スズナ、幼き日の魔法との出会い
「やだやだやだ!血が出るって痛いじゃん!!!」
「こら、スズナ!暴れるんじゃないっ!」
「スズナ〜頑張ろうね〜!」
朝から近隣の街へ出かけられることを楽しみにしていた五歳のスズナ、家を出ると一度も乗ったことのない馬車が家の前に停められていた。テンションが上がったスズナは意気揚々と馬車に乗り込んだ。
馬車の中で鼻歌を歌いながらルンルンで近隣の街へとむかっていく。
街へ着き、いの一番に教会へと赴くと、そこで初めて儀式のことを知らされて、冒頭に至る。
事の次第を聞いたスズナは、父の腕の中で猛烈に暴れ、泣きじゃくっていた。
あの頃、とにかく痛い事が嫌いだったスズナ。父から針を刺すと言われなければここまで抵抗しなかっただろう。
母は宥めようと優しい言葉をかけてきていたが聞く耳をもたなかった。
教会内には同年代らしき子ども達が数十名集まっていた。スズナの泣きじゃくる様子を見て釣られて泣き出してしまう子や、何をするのか分かっていない様子ではしゃいでいる子ども達、騒がしくしているのは自分と同じような身なりの子どもだった。
方や、静かにお行儀よく座っている子達。今思えば、平民と貴族が入り混じっていた。
幼いスズナは一瞬の隙を見て、父の身体に足をクリーンヒットさせた。父の腕が緩んだのを見逃さず、するりと抜け出し、同年代の子ども達に注目される中、人目気にせず全力で教会を出ようと試みた。しかし、それは難なく失敗に終わる。教会の扉が開き、一人の中年の男性が現れた。
「ん?誰だい?」
ふわりと優しい風が身体を包み込み、身体が宙に浮いていく。スズナは扉めがけて必死に手足を動かした。
「いーやーだー!!」
宙に浮きながら駄々をこねるスズナを見て、彼女を捉えた人物は高らかに笑った。
「はっはっはっ、活きがいい娘だね!じゃあこの娘から儀式でもしようか!」
「えっ!?やだやだ!助けて!!おとーさん!!おかーさん!!」
「フフフ、スズナ〜!頑張れ〜!」
ニコニコした母の顔が目に入りスズナの顔は青ざめていく。
抵抗も虚しく、子ども達の間を縫って祭壇の方へと連れて行かれてしまう。
祭壇前に立つ神父が冷ややかな表情でスズナを見下ろしており、更に恐怖が押し寄せてくる。そして、片手に持つ針が容赦なく振り下ろされ、指の目の前に来た瞬間、スズナはギュっと目を瞑り叫んだ。
「やだー!!!!」
泣き叫ぶ声と共に、指からポタリと血が垂れた。同時に、血が染み込んだ魔法紙が瞬く間に白い光を放った。辺りは数秒間の沈黙に包まれる。
「おぉ……!」
スズナを捉えていた中年の男性が声を漏らした。それを皮切りに集まっていた人々は騒然とし始める。
「……痛みが……今朝できた傷が治ってる……」
「腰が痛くない……」
「ママ、見て!転んだところ、痛くなくなってる!」
(……あれ?痛くない?)
想像していた痛みは感じられない。スズナは刺されたであろう自分の指を見つめた。しかし、傷もなければ血の一滴も見当たらなかった。
魔法紙から文字が浮かびあがっているが、難しい言葉で書かれていて子どものスズナにはよく分からなかった。
「この者は、治癒魔法の恵みを受けた!」
そう中年の男性がみんなの前で高らかに言い放った。何のことだか分からないスズナ。魔法が解かれ身体が自由となり母と父の元へと駆け寄っていく。
「スズナ、良かったな!治癒魔法だってよ!」
「良かったわね〜!」
「ちゆまほう?」
「みんなの痛いのを治せる魔法よ〜」
「え!痛いの治せるの!!やったあ!!!!」
何も分からないまま、スズナは母の言葉に跳んで喜んだ。
この時のスズナは、治癒魔術師は希少だということ、さらには治癒魔術師をめぐり、闇が水面下で動き始めていたことを知る由もなかった――。
*
「スズナの時は本当に酷かったわよねぇ」
「あぁ、お父さんは昨日のことのように覚えてるよ……スズナの渾身の蹴りをね……」
「また、してあげようか?」
「今のスズナにやられたらお父さん死んじゃう……」
スズナたち家族は近隣の街の教会へと辿り着き、スズナの妹――セリの洗礼式を見届けようとしていた。
スズナの時よりもたくさんの子ども達が並んでいる。全部で百人くらいの子どもがいるだろうか。スズナみたいに泣きじゃくっている子はいない。
教会の鐘が鳴り響き、見知らぬ神父と当時のスズナを魔法で捉えた人物が現れた。
「皆さん、お集まりいただきありがとうございます。領主のショウブ・グラジオラスと申します。今年度、五歳を迎えますお子様達の洗礼式の見届け人を務めさせていただきます」
(へぇ、あの人は領主様だったんだ……)
恰幅が良く、気の良さそうなおじさん。隣にいる神父は代替わりしたのかスズナの洗礼式の時とは違う人物だった。
(……あの神父さん少し怖かったんだよなあ……)
開会式が行われて、順々に子ども達が洗礼を受けていく。セリの順番はまだ先のようだ。
すでに、八十人くらい洗礼を受けているがまだ治癒魔法を持つ人は現れていない。
学校でも言われたように、本当に希少ならしい。
割合を見ていると炎、水、風、土魔法の比率が多く感じられる。氷や雷魔法は以外と少ない。
(魔法の属性は遺伝とかも関係ないらしいからね。本当に何が出るのか分からないのよね……。――あ、セリの順番が来た……)
セリはニコニコと笑顔のまま祭壇へと上がっていく。自ら指を差し出し、すんなりと洗礼が行われていく。
「スズナの時とは大違いだ……」
隣で父がぼそっと呟いた。
セリの血が垂れた魔法紙が淡く光っている。その魔法紙を神父は領主様へと渡した。
「……この者は、風魔法の恵みを受けた!」
「やったぁ!」
(おっ!セリの求めてた風魔法だ!運がいいわねセリ)
セリは念願だった風魔法と聞いて飛び跳ねて喜んでいる。今後は、母が優しく教えてくれるだろう。隣に座る父は自分と同じ土魔法を求めていたのか酷く落胆していた。
拍手と共に祭壇を降りてくるセリ。満面の笑みで席へと戻っていった。
「俺が教えたかったのに……」
隣で父が切実そうな声を漏らしていたが、聞かなかったことにしよう。
子ども達全員の洗礼式が終わり、父と母とセリは送迎の馬車に揺られ家へと帰っていった。スズナは三人を見送ると、近くで待つローレンの元へと向かった。