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逃げる
「お〜……死んだか〜?」
間延びした声が、背中に突き刺さる。
「は……やく……も……う……」
父の声は、もう音と呼べるかどうかも分からないほど掠れていた。
「ま〜だ生きてんのかよ〜。
ほんと、しぶといよな〜」
男の嘲りに、答える力すら、父には残っていなかった。
胸がかすかに上下するだけ――それが、まだ生きている証だった。
「……い、行こう」
喉の奥が焼けるように痛む。
俺は溢れそうになる涙を、無理やり拭い取った。
「……逃げよう」
その一言に、すべてを込めた。
「……うん……」
桜は短く、けれど強い意志を込めて頷き、そっと郁美の体を支えた。
俺も反対側へ回り、彼女が少しでもよろめけばすぐ支えられる位置に身を置く。
和政が静かに頷く。
その目は、もう迷っていなかった。
――四人。
互いの状態を確かめるように並び、俺たちは一瞬だけ息を合わせる。
後ろにあるのは、絶望と後悔だけだ。
ただ、生きるために。
ただ、未来へ辿り着くために。
俺たちは、光の門へと一斉に駆け出した。




