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その砂糖事業がスラムの住人さえ雇用し一大産業となっていた頃

父と義母と異母妹と弟は。


死ぬかと思った次の日、何故か辺境の村で目が覚めた。

計算財務会計ができると言うと、領主の仕事を紹介されて、今、毎日、領主の執務室に出勤し、税の計算を行う。帳簿をつけたり、住民名簿から収穫高を計算したりで、納付する額を計算していく。


もとから計算は嫌いではないので、それほど苦労はしない。

税計算の嫌いな領主に感謝されながら日々過ごす。


そして時間を作っては教会へ行き、亡くなった前妻と娘のために祈る。

もう王都には戻れないから、教会の敷地の隅に花を植えさせてもらった。前妻に似たちいさな白い花だ。

すまない。毎日寝る前につい呟き祈りをささげる。


領主の館に住まわせてもらっているので、もう衣食住に困らなくて良くなった分だけ、後悔は募る。もうアンナのことは思い出す事も無くなった。


そんなある日、毎日のように真摯に祈ってきたせいか聖魔法が使えるようになった。

それを知った司祭から、この辺境にあるアンデッドの出る迷宮に行き聖魔法でアンデッドを倒した時にドロップする、癒しの雫を取ってきて欲しいと依頼された。


なんでもこの癒しの雫は持っているだけでHPが回復しつづける持続性アイテムで魔物の多い辺境の騎士や冒険者が欲しがるが、聖魔法が使えるものが少ないので足りていないそうだ。


デスクワークだけしかしてこなかったので、迷宮へは行ったことがない。

すると司祭は冒険者に護衛としてついてきてもらえば良いという。お代は癒しの雫で充分だと。

前妻もあの子も自分が殺したようなものだ惜しい命じゃない。

誰かの役に立つならばやってみよう。領主の了解を得て、迷宮に行くことにした。

冒険者は本当に癒しの雫がもらえるならば護衛しようと契約できた。


自分の聖魔法ぐらいで倒せるんだろうかと思ったら、案外あっさり倒せて、癒しの雫も簡単にドロップしてあっけにとられる。


これは、自分に癒しの雫をどんどん集めて、辺境のために尽くせということなんだろうと、がむしゃらに頑張ったら、いつの間にか辺境の主たるメンバー全員に癒しの雫を渡すことができた。

領主から感謝され、自分でも嬉しく思い、生きてきてはじめて満たされた思いがした。

やっと辺境の一員になれた気がしたし、冒険者の多い酒場で皆から感謝され仲間に入って一緒に飲めるようにもなった。


その後も時間があればアンデッドを聖魔法で倒し、またアンデッドになってしまった命に対して祈る。癒しの雫はどんどん集まり、王都までその噂が届いたらしい。


ある日、王宮の上級錬金術師が依頼をしてきた。エリクサーを作りたいのだそうだ。自分が幻のエリクサーの材料を調達できる日がくるとは想像もしていなかった。


アンデッドを浄化する日々。自分の気持ちも少しずつ浄化できてきたような気がする日々をこれからも過ごしていくのだろう。



こんなはずじゃなかった。

アルベルトと子供二人と王都から追放された。あれが死んだからだ。餓死だったという。何度ノロマだとののしり、食事を抜いたかもしれない。本物のお嬢様のあれを見ているだけで腹が立ち、自分の感情を抑えることができなかった。


あれが生きていれば、今も男爵夫人だったのに。

アルベルトは力仕事ができない。庶民の中で働くこともしない。わたしが食堂で給仕をし、ぎりぎりの生活を続ける。娘は贅沢したい、服を買ってくれ、美味しいものが食べたい、綺麗な宝石を買ってくれとうるさい。贅沢をさせすぎて我儘になってしまった。小さな息子は仕事に疲れて帰った後にしがみついて離れない。ほんの10日働いただけで、指先が荒れてきた。髪の艶が無くなってきた。


こんなはずじゃなかった。

アルベルトは毎日酒を飲んでどうしてあれを殺すほどに虐げたのかと罵ってくる。その酒代はわたしが必死に稼いできているのに。わたしたちの仲を裂いた前妻も、わたしたちが陰のものとして生きてきたのに、男爵家の令嬢としてのうのうと生きてきたあれも憎かった。

だから徹底的に蔑み虐げた。死んでも構わないと思ったかもしれない。


でも、死んでしまった後に、何故殺したのかと言われてもどうしようもできない。酒を飲み文句だけ言い続け1リルも稼げない男に愛想がついた。

朝が弱く寝ているアルベルトを置き去りにし、子どもを連れて孤児院に行く。2人をこのまま孤児院に預けてしまう。


我儘な娘に、もう跡取りでもない息子がいては愛人にもなれない。

わたしは美しい。アルベルトがわたしに一目ぼれしたぐらい美しい。もっと幸せになれるはずだ。

だから食堂で働いていると、よく男性から声がかかった。一晩どうという声を躱す。わたしはそんな安い女じゃない。

その中でも常連で、もし良かったら面倒をみてあげようかとスマートに誘いをかけてきたこのあたりのボスのところへ行くことにした。お金も持っているし、渋くてかっこもいい。


ボスの情婦となったら、贅沢させてもらえた、褒めてもくれるし可愛がってももらえる。ボスの部下たちにも姉御と呼ばれ、丁寧にもてなしてもらえた。そう、わたしは美しいから大事にしてもらえるんだ。そう、ちやほやされることに慣れた頃、ボスから告げられる。もうお前は用済だと。若い情婦を見つけてきたんだと。


じゃ、わたしはどうなるのだと声をあげたら、客を取ればいい。俺の店で働けと。部下たちに囲まれ、もう逃げられなかった。

毎日客を取る日々。


こんなはずじゃなかった。

わたしはもっと幸せになれるはずだったのに。

最近咳き込む。体が火照ることがある。

一体どこで道を間違えたのだろう。

あれが死ぬような虐待をしたせいか。アルベルトを娘を息子を捨てたせいか。

暗い暗い底に沈んでいくような意識がもう自覚できなくなっていった。



2歳の弟はすぐに孤児院に慣れてしまった。優しい職員に抱かれて、にこにこしている。そのうち、優しそうな養父母が現れ、さっさと貰われていった。


わたしはこんなに辛いのに。

朝早く起こされ、水汲みに掃除に食事作りとこき使われる。服はぼろで可愛くない。なんでわたしがこんなことをしなくちゃならないの。


水汲みも掃除もさぼったら、院長先生に叩かれた。孤児院のルールを守りなさいって叱咤された。

男の子たちにも、水汲みしろ、掃除しろと小突かれたり蹴られたりする。


「なんでわたしがこんなことしなくっちゃならないのよ!」

我慢ができなくて叫ぶと、

「おまえの姉ちゃんだってそう思っただろう。本物のお嬢様をメイドに落としてこき使って殺したんだろう。」

「わたしが殺したんじゃないわ。勝手に死んだのよ!」

「でも、お前が意地悪したりして虐げたんだろう。王都から噂届いたぞ。お前が殺したんだろう。」

「殺してない。掃除しろっていっても、あいつがノロマだから、叩いたり水掛けたりしただけよ。服や髪飾りをもらったりしたけれど、あいつには必要なかったからよ。殺していない。だから、勝手にあいつは死んだのよ!」

「やった方は覚えていないんだろう。でも、殴られた方は覚えているんだぜ。昨日までお嬢様だったのに、いきなり掃除しろとか、ドレス奪われるとか、十分理不尽だろ。おまえ頭悪いの?」

「わたしはお父様にもお母様にも愛されていたから、愛されていないあいつは何をされても仕方がないんだから!」

「はっ、本当にお前頭悪いな、その愛されていたはずのお父様やお母様とやらに、お前捨てられているじゃないか。お前も愛されてなんかなかったんだよ。姉ちゃん虐げる権利なんてなかったんだよ。」


お父様を見捨てたら、お母様に捨てられた。

考えたくも無かった。弟と一緒に孤児院に置いてきぼりされた。

お母様は、わたしを愛してくれていたんじゃなかったの。お母様が率先してあいつを虐げていたから、あいつを虐げても良いのだと思っていた。

長女だと改ざんしたことがばれて、王都から追放されて、お父様はお酒を飲んでわたしを見なくなった。そんなお父様を見捨ててお母様と一緒に家を出て三人で暮らしていくのだと思ったのに…。あっさりお母様はわたしと弟を捨てていった。


苦しい。辛い。悲しい。なんでわたしがこんな目にあわないといけないの!

あ、あ、お姉様もそう思ったんだろうか。

親に捨てられ、いきなり掃除しろと言われ、ドレスも奪われ、食事も抜かれ罵られ、水をかけられ、叩かれ蹴られ、痛かったんだろうか。苦しくて、辛くて、悲しかったんだろうか。

今のわたしと同じだったんだろうか。


うわぁぁ。涙が止まらない大部屋の壊れそうなベッドに薄い布団の中で声を押し殺すことなく泣いてしまった。

隣のベッドの年長の女の子が泣いているわたしを咎めず、背中を撫でてくれた。その背中に温もりを感じながら、声が枯れるまで泣くと、いつの間にか泣きつかれて眠ってしまっていた。


次の日、なんだかすっきりしていた。水汲みも掃除も慣れないけど、教えてもらって頑張ってみた。食事は質素だけど、ないよりはまし。常にお腹が空いている状態だけど、わたしはお姉様の食事用のパンを捨てたり、わざと目の前で床に落としたりした。だから、今食べられなくても罰が当たったんだと思う。お姉様にしたことが全部自分に返ってきている。


お姉様は死んでしまった。わたしはまだ生きている。そこだけ違う。だったら生きているだけましだと思おう。


孤児院は12歳までしかいることができないと聞いた。今は10歳。2年間頑張ろうと思う。お貴族様になって3年間。

勉強やマナーは嫌いだったけど、刺繍や裁縫の時間は好きだった。綺麗なもの可愛いものが好きだった。だから、ここを出たらお裁縫の仕事ができるところで雇ってもらおうと思っている。


お前頭悪いんじゃないの?って呆れた声で罵ってきた奴と、少しは仲良くなる。奴の言葉は本当のことばかりで、胸が痛くなる。反省もたくさんしたし、後悔もたくさんした。お母様を信じて悪いことばかりやってきた。我儘でどうしようもない馬鹿だったわたし。


でも、孤児院のバザーでわたしが刺繍したハンカチは綺麗で可愛いと人気がある。

うん、時間は戻せない、わたしにできることをする。

それはお姉様の分も生きること。お姉様のことを忘れないこと。王都の商会から、シュシュという髪飾りを作らないかと注文がきた。裁縫の腕のあるものに依頼しているみたいだけど、孤児院や未亡人など生活に困っている人が優先なんだそうで、こっちまで話がきた。


見本を見ながら丁寧に縫っていく。お姉様を忘れないように、淡い金髪に水色の目の綺麗な人だった。ほんわかしていていかにもお貴族様というような品の良さが滲み出ていて、どうしても勝てないと思ってしまったこと。

薄い黄色に水色でデイジーを刺繍していく。綺麗なビーズという屑宝石で出来た球も使っていいということなので、きらきらと縫い留めてみた。

お姉様みたいなシュシュ。これからもずっとわたしだけがお姉様を忘れない。

シュシュに思いを乗せて生きていく。


その後わたしのシュシュは王都で人気になった。追放された身で王都には入れないけど、シュシュだけでも多くの人に受け入れられたら、お姉様が生きていたことも受け入れられたような気がして、少し心が慰められる。

お前頭悪いんじゃないの?って呆れた声で罵ってきた奴は王都の孤児院から紙芝居というものをそっちでもやらないかと声がかかって、王都まで修行に行くことになった。

奴が王都に行く前に、自分のお小遣いで花の苗を買って、お姉様のお墓に植えてきて欲しいと頼んでみた。

わたしは王都に入れないから手間をかけるけど、どうしてもお花を捧げたいっていえば、奴はわたしの頭をぐりぐりに撫でて、おまえも・・・だなと小さく呟いた。

可愛くなったなと聞こえたような気もしたが、奴の顔が赤くなっていて、わたしも赤くなったので、聞き返せなかった。うう、奴のことはこの際どうでもいい。お姉様のお墓に花を添えることができてひとつわたしの心は少し軽くなった。



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