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ちょっと少しイケメンすぎませんか?

「それじゃあ、神楽坂の席は〜……優の隣の席がちょうど空いているから、そこに座ってくれ」


「分かりました。お坊ちゃんの隣ですね」


 葵は優雅に微笑み、俺の方へと歩みを進める。歩くたびに、教室の空気が変わった。


 男子も女子も、教室全体の視線が一斉に彼女に向けられる。その中心で、俺は視線を逸らし、まるでそこにいないかのように気配を消そうと必死だった。


 だが、無駄だった。


「そんなに必死に目を逸らしていたら、僕の顔が見えないんじゃありませんか? お坊ちゃん」


 耳元にそっと囁かれた声に、俺はビクッと肩を震わせ、慌てて耳を手で覆う。


「ふふ、やっぱり可愛いね、お坊ちゃんは」


 耳元で響くその一言に、心臓が跳ね上がる。頬に熱が集まっていくのが自分でも分かる。死にそうだ。


(お前、頼むからやめてくれ……!)


 そんな俺をよそに、葵は涼しい顔で席に座った。


 周囲の生徒たちの視線は痛いほど俺に突き刺さる。そりゃそうだ。俺みたいな平凡な男子が、美少年風の美少女と並んでいるのだから。


「……やばい、めちゃくちゃ見られてる……」


「それじゃあ、今から朝のホームルームを始めるぞ〜」


 担任の声が教室に響き、少しだけ張り詰めた空気が緩む。



 ホームルームが終わるや否や、葵の席には自然と人だかりができていた。


 さっきまで周りにいた男子も女子も、みんな彼女を囲んで盛り上がっている。


(あいつ……もうクラスに馴染んでる……)


「見てらんねぇ」


 そう呟くと、俺はそっと席を立ち、その場を離れた。


 適当に校舎内を歩きながら、静かに過ごせそうな場所を探す。


 その時、背後から聞き覚えのある声が追ってきた。


「どこに行くの? お坊っちゃん」


「うおっ」


 驚いて振り返ると、葵がこちらを見上げるようにして立っていた。


「ちょっと、図書室にでも……てか! お前は絶対ついてくるなよ!?」


「うーん、それは困るなぁ。だって、先生から言われたんだ。『学校の案内はお坊ちゃんから受けろ』って」


(あのメガネハゲ、余計なことを……!)


「……わかったよ。でもな? 絶対に俺をからかったり、目立つことはするなよ」


「僕、そんなことしてたっけ?」


「してたよ!? 今朝なんてその典型だっただろ!」


 言い争いながらも、結局俺は葵を連れて、学校を案内する羽目になった。



 人気の少ない渡り廊下を歩きながら、俺はふと疑問を口にする。


「なぁ、なんでこの学校に転校してきたんだよ。そもそも学生だったことすら知らなかったぞ?」


「ふふ、驚いた? 僕、前は文武両道の名門校に通ってたんだけどね。お坊ちゃんのお父様から『お坊ちゃんと同じ学校に通え』って命令されちゃって」


「うちの親父……なんでそんな……」


 親父の顔が脳裏をよぎり、俺は天を仰ぐ。


「あと、その……“お坊ちゃん”呼び、やめてくれないか。学校じゃ目立つから」


「じゃあ、“優くん”でいい?」


「ああ、それでいい。それ以外は勘弁な」


 そんな軽口を叩きながらも、俺は気恥ずかしさから少しだけ前を歩く。



 チャイムが鳴るまで、俺たちは学校中を歩き回った。教室に戻ろうと渡り廊下を歩いていたその時だった。


 ――ゴッ。


「ん?」


 グラウンドから勢いよく飛んできたサッカーボールが、一直線に俺を狙うように飛んできた。


(やば――!)


 と、反射的に目をつぶる俺。その瞬間――。


「優、下がって!」


 鋭い声と共に、風を切るような気配が俺のすぐ横で弾けた。


「――ッ!」


 気がつくと、葵が俺をかばうように腕を広げて立ちはだかっていた。


 その瞬間、サッカーボールは軌道を逸らされるように、彼女の足元すれすれを通り抜け、地面に転がる。


 彼女はそのまま、俺の肩にそっと手を添える。


「怪我はない? 優」


 低く落ち着いた声、だがその瞳は真剣そのもの。まるでドラマの主人公のように、彼女は堂々とそこに立っていた。


 風がふわりと彼女の短髪を揺らす。淡い青の髪と、宝石のように輝く蒼い瞳。その姿に、俺は一瞬、時間が止まったかのような錯覚を覚えた。


「……っ」


 心臓がドクンと大きく跳ねる。今まで俺の中にいた「メイドの葵」のイメージとは違う、別の葵が目の前にいた。


「大丈夫か、優」


 彼女が俺の肩から手を離す。が、俺は動けなかった。脚が、震えていたわけじゃない。ただ、葵の姿に圧倒されていた。


「あ、ああ……」


「良かった」


 葵は小さく微笑む。その微笑みが今まで以上に自然で、優しかった。


「あ、すみません! ボール、大丈夫でしたか!?」


 グラウンドから走ってくる男子たちの声が聞こえる。


「少し待ってて」


 葵は俺にそう言うと、颯爽とボールを拾い上げ、軽くボールを回してから男子たちに向かって歩き出した。


(……な、なに今の……マジでドラマのワンシーンみたいだったんだけど!?)


 俺はただ呆然と、その背中を見送るしかなかった。



 教室に戻ると、今度は別の視線が俺たちを迎えた。


「ようやく見つけた!」


 ムスッと頬を膨らませた楪が、腕を組んでこちらに立ちふさがっていた。


(ああ……朝よりさらに面倒な展開になりそうだ……)




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