ジャケット
「えっ……?」
「……だ、大丈夫。
ひとりじゃないよ、達也くん」
耳元でそっと落ちた声は、
どこか恥ずかしさを含みながらも、
逃げずに寄り添おうとしてくれているのが分かる。
指先が俺の髪を撫でる動きも、
最初はぎこちないのに、
徐々に自然になっていった。
耳元で落ちるように囁かれ、
指先が髪をそっと撫でる。
その仕草は、
ただの慰めじゃなくて、
包み込むような、母性的で、
そしてどこか……女の子としての温度があった。
心臓が跳ね、
息が止まりそうになる。
しかし、すぐ恥ずかしくなり、
「わりぃ」
と言って、
俺は立ち上がって顔を洗いに行った。
俺が洗面所から戻ってくると、
扉の前に郁美が立っていた。
薄い光の下で、
彼女は少し、
恥ずかしげにそわそわした様子で待っている。
「達也くん、大丈夫?」
「あ、ああ。
気にしないで。
大丈夫だから」
「そっか」
その返事のあと、
ふたりの間に、
少しだけ沈黙が落ちた。
息づかいが、
互いに触れ合いそうな距離で、
なんとなく目を合わせられない。
「……」
郁美が、
ためらいがちに口を開いた。
「あ、あのね。
これ……もしかして、
達也くんのジャケット?」
そう言って彼女は、
河原で行方をくらましていた
紺色のジャケットを、
俺に差し出してきた。
「俺の……だな」
「やっぱり」
「わ、私ね、
あの河原での事件のこと、
あんまり覚えてないんだけど……」
「こ、このジャケットだけは、
よく覚えているの」
「この服を着せてくれた人が、
あ、あの夜、
わ、私たちを守ってくれた気がして……」
「それから、
こ、このジャケットの匂いで、
安心するようになったの……」
言葉の最後がかすれて、
小さく震えていた。




