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なんだよそのイケメンムーブは

「お坊ちゃん、嫉妬ですか?」


 登校して早々、俺はすでに疲れていた。


 その理由は明白。

 ――神楽坂葵だ。


「神楽坂くんって、本当に美形だよね〜!」

「ねぇ、ここの問題、私に教えてくれない?」

「今日のお弁当、私のと交換しよっか?」


 教室のあちこちから黄色い声が飛び交い、女子たちが葵の周囲に集まっている。

 アイドルかってレベルで取り囲まれてるのに、当の本人は――。


「困りましたね。僕のハンバーグはお坊ちゃんの分と一緒に作ってるので、譲れないんです」


 優しい声でそう返しながらも、笑顔は一切崩れない。

 まったく。どこの王子様だよ。


 というか、俺の弁当の話までさらっと混ぜんな。


 ――その時だった。


「おや、そんなところで一人寂しくしてると、誰かに盗られちゃいますよ?」


 突然、背後から囁き声が耳元をかすめた。


「うわっ……!」


 驚いて振り返ると、すぐ目の前に、どこか得意げな笑みを浮かべた葵がいた。


「せっかく同じクラスになったんです。もっと一緒にいてもらわないと、僕、拗ねちゃいますよ?」


「……お前、ここでもそんな調子なのかよ」


「ええ、学校でもお屋敷でも、僕の役目は変わりませんからね。お坊ちゃんを楽しませることです」


 そう言って、目線を下げてくる。

 その瞳が冗談めいて、でもどこかまっすぐで、ドキリとする。


「……っ、勝手に決めんな!」


「ふふっ、照れてる?」


「照れてねぇ!」


 俺の慌てた声に、クラスの何人かがチラッと視線を寄越してくる。やめろ、見んな。頼むから。


「ねぇ、優〜?」


 今度は別方向から、別の声が飛んできた。


 ――楪だった。


 腕組みしながら近づいてきた彼女は、俺と葵を交互に睨みつける。


「なにイチャイチャしてんの?」


「いや、してねぇし!」


「ふーん、そう? でも私、ちょっとムカついてきたから……」


 楪はずい、と俺の腕を掴む。


「今日のお昼、私と食べるから!」


「……は?」


「拒否権はないわよ! この前のこと、まだ許してないんだから!」


 なんなんだこの状況。

 女子ふたりに挟まれて、俺は昼休みどころか心の休憩も取れなさそうだ。


 だが、その時。


「……おやおや。これはまた……手厳しいご命令ですね、楪お嬢様」


 静かに、けれど低く艶のある声が空気を揺らした。


 葵がふっと笑いながら、一歩前へ出る。

 その姿はまるで舞台に立つ役者のように自然で、堂々としていた。


「でも……譲れませんよ。お坊ちゃんは、僕の大切な人ですから」


 ――その瞬間、周囲が一瞬、静まり返った。


「なっ……!?」


 俺の顔から音を立てて血の気が引いていくのを感じた。


「な、なななに言って……!」


「冗談です。……たぶん」


 葵はニヤリと笑って、俺の肩を軽く叩いた。


「さて、どちらとご一緒されますか? お坊ちゃん?」


「お、お前なあああああ!!」


 俺の叫び声が、昼休みの喧騒に溶けていった――。



「お坊ちゃん、浮気は罪ですよ?」



 昼休み。


 俺は楪に腕を引っ張られたまま、屋上に連行されていた。


「なぁ、教室で食べるとかじゃダメだったのか……?」


「ダメ。誰にも邪魔されない場所じゃないと意味ないの!」


 楪は頬をふくらませながら、ずいずいと先を歩く。

 ……というか、なんだこの強引さ。いや、もはや軽くデートじゃねぇか、これ。


 風の抜ける静かな屋上で、俺たちは向かい合って弁当を広げる。


「ふふん、今日のおかずはね、昨日から準備してたんだから!」


 楪が少し誇らしげにおにぎりを差し出してくる。

 まるで彼女ヅラ……いや、これは彼女アピールか?


「ほら、これ! あーんってしてあげよっか?」


「いや、自分で食べるから!」


「ちぇっ……」


 こんな距離感、普段の楪なら絶対取ってこなかったのに――やっぱり、告白の後って空気が変わるんだな。

 でも、俺はまだ、ちゃんと答えを出せてない。だから――。


「楪。あのな、俺はまだ――」


「わかってるよ。焦ってないもん。でもね……」


 楪はにこっと笑って、俺の方へ身を乗り出した。


「私はちゃんと、優のこと好きって伝えた。だから今は、それだけで十分だよ」


 その笑顔が、あまりにもまっすぐで――俺はつい、目を逸らした。


 そのときだった。


「……お坊ちゃん、まさかとは思いますが」


 低く落ち着いた声が、俺の背後から聞こえた。


 ――嫌な予感しかしない。


 ゆっくりと振り返ると、案の定そこには神楽坂葵。

 制服の第一ボタンを外したラフな姿で、風になびく髪を押さえながらこちらを見下ろしていた。


「浮気、ですか?」


「ぶっ……違う! なんでいるんだお前!」


「探しましたよ、優くん。まさかこんなロマンチックな場所で、幼馴染とランチタイムとは」


 口元に手を当ててクスクス笑うその姿は――もう完全に“遊んでる顔”だ。


「ちょ、ちょっと! 私たちは別にそんなつもりじゃ――!」


「ええ、そうですよね? だって、お坊ちゃんはまだ僕に“本気”を見せてくれてませんし」


「なっ……!?」


 その言葉の意味を、俺も楪も一瞬、理解できなかった。


 だが、葵は一歩、俺に近づいて――


「……僕がその気になったら、ちゃんと選んでくれますか?」


 穏やかな微笑み。けれど、視線は真剣だった。


 そしてすぐに、いつもの調子で続けた。


「なんてね。……あ、気にしないでください。冗談ですよ。もちろん」


 肩をすくめて笑うその姿は、やっぱりどこかイケメンすぎる。


「お前な……!」


 俺が思わず立ち上がろうとすると――


「ほら、座ってください。風でお弁当が飛んじゃいます」


 ふわりと肩に手が置かれた。

 落ち着いた力強さに、抵抗する気力が抜けていく。


「……ふふっ。お坊ちゃんってば、すぐ顔が赤くなるんですから」


「うるさい……!」


(なんだこのカッコよさ……毎回毎回、ズルいんだよ……!)


 俺の平和な昼休みは、完全に粉砕されたのだった――。



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