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獄門ループ ―家族が消えた日―  作者: P


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2/10

消えた父と“獄門”の噂②

「まじか、笑」


何となく嫌な予感はあったが、あの厳つい門を前にすると、さすがに足がすくむ。


「普通の人が通る分には多分大丈夫だよ」


和政はそう言うと、迷いなく門へ歩いていく。

普通の人って何だよ、と心の中で突っ込みつつ、俺も後を追った。


門の目前に立つと、改めてその巨大さに圧倒される。

しかし和政は特に見上げることもなく、急ぐような足取りでそのまま門をくぐった。


俺も続いて門を抜けた瞬間、それまでモヤに隠れていた景色が一気に開けた。

同時に、強烈な腐臭が鼻腔を突く。


「なんだ、この匂い……」


思わず鼻をつまむ俺に、和政が「見て、あそこ」と指を伸ばす。

その先では、二頭の鹿が腹から臓物を垂らし、頭蓋を砕かれながら、血塗れの角をぶつけ合っていた。


「うわっ……なんだあれ……」


腕で口を押さえつつつぶやくと、和政はさらに別の方向を示した。

視線を向けた瞬間、背筋が凍る。


人間同士が髪を掴み、噛みつき合い、もつれ合って地面を転げ回っている。

よく見ると、長身で筋肉質の男が、ハゲ頭の男の腹からはみ出た腸を掴んで引きずり出そうとしていた。


「え……あれ、本気でやばいだろ……」


限界が来て、俺はその場にしゃがみ込み、えずくように吐いてしまう。


「達也くん、大丈夫? ここ、長居する場所じゃないよ。早く行こう」


和政の声が、遠くで響くように聞こえた。


襲いくる吐き気を必死にこらえながら、和政の背中を追う。

ここが一体なんなのか、疑問はいくつも浮かんだが、そんなことはもうどうでもよかった。

――一刻も早く、ここから出たい。その思いだけが頭を支配していた。


***


出口は思ったより遠くなかった。

入り口から50メートルほど登った先に、明るく光る穴がぽっかりと開いている。

そこが出口だと、直感でわかった。


俺はできるだけ周囲を見ないよう、口と鼻を手で押さえながら和政について歩く。

そうして何事もなく、光の穴の前に辿り着いた。


「ここから帰れるけど……」


和政が振り返り、じっと俺の表情をうかがう。

足元には石でできた細い足場が続いており、その先へと光が伸びている。


「何してんの? さっさと行こうぜ」


俺は和政の視線をかわすように横を通り、足場に一歩踏み出した。

瞬間、心臓が跳ねる。


足場の外側は、底が見えない真っ暗闇だった。

どこまでも深く落ちていきそうな、奈落そのものだ。


「なんだここ……」


次の一歩が踏み出せず固まっていると、後ろから和政の声が届く。


「踏み外さなければ大丈夫だよ。早く行こう」


その声に背を押され、俺は二歩、三歩と足を進めた。

本当なら絶対に無理だ。俺は筋金入りの高所恐怖症で、こんな場所を渡れるはずがない。


だけど――


和政の前では、かっこいい兄貴キャラでいたかった。

それに、あの腐臭から一秒でも早く離れたかった。


その二つの気持ちが、俺の背中を押した。


歩き出してみれば意外とあっけなく、光はすぐ目の前に迫った。


眩い光に包まれ、次に目を開けたとき——

俺たちは多摩センター駅ビルの、見慣れた壁の前に立っていた。


「……へっ?」


思わず首を左右に振って辺りを見回す。

向かいのコンビニも、駅ビルのスーパーも、いつも通りの夜の顔をしている。


「やっぱりここに出たんだ。」


すぐ後ろで和政がつぶやいた。


「やっぱりって……いや、てかさっきの場所なんなんだよ。

俺もう頭追いつかねぇんだけど。」


ゆっくり振り返り、和政の顔をのぞき込む。


「うん。でも、ここで立ち話も変でしょ。どこか店に入ろ?」


さっきまで地獄みたいなところを歩いてたくせに、妙に落ち着いてやがる。

それが少し癪で、俺は強がって返した。


「ああ……そうだな。」


平静を装って歩き出す。


「ここら辺なら、スクールバックコーヒーかディテールコーヒーがあったよな。

ディテールの方が近いし、そっち行くか。」


駅ビルに沿って歩きながら、俺は和政を先導した。


――が、向こうから“あまり会いたくない奴”が歩いてくるのが見えた。


俺の顔を見るなり、その女は露骨に眉をひそめた。


「げっ……! こんな時間にこんな場所で何してんの?

人攫いですか〜?警察呼びますよ?」


俺と和政を交互に見ながら、わざとらしく言ってくる。


「優等生さんこそ、こんな時間にうろついてたら変な噂立つぞ?」


「変な噂って何よ?」


「ビッチとか。」


ゲシッ!


言い終わるより早く、俺の脛に鋭い蹴りが突き刺さった。


「いってぇぇぇ!!」


「私は塾の帰りですー。

あんたみたいな人攫いと一緒にしないでくれる?」


さくらは顔も向けずに言い放った。


「中間テスト近いんで。ドベのあなたに構ってる暇、ないので。……ほら、郁美」


郁美は生意気女と俺の顔を交互に見ながら、小動物みたいに小走りでついていく。

すれ違った瞬間、桃みたいな甘い香りが鼻をかすめた。


……くそ。なんなんだよ、あいつ。


「あばよ、優等生さん。

将来何に使うかもわかんねー勉強、がんばれよ?」


振り返らず、中指だけ立てて、さくらはそのまま歩き去った。


「仲悪いの?」

和政が苦笑しながら言う。


「あー……まあ、今はそんな感じ」


俺は肩をすくめる。


「昔は、別にあんなじゃなかったんだけどな。

どっかのタイミングから……なんか、噛み合わなくなったっていうか」


思い出そうとすると胸の奥がざわつく。

話したくないことを思い出した時の、あの嫌な感じ。


「まあ、めんどくさいって言えば、めんどくさい。

向こうも、俺のこと嫌ってんだろうし」


和政は後ろ姿のさくらを一瞬だけ見送り、それから俺を見た。

その目がなんとなく探るようで、落ち着かない。


「時間食ったな。行くか」


***


ディテールコーヒーに着いた頃には、もう21時30分を過ぎていた。

夜の空気が少し冷たくて、店内のオレンジ色の光がやけに落ち着く。


俺たちはミルクティーを注文して、奥の席に滑り込んだ。

俺はガムシロップを一つ、和政は二つ。


スプーンがカップに当たる小さな音が、さっきの騒がしさを洗い流すようだった。


「で、続き。あの場所、なんだったんだ?」


和政は一口飲んで、ゆっくり語り出した。

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