〜番外編〜 勝利の約束
ある日の朝礼にてーー。
「お前ら〜席につけ〜!――…………今日は体力試験を行うぞ〜!!」
「「「体力試験!?」」」
ルドの言葉にざわつく生徒たち。その様子をよそに、スズナは絶望感に打ちひしがれて身動きが取れなかった。
(体力には自信がないのに…………)
更衣室で着替えを済ませた生徒たちは、ルドの指示に従い、憂鬱な面持ちのまま校庭へと足を向けた。
*
太陽の光に照らされて汗を滲ませる自分の姿を感じながら、沈んだ表情をしていると、一際明るい笑顔のリアが声をかけてきた。
「ねえねえ、スズナちゃん、見て!私もスズナちゃんみたいな服を買ってもらったんだ!」
リアの服装はスズナと同じく、動きやすい簡素なもので、以前魔法を披露したときの華やかな装いとは大きく異なっていた。
しかしスズナの素朴な布一枚の服とは違い、リアの服には細やかなレースの装飾が施されており、控えめながらも上品で高級感のある印象を周囲に与えていた。
「可愛いね、リアに似合ってる」
「ありがとう!……ほら見て、皆の服装も!あの時、スズナちゃんの服をみたリース王子が可愛いって言ったから、皆、真似してるんだよ!今、貴族の間で流行ってるんだから!」
そう言い、目を輝かせるリア。
スズナが周囲に目を向けると、確かに他のご令嬢たちも以前のような豪華な装いではなく、やや簡素な服を身に纏っていた。煌びやかな装飾や高級な布地はそのままだが、裾の広がったドレスではなく、動きやすさを意識したデザインになっている。それでもさすがに足は露出しておらず、上品さは保たれていた。
ご令嬢たちは、自分たちの服装をリース王子やシノに見てもらおうと、自然と視線を向けていた。貴族たちの美的センスは、王子の一言一つで簡単に変わってしまうものらしい。
(でも…………貴族の間でこの服装が流行るって……それはどうなの?)
あいも変わらずご令嬢たちに囲われている二人。リースは、にこにこと涼しげな表情でご令嬢たちの相手をしている。汗一つ垂らしていないその様子に「王子ってすごいんだなぁ」とあほみたいなことを考えながら、顔をジッと見つめていた。
リースの綺麗な琥珀色の瞳と目が合った。吸い込まれそうなほど美しい瞳を無言で見つめていると、リースは目を逸らし、シノの陰へと隠れていった。
その様子に気づいたシノがズカズカとこっちに向かってくる。
(え、な、なに……)
困惑していると、目の前で立ち止まり言い放った。
「ジロジロと見るな――少しは考えろ」
見ていただけで叱責され、スズナは頭にはてなを浮かべた。
「お前…………誰にでもそうなのか?」
「――え?どういう事?」
「……誰にでも……その……見つめるのか?」
苛立ちを含んだ声で自分に問いかけてくるシノを見て、スズナは以前ジェニーに近づきすぎて叱られた時のことを思い出した。またやらかしてしまったらしい。見つめることも貴族の間ではタブーなようだった。
貴族の扱いは本当に難しいと痛感しつつ、改めて丁寧に謝罪する。しかし、シノは不満そうな表情のまま、再び同じことを問いかけてきた。
「友達とかだと……やっちゃうかも……ごめん…………」
「……………………」
返答すると、リースが高らかに笑った。
「――友達だと思ってくれているんだ!……ククッ、ありがとう!――ちなみにシノは?」
リースの言葉にシノの事はどう思っているのだろうと考える。
リースは一応、グループが一緒でクラスメイトというにはあまりにも他人すぎる。だから――友達と表現した。
けれどシノは友達とは言い難いような、でもただのクラスメイトではない――そんな考えが頭を巡る。
スズナは頭を傾げながら呟いた。
「………………ライバル?いや、天敵?うーん……」
そうポツリと呟くと、スズナの答えに呆気に取られた顔のリース。シノはスズナの言葉を聞いて「フッ」と声を漏らした。
「あ!今、お前なんてライバルでもないって思ったでしょ!!」
「……そうだな」
顔を手で隠しながらも、笑いを堪えきれないシノの様子が見えた。馬鹿にされているのが一目で分かる。しかし、これまで一度たりとも勝ったことのないスズナは、何も言い返せず黙ったまま口を閉じるしかなかった。
(……なにかこいつに勝てそうな事………そうだ……!)
「――ねぇ、今回の体力試験で勝負しましょうよ!男と女じゃそもそも体力に差があるから、半分のハンデをつけるのはどう?」
半分のハンデで勝ったところで意味があるのかと思われるかもしれないが、スズナはとにかく何か一つでも勝ちたかった。シノはそんなスズナの様子を見て、突然のことに呆れたような表情を浮かべていた。
「お前…………そこまでして俺を負かしたいのか?」
「う、うるさい!やるの?やらないの?」
(だって、こんな綺麗な顔で体力もあるなんて思えない!見た感じ……筋肉もなさそうだし……、勝てる!)
シノの身体つきを見て、スズナは自分ならさすがに勝てると踏んだ。卑怯だと非難されようと、彼女にとっては関係のないことだった。中間試験でも負け顔を拝むつもりではあったが、それより先に、日頃の鬱憤を晴らしたいという気持ちが強かった。
悪役めいた表情を浮かべるスズナを前に、シノは顎に手を当てて考え込むようにしていた。さすがに、こんな勝負には乗ってこないだろうと思いスズナは声を発した。
「……やっぱり、やめ――」
スズナが言いかけると、シノは不敵な笑みを浮かべて返す。
「いいけど、俺が勝ったらどうする?」
「えっ?あんたが勝ったら?」
シノは軽く肩をすくめ、涼しげに答えた。
「あぁ、何もないんじゃ張り合いがない」
スズナはしばし黙り込み、悩むように唇を噛む。そしてようやく決意を固めたように口を開く。
「……えぇ………うーん…………じゃあ、負けた方は何でも言うことを聞く!それでどう?」
(流石に負けないだろうし……!)
シノもさすがに負けると予想しているのか、眉をひそめた。数秒の沈黙が流れた後、彼は大きく溜息をつき、一言口にした。
「……お前、それ、他の人には言わないほうがいい」
「…………はぁ?あんたにしか勝負はしかけないわよ」
「いいんだな、それで」
「よし、決まりね!」
スズナは心の中で小さくガッツポーズを作った。
(これで勝てば、あの人に私の言うことを何でも聞いてもらえるんだから)
意気揚々と、勝利後の光景を頭の中で思い描くスズナ。背後では、やり取りを聞いていたリアとリースが、彼女を少し憐れむような目で見つめていたが、スズナにはその視線に気づく余裕はなかった。