梅の儀①
「っ……!」
文は思わず息を詰まらせ、歯を食いしばる。
痛みはないはずなのに、喪失感が遅れて押し寄せたのか、顔を歪めた。
肩から先の空間を、文はじっと見つめていた。
そこには何もない。
それでも視線を逸らせず、悔しさと怒りがゴチャまぜになった表情のまま、肩を震わせている。
やがて文は顔を上げ、噛みつくように叫んだ。
「郁美!あんたからも言いなさいよ!
石を投げるなんて、ずるいでしょ!?
あんなの卑怯じゃない!」
突然向けられた言葉に、郁美はびくりと肩を揺らす。
「で、でも……文ちゃんも、わ、私の解答、見てたって……」
「……は?
見てないわよ。見たっていう証拠でも、あるの?」
「な、ないけど……でも……」
「ないでしょ!?
じゃあ!!……っ……くっ……」
今更何を言っても仕方がないと悟ったのか、文は下を向き、怒りを鎮めるように肩をすくめた。
「はあ……もういい。次は50m走で勝負よ!」
『梅の儀、五十メートル走』
再び、あの無機質な声が、直接頭の奥に響いた。
すると、郁美と文の足元に、白いレーンが音もなく引かれる。
しかし、次の瞬間。
文はレーンの方ではなく、郁美に向かって走り出した。
「逃げろ!郁美!」
俺は反射的に叫んだ。
しかし郁美は一歩も動けず、恐怖に縫い止められたように、その場に立ち尽くしていた。
目を見開いたまま、呼吸だけが浅くなる。




