動く時は、

 彼自身の選択でなければならない」


「我々が、

 押し出してはならん」


その頃――

闇の深層。


ラグナは、ゆっくりと笑っていた。


「……面白い」


「出てきたな、光」


影の主の気配が、わずかに揺れる。


「想定より……早い」


ラグナは、肩をすくめる。


「だが、全面じゃない」


「まだ、躊躇がある」


「……だからこそ」


視線が、鋭くなる。


「次は、もう一段……

 選ばせる」


王都の朝は、終わりを迎える。


何も壊れていない。

誰も倒れていない。


それでも、

昨夜の“名を伏せた一歩”は、

確かに世界を揺らした。


波紋は、

静かに、確実に、広がっていく。


次に揺れるのは、

誰の心か。

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