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それはまるで王子様

 (おいおい、面倒なことになりそうだな……)


「優くん、この人は?」


 葵が困ったような笑みで俺に問いかける。


「ああ、この人は俺の幼馴染の――」


「楪! 私に黙って、二人でどこに行ってたの!?」


 楪の声は教室内に響き渡り、クラスの一部がこちらをちらちらと見る。


 俺と葵は目を合わせたまま、無言で肩をすくめ合った。


「いや、俺はただ葵に学校を案内してただけだって」


「ふ、ふーん……。じゃあ、別にその……いかがわしいことはしてないってことね」


「いかがわしいって……お前、俺たちを何だと思ってるんだよ」


 俺が冷静に突っ込むと、楪はムスッと頬を膨らませる。


「ごめんね、楪ちゃん。僕、邪魔だったかな?」


 葵は柔らかく微笑むと、すっと楪のパーソナルスペースに入り込むように近づく。その柔らかな物腰に、教室の空気すら和んだ気がした。


 だが――。


「私、負けないから!」


 楪は勢いよく葵を指さし、宣戦布告とも言える言葉をぶつける。


「負けない?」


 葵は意外そうに目を瞬かせた。



 (……なんか落ち着かねぇな)


 葵が隣にいるせいか? いや違う。楪の「負けない」というあの宣言が、頭から離れないだけだ。きっとそれだけだ。


(……とはいえ、葵が隣ってのも……いや、気にするな俺!)


 変な汗が滲む中、授業は進行していた。


「じゃあ、小野寺、この問題はどう解く?」


 先生に突然名を呼ばれ、俺は反射的に立ち上がる。


(うわ、やべぇ……)


 さっきから全然聞いてなかった。黒板の問題すら、まともに見ていなかった。


(終わった……)


 口を開こうとした瞬間――。


「優くん、落ち着いて」


 隣から、低く落ち着いた声が囁かれた。


 視線を動かすと、葵が教科書を片手に、片肘をつきながら俺の方を向いている。指先で、教科書の該当ページを軽く叩いているのが見えた。


「ここだよ」


 その指し方も、言い方も、妙に大人びている。慌てる様子など一切ない。どこか余裕を感じさせる表情だ。


「……っ」


 俺は咄嗟にそのページに目を走らせ、答案を口にする。


「……こ、こうです」


「はい、正解だ」


 先生の言葉にホッと胸を撫で下ろす。


 ふと横を見ると、葵が少しだけ唇の端を上げて微笑んでいた。


「ふふ、どういたしまして」


 さらっとそんな台詞を言うその顔は、冗談抜きでクールすぎた。


(……ズルいって、お前)


 心の中でそう呟くが、口には出せない。隣の美少女が、まるで“王子様”のような仕草で助けてくれたこの状況が、どうにも照れくさかった。


 だが――。


(ん?)


 視線の端で、誰かの気配を感じた。ゆっくりと目線を動かすと、そこには楪が俺たちを見つめていた。


 頬を膨らませて、ぷいっと目を逸らす楪。


(お前……)


 空気が一気に重くなるのを感じた俺は、思わずため息をついた。



「ねぇ! 優! 私と一緒にお昼、一緒にしない?」


 昼休み、弁当箱を掲げながら、楪が俺の席に現れた。


「……ああ、いいけど」


(なんだこの流れ……)


 俺はバッグから弁当を取り出す。


「おーい! 優! 一緒に食おうぜ!」


 陽気な声をあげながら、大輔と清隆がやってくる。


 だが、その瞬間、楪が大輔たちにギロリと鋭い視線を送った。


「……こ、これは……」


「……大輔、巻き込まれたらマズイ、逃げるぞ」


「お、おう、じゃあな優!」


 そそくさと去っていく二人を見送り、俺はため息をつく。


「行ってらっしゃい、優くん」


 隣で葵が静かに微笑む。


「お前は行かないのか?」


「今日は……僕の存在、あまり歓迎されてないみたいだから」


 葵は冗談めかして言うが、その眼差しはどこか鋭かった。


(なんだ、その含みのある言い方……)


 俺は首を傾げつつ、楪と共に食堂へ向かう。



「ねぇ、優、葵さんとはどういう関係なの?」


 食堂で弁当を食べながら、楪が神妙な顔で問いかけてきた。


「え? 葵は俺の……」


(や、やべぇ! 危うくメイドって言いそうになった!)


「……昔からの友達、みたいなもんだ」


「ふぅん、なるほどね」


 楪はニヤリと笑い、すぐさま追い打ちをかける。


「じゃあ! 私の勝ちだね!」


「勝ちってなんだよ」


「私は優とは幼稚園からの、昔ながらの“幼馴染”だから!」


(勝負にすらなってねぇ……)


 心の中でそうツッコミを入れつつ、黙々と弁当を食べる。


「さてと、俺は教室戻るわ」


 箸をしまい、席を立とうとした時だった。


「……ねぇ」


 楪が俺の袖をそっと掴む。


「?」


 振り向いた俺の目に映ったのは、どこか決意を秘めたように揺れる彼女の瞳だった。


「優、放課後……時間、ある?」


「……お、おう」


 ドクン、と胸が高鳴った。


(これって……まさか……)


 俺は心の中でその予感を否定できなかった。



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