ダッシュ
「郁美ちゃん!?」
「あ、あれ?
わ、わたし、何を……」
「郁美、大丈夫?
あなた正気を失って、
すごい力でどこかへ向かおうとしていたのよ」
桜が心配そうに、
郁美の顔を覗き込む。
「な、なんか、
こ、声が聞こえて、それで……
なんだっけ?」
「……何にせよ、
何事もなくてよかったわ」
「ああ、回避できてよかった!」
俺たちは一息つき、
安堵していた。
――だが、それは
ほんの一瞬の出来事だった。
郁美が、
俺たちとは逆方向へ
突然、走り出したのだ。
「桜!」
俺が声をかけると、
桜がとっさに郁美の腕を掴んだ。
「郁美!
ちょっと待っ――!」
だが、その手は
一瞬で振り払われた。
まるで相手が誰かも
分かっていないかのような、
機械的で冷たい動き。
そして郁美は踵を返し、
制服のスカートをひるがえして
駆けだした。
「くそっ!」
俺たちはすぐさま、
追いかける。
郁美は、
女の子の脚力とは
思えない速さで駆けていった。
まるで重力の抵抗すら
受けていないみたいに、
地面を滑るようなスピードだ。
俺たちは
距離を離されないようにするだけで
精一杯で、
桜が「待って!」と叫んでも、
郁美には届かないようだった。
彼女はただ、
何かに引きずられるように
前だけを見て、
異様な勢いで進んでいった。




