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母の涙
「ち、違うんだ……達也……」
父は、必死に言葉を繋ごうとする。
「最初は……本当に相談だけのつもりだったんだよ……ただ……」
「うるせぇ!!」
怒鳴り声が、乾いた空気を震わせた。
「最近、母さんと仲が悪かったのも……
全部、それが原因かよ!!」
拳が、無意識に震える。
「父さん、ここ最近、やけに帰りが遅かったよな。
それでも母さん……毎日、晩飯作って待ってたんだぞ!」
視界が滲む。
抑え込んでいた記憶が、堰を切ったように溢れ出す。
「俺が水泳から帰った時さ……
母さん、一度だけ……泣いてたことがあったんだ……」
声が、少しだけ掠れる。
「普段、弱みなんか絶対見せない、あの母さんがだぞ。
何も言わずに……ただ、台所で……」
息を吸うのも、苦しい。
「そんな母さんを泣かせて……
それで、自分は“相談”だぁ?」
父を睨みつける。
「男として……恥ずかしくないのかよ……!!」
怒りと失望が入り混じった言葉が、
獄門の冷たい空気を、静かに震わせた。




