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スズナ、心を落ち着けるひととき

 放課後にアイビーと話をしてから一週間が経過したが、彼女は依然として学校に姿を見せなかった。席は残されているため、退学したわけではないらしい。


 一方、アイビーが不在となったクラスには微妙な変化が生じていた。アイビーと親しかったご令嬢たちは、他の生徒たちからも次第に距離を置かれるようになっていた。理由は定かではないが、貴族間にも複雑な事情があるのだろうと、スズナはぼんやりと思い巡らせた。


 同時に、スズナを取り巻く環境にも変化が現れた。リースやシノと接点を持つため、同じグループに属するスズナに声をかけてくる者が増えたのだ。


 その影響もあってか、以前に比べてご令嬢たちからの鋭い視線は和らぎ、中には友好的に接してくる者も現れた。


 しかし、ごく一部のご令嬢たちは聞かれてもいないのに、アイビーの過去や失態を嘲笑交じりに話題にすることもあった。その内容は、アイビーが公爵令嬢でありながら陰では「名ばかりの没落貴族」と呼ばれているとか、王族のパーティーで失態を犯したといった、聞くに耐えない与太話ばかりだった。

 

 そんなご令嬢たちに辟易したスズナは、一度強い口調で告げた。


『何も面白くないんだけれど、何でそんなに笑っているの?』


 その一言以来、彼女たちはスズナに話しかけてこなくなった。清々しい気分が心を満たす。


 元々、そのご令嬢たちはスズナがリアと一緒にいるときには決して近づかず、リアが来ると不快そうな顔をして去っていくような人々だった。


 スズナは、自分の友人に対してそんな態度を取る者たちと仲良くなる気など、さらさらなかった。どうせ彼女たちの目的は、スズナと親しくなることではなく、リースやシノと接近することにあることをスズナは分かっていた。

 

 アイビーがいないことで注意を受けずに済むと踏んだご令嬢たちは、入学当初のようにリースやシノの周りに人だかりを作っていた。


 リースは分け隔てなく対応していたものの、連日付き纏われているせいか、少し疲れた表情を浮かべている。


 一方、シノはというと、とても嫌そうな顔をしていた。外から見れば無表情に見えるのかもしれないが、目は死んだように虚ろで、側にいるだけでその冷たさが伝わってくるようだった。


 綺麗なご令嬢たちを前に無表情を貫くシノ。もしかすると、この男は女性が苦手なのだろうか。思い返せば、クラスメイトの女性とまともに会話している姿を見たことがない。


 そんな無口なところがご令嬢たちには人気らしく、彼のことは『冷徹の貴公子』と呼ばれているらしい。


(……あほらし)


 スズナがシノの周りに集まるご令嬢たちを観察していると、突然シノと視線が合った。口を開き、何かを伝えようとしている。

 

 (えーっと……み る な あ ほ…………見るなアホ……)


 わざわざ口パクで伝える必要があるのか。眉間に皺を寄せるスズナを見て、シノはどこか満足そうな顔をした。


 その顔に腹が立ち、スズナは視線を逸らす。本当に気に触る男だ。それに、綺麗な女の子たちに囲まれてもなお表情を変えないとは、彼は本当に変わっている。

 

 (……あ、もしかして、女じゃなく男が好きなのか?いつもリース王子といるしなぁ……)


 それはそれで可哀想だと思い、スズナは憐れみの表情をシノに向けた。すると、シノはまだこちらを見ていたようで、再び目が合ってしまう。スズナの顔を見たシノは、一層嫌そうな表情を浮かべた。


 (嫌なら見なければいいのに……)

 

 そう思っていると、教室の扉が開き、ルドが現れた。ルドはご令嬢達に席に着くよう促し、その言葉に従ってご令嬢達は急いで席へと戻っていく。


 全員が席に着いたのを確認すると、ルドは教卓の前に立ち、両手をつきながら口を開いた。


「まずは、数ヶ月後に行われる中間試験について説明すっぞ〜」


 ルドの言葉にざわつき始める生徒たち。スズナは待っていましたと言わんばかりに身を乗り出した。

 ルドは三者三様のクラスメイト達を見て、呆れながらも中間試験について話を続けた。


「期日はまだ未定だ、決まったら朝礼で伝えるからな。内容は入学試験と同じで、筆記試験と実技試験がある。実技試験では今使える最大限の魔法を試験官に披露してもらうようになっている」


(前回同様、実技試験が重要ね……)


「今までは座学中心だったが、明日からは学科授業を主に行っていく。実技授業も行われるようになるから、中間試験までに魔法を磨きあげとけ〜」


 (学科授業!!)


 スズナは、ずっと待ち望んでいた授業が始まることに心躍らせ、思わず顔がにやけさせる。

 クラスメイトたちも実技授業だと聞き、高揚した表情を浮かべている。

 

 (明日と言わず今日からでもいいのに……!)


 期待で胸を膨らませながら、いつも通り授業が始まった。


 *


「ねえ、スズナちゃん。そういえば明日は後から学校に来るんだよね?」


 昼休み、スズナはリアと共に食事をしていた。すると、リアがふと思いついたように口を開く。スズナは食べかけのご飯を飲み込み、リアの質問に答えた。


「うん!そう、明日は妹の洗礼式なんだ〜」

「そうなんだ!どんな魔法を授かるのか、楽しみだねえ!」


 そう答えるリアの姿が妹の姿と重なり微笑ましくなる。

 

「妹は母と同じ風魔法が良いって言ってるのよね〜」

「風魔法良いよねぇ!暑い時とか涼しくできるし!」

「リア……魔法をそんな事で使う人いないわよ……」

「えへへ、だよね」


 リアと話している通り、明日は妹セリの洗礼式がある。

 

 元々、一日休みを取ろうと思っていたスズナだったが、明日の午後から新たに始まる学科授業を知ったスズナは、すぐに先生の元へ行き午後には戻る事を伝えたのだった。


「そんなに楽しみなの、学科授業?」

「うん!だって、私が一番楽しみにしていた授業だもの!」

「そうか……私はみんなについていけるか不安だな……」


 スズナは少し考え込みながらも言葉を続けた。

 

「リアはコントロールが苦手なんだよね。私が教えられればいいんだけど、私も完璧に教えられるほど得意じゃないから……こう、あそこの辺までブワッってする感じで!」

「……えっと、ちょっと意味が分からないや……でも、ありがとうね、スズナちゃん!」

 

 スズナは必死に説明を試みるが、心優しいリアに気を遣わせてしまった。自分でも、自分のやり方が抽象的すぎることは分かっている。感覚で行っていることを言葉にしようとしても、うまく説明できず、どうしてもぼんやりとした表現になってしまうのだった。


 リアは魔法コントロールさえできれば、王宮騎士団に勧誘されてもおかしくないくらいの魔力を持っている。そうスズナは感じていた。魔力が多いからこそ制御が難しいんだろうと。


 成長次第では、団長にもなれるはず――そう期待を込めながらスズナはリアに告げた。


「大丈夫!リアなら何とかできるよ!」

「どっからその自信が沸いてるのか分からないけど……ありがとう。頑張ってみるね!」


 その日は体力試験で疲れた身体を必死に叩き起こしながら午後の座学を受け帰路へと着いた。


 *


「ただいま〜」

「おねえちゃん!おかえり!ねえねえ、みてー!」

「わあ!セリお姫様みたい!」

「セリはおひめさまだもん!」


 家へ入ると妹のセリに出迎えられた。セリは新しく仕立てられた衣服を纏い、嬉しそうにくるくる回っている。――明日の洗礼式で着る予定の服だ。

 

 白い衣服には、毛糸で作られた色とりどりの花の装飾が散りばめられている。母が夜な夜な編んでいたもので、髪も二つに纏められ黄色い毛糸の髪飾りでとめられている。


 セリの頭を撫でながら、スズナは自身の洗礼式のことをしみじみと思い出し、フフッと笑みを溢した。

 

 (心待ちにするセリとはまるで正反対だったなぁ……。もう、あの頃から十年も経っているのか……)


「おねえちゃん?なんで笑ってるの?」

「セリが泣いちゃうんじゃないかと思って」

「セリは泣かないよ!怖くないもん!」

「そっか、セリは強いね〜!」


 洗礼式とは、五歳を迎えた子ども達に行われる魔法を発現させる儀式のこと。

 

 儀式といっても、大それたものではない。教会に赴き血を一滴、魔法紙に垂らすという簡単な儀式。

 

 そんな簡単なことにも、当時のスズナは血を出すのが怖くて泣きじゃくっていた。あのときの両親の慌てぶりといったら――今思うと、本当に手のかかる娘だったのだろう。――スズナはしみじみとその光景を思い返した。

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