ちょっと少しイケメンすぎませんか?
「それじゃあ、神楽坂の席は〜……優の隣の席がちょうど空いているから、そこに座ってくれ」
「分かりました。お坊ちゃんの隣ですね」
葵は優雅に微笑み、俺の方へと歩みを進める。歩くたびに、教室の空気が変わった。
男子も女子も、教室全体の視線が一斉に彼女に向けられる。その中心で、俺は視線を逸らし、まるでそこにいないかのように気配を消そうと必死だった。
だが、無駄だった。
「そんなに必死に目を逸らしていたら、僕の顔が見えないんじゃありませんか? お坊ちゃん」
耳元にそっと囁かれた声に、俺はビクッと肩を震わせ、慌てて耳を手で覆う。
「ふふ、やっぱり可愛いね、お坊ちゃんは」
耳元で響くその一言に、心臓が跳ね上がる。頬に熱が集まっていくのが自分でも分かる。死にそうだ。
(お前、頼むからやめてくれ……!)
そんな俺をよそに、葵は涼しい顔で席に座った。
周囲の生徒たちの視線は痛いほど俺に突き刺さる。そりゃそうだ。俺みたいな平凡な男子が、美少年風の美少女と並んでいるのだから。
「……やばい、めちゃくちゃ見られてる……」
「それじゃあ、今から朝のホームルームを始めるぞ〜」
担任の声が教室に響き、少しだけ張り詰めた空気が緩む。
※
ホームルームが終わるや否や、葵の席には自然と人だかりができていた。
さっきまで周りにいた男子も女子も、みんな彼女を囲んで盛り上がっている。
(あいつ……もうクラスに馴染んでる……)
「見てらんねぇ」
そう呟くと、俺はそっと席を立ち、その場を離れた。
適当に校舎内を歩きながら、静かに過ごせそうな場所を探す。
その時、背後から聞き覚えのある声が追ってきた。
「どこに行くの? お坊っちゃん」
「うおっ」
驚いて振り返ると、葵がこちらを見上げるようにして立っていた。
「ちょっと、図書室にでも……てか! お前は絶対ついてくるなよ!?」
「うーん、それは困るなぁ。だって、先生から言われたんだ。『学校の案内はお坊ちゃんから受けろ』って」
(あのメガネハゲ、余計なことを……!)
「……わかったよ。でもな? 絶対に俺をからかったり、目立つことはするなよ」
「僕、そんなことしてたっけ?」
「してたよ!? 今朝なんてその典型だっただろ!」
言い争いながらも、結局俺は葵を連れて、学校を案内する羽目になった。
※
人気の少ない渡り廊下を歩きながら、俺はふと疑問を口にする。
「なぁ、なんでこの学校に転校してきたんだよ。そもそも学生だったことすら知らなかったぞ?」
「ふふ、驚いた? 僕、前は文武両道の名門校に通ってたんだけどね。お坊ちゃんのお父様から『お坊ちゃんと同じ学校に通え』って命令されちゃって」
「うちの親父……なんでそんな……」
親父の顔が脳裏をよぎり、俺は天を仰ぐ。
「あと、その……“お坊ちゃん”呼び、やめてくれないか。学校じゃ目立つから」
「じゃあ、“優くん”でいい?」
「ああ、それでいい。それ以外は勘弁な」
そんな軽口を叩きながらも、俺は気恥ずかしさから少しだけ前を歩く。
※
チャイムが鳴るまで、俺たちは学校中を歩き回った。教室に戻ろうと渡り廊下を歩いていたその時だった。
――ゴッ。
「ん?」
グラウンドから勢いよく飛んできたサッカーボールが、一直線に俺を狙うように飛んできた。
(やば――!)
と、反射的に目をつぶる俺。その瞬間――。
「優、下がって!」
鋭い声と共に、風を切るような気配が俺のすぐ横で弾けた。
「――ッ!」
気がつくと、葵が俺をかばうように腕を広げて立ちはだかっていた。
その瞬間、サッカーボールは軌道を逸らされるように、彼女の足元すれすれを通り抜け、地面に転がる。
彼女はそのまま、俺の肩にそっと手を添える。
「怪我はない? 優」
低く落ち着いた声、だがその瞳は真剣そのもの。まるでドラマの主人公のように、彼女は堂々とそこに立っていた。
風がふわりと彼女の短髪を揺らす。淡い青の髪と、宝石のように輝く蒼い瞳。その姿に、俺は一瞬、時間が止まったかのような錯覚を覚えた。
「……っ」
心臓がドクンと大きく跳ねる。今まで俺の中にいた「メイドの葵」のイメージとは違う、別の葵が目の前にいた。
「大丈夫か、優」
彼女が俺の肩から手を離す。が、俺は動けなかった。脚が、震えていたわけじゃない。ただ、葵の姿に圧倒されていた。
「あ、ああ……」
「良かった」
葵は小さく微笑む。その微笑みが今まで以上に自然で、優しかった。
「あ、すみません! ボール、大丈夫でしたか!?」
グラウンドから走ってくる男子たちの声が聞こえる。
「少し待ってて」
葵は俺にそう言うと、颯爽とボールを拾い上げ、軽くボールを回してから男子たちに向かって歩き出した。
(……な、なに今の……マジでドラマのワンシーンみたいだったんだけど!?)
俺はただ呆然と、その背中を見送るしかなかった。
※
教室に戻ると、今度は別の視線が俺たちを迎えた。
「ようやく見つけた!」
ムスッと頬を膨らませた楪が、腕を組んでこちらに立ちふさがっていた。
(ああ……朝よりさらに面倒な展開になりそうだ……)