分かりきった告白
楪に放課後に残るよう言われた俺は、そのまま誰もいなくなった教室にひとり座っていた。
放課後の静けさが、やけに心臓の音を響かせる。
(まさか……いや、いやいや。そんなわけ……でもこの雰囲気、流れ……いや待て、これは――告白、か!?)
ソワソワと落ち着かず、何度も机の上のペンを転がしては拾い上げる。
俺の胸は早鐘のように鳴り響き、時間の流れがやけに遅く感じられた。
「お待たせ……待った?」
教室の扉が静かに開き、そこに現れたのは、頬をほんのり染めた楪だった。
制服の裾を指先でつまみながら、ぎこちなく立っている彼女。
けれど、その表情にはいつもとは違う、覚悟のようなものが見えた。
「い、いや……俺もさっき来たとこ」
なんとか平静を装ったが、声が少しだけ上ずっていたのは自分でも分かった。
「ならよかった。それでね……私、一つ、優に伝えなきゃいけないことがあるんだ」
ゴクリと喉が鳴る。
楪はモジモジと足を交差させながら、ちらちらと俺の顔を見上げてくる。
西条楪。
学年でも注目を集める美少女であり、俺の幼馴染。
小学校、中学校、そして高校までも――俺たちは、ずっと一緒だった。
「ねぇ、優……私さ、小学校の頃から……」
言葉に詰まりながらも、彼女はまっすぐ俺を見つめる。
「私……優のことが、好き」
――その一言が、教室の空気を震わせた気がした。
「ッ……」
頭では分かっていた。けれど、やっぱり、いざ口にされると全然違う。
鼓動の速さが、一気に跳ね上がる。
「私ね、ちゃんと言ったから。だから……優の気持ちも、聞かせて?」
その声は震えていたが、真剣だった。
楪は一歩ずつ、ためらいがちに俺のもとへと歩み寄ってくる。
その距離が、急に近く感じられた。
「……俺はまだ、お前の隣に立てるような人間じゃない。だから……もう少しだけ、時間をくれないか。俺の気持ちがちゃんと分かるまで」
楪の顔に、ほんの一瞬だけ影が落ちた。
けれど。
「……そっか。うん、ちゃんと考えてくれるだけで、嬉しいよ」
浮かんだ笑顔は、少し寂しそうで、でもどこか晴れやかだった。
「ごめんな、こんな中途半端な答えで」
「ううん、大丈夫。私、待つって決めたから」
楪はそっと、俺の胸元を軽く叩く。
「でもね、優。私、絶対に諦めないから。だから……覚悟しててね」
それは、彼女なりの戦いの宣言だった。
俺はただ、うなずくしかなかった。
そして楪は、くるりと背を向けて教室を出ていく。
バタン、と閉まる扉の音が、妙に遠くに感じられた。
気がつけば、教室にはもう俺ひとり。
でも、不思議と「ひとり」ではない気がしていた。
窓の外には夕陽が差し込み、赤く染まった教室を静かに照らしていた。
そして――。
「……やっぱり、言われちゃったか」
背後から落ち着いた低い声が聞こえる。
振り返らなくても、誰だか分かった。
「……葵、いたのか」
「うん。偶然ね。廊下を通ったら、ちょうど聞こえちゃった」
葵はいつの間にか俺の隣に立っていた。
窓から差す夕陽が、彼女の横顔を淡く照らしている。
「……どうだった?」
「どうって……」
「楪ちゃんの告白」
俺は目を伏せて、静かに吐き出す。
「……すごく真っ直ぐで、ちゃんと想いが伝わってきた。正直、まいったよ」
「そう。……あの子、綺麗だったね」
「え?」
「好きって気持ちを、あんな風にまっすぐ伝えられる人って、そうそういないよ。……ちょっと羨ましいかも」
いつものような茶化す雰囲気はそこになくて。
ただ、静かで、どこか切なげな笑みを浮かべる葵がいた。
「……じゃあ、僕はどうしようかな」
「え?」
「優くんが誰かに取られちゃうのは、僕もちょっと困るんだよ?」
視線をそらしながら、ぽつりと呟いたその一言は――
まるで夕陽に溶けるように、俺の胸に染み込んでいった。
(……なんだよこれ)
心臓の音が、再び早くなる。
窓の外、茜に染まる空の向こう。
まるで何かが始まった――そんな予感が、確かにそこにあった。