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抱擁
気がつくと、俺たちを阻んでいたはずの“見えない壁”は、いつの間にか消えていた。
「……郁美!」
我に返った俺たちは、ほとんど同時に郁美の元へ駆け寄った。
郁美はその場に座り込み、俯いていた。肩が小刻みに震えている。
桜が真っ先に膝をつき、郁美を強く抱きしめる。
「郁美……!」
「さ……さく……ら……ちゃ……
わた……し……」
声にならない言葉が、途切れ途切れに漏れる。
「……私の……せい……で……
文ちゃん……が……」
「違う!」
桜は即座に言葉を重ねた。震える声だったが、はっきりしていた。
「郁美は悪くない!」
言葉に詰まり、桜は一度息を呑む。
「……郁美が、無事でよかった……」
郁美の身体が、びくりと跳ねた。
「でも……でも……
文ちゃん……謝ってた……
最後……ごめんって……」
「それでも!」
桜は郁美を離さず、さらに強く抱き寄せる。
「それでも郁美は、悪くないから……!」
郁美の嗚咽が、次第に大きくなる。
桜は郁美の背中を、ゆっくりと撫でた。
「もう終わったの……
大丈夫……大丈夫よ……」
少し離れた場所で、和政が唇を噛みしめて立っていた。
――俺は、かけるべき言葉が見つからず、ただ二人を見守るように立っていた。




