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イケメンメイドが一方的に俺を落としに来てるんだが

俺は今、とんでもないメイドに頭を悩まされている。


「お坊ちゃん、朝ですよ」


 耳元で囁くその声は、穏やかで優しいのに、どこか艶めいていて心臓に悪い。瞬間、俺は思わず布団に身を沈める。


「うーん、あと5分……」


 背中を丸めて時間稼ぎをしようとしたその時、ベッドがふわりと沈む。


「まったく、可愛い子猫ちゃんは困ったものですね」


 低く甘い声が、背後から耳に届く。同時に、背中にじわりと重みを感じた。

 ふとした気配に、全身が硬直する。


「ほら、起きないと……もっとイタズラ、しちゃいますよ?」


 囁きと共に、首筋にかかる吐息。

 ゾクリと背筋を走る感覚に、俺は一瞬で目を覚ました。


 そっと目を開けると、至近距離に現れたのは――俺に腕枕をするメイド、神楽坂葵だった。


「ようやく起きたね、子猫ちゃん」


 宝石のように蒼く澄んだ瞳。どこか儚げで、けれど芯の強さを感じさせる眼差し。青く整えられた短髪が、朝日を受けてさらりと揺れる。


 その姿に、息が詰まる。

 こいつ、なんでこんなに絵になるんだよ……!


「お、おい! その心臓に悪い起こし方、やめてくれって何度も言ってるだろ、葵!」


 神楽坂葵。俺の専属メイドにして、イタズラ好きでからかい上手。

 だがその実、仕草も振る舞いもどこか凛々しく、まるで“王子様”のような佇まいを見せる――美女、ならぬ“美少年”系メイドである。


「今日も完璧に僕のモーニングサービスで目覚められましたね、お坊ちゃん」


 葵は軽くウィンクを飛ばしてくる。

 その余裕ある微笑みに、思わず言葉を失いそうになる。


「お坊ちゃん、なにか僕の顔についてますか?」


 ふと、真っすぐに見つめられて、心臓が跳ねた。


「……いや、別に」


 視線を逸らしつつ、慌ててベッドから転がるように立ち上がる。


「それでは朝食の支度が整っております。こちらへどうぞ、お坊ちゃん」


 葵はスッと手のひらを差し出した。その所作は優雅で、仕立ての良い燕尾服でも似合いそうな仕草だ。


 ――ま、待て、それを取れって言うのか?


「い、いい! 一人で行けるから!」


 俺は赤面しながらリビングへと駆け出した。


「ふふっ……やっぱり今日も可愛いですね、お坊ちゃん」


「うるさい!」


 ※


 俺の家は、誰もが名を知る名家だ。資産も財産も腐るほどある。世間的には俗に言う「金持ち」ってやつだ。


 ――まぁ、俺にとってはそんなこと、正直どうでもいい(半分嘘だけど)。


 とはいえ、だからといって、俺が通っている高校までセレブ向けというわけではない。俺が通うのは、どこにでもある普通の公立高校だ。


 特別頭が良いわけでもなければ、スポーツが強いわけでもない。極めて普通の高校。


 朝食を一人で済ませた俺は、部屋に戻って制服に着替える。


「お坊ちゃん、もう学校へ行かれるのですか?」


 玄関先で、葵が当然のように待ち構えていた。


「うん、そうだよ。遅刻なんてできないからね」


 そう言う俺に、葵は柔らかく微笑み、目を細めた。


「行ってきます」


「行ってらっしゃいませ、お坊ちゃん」


 葵の言葉に背を押されるように、俺は家を出る。


 ※


 朝の風を切って自転車を漕いでいると、前方から人影がこちらに向かってくる。


「お! ゆう! おはよう!」


 声の主は、幼稚園からの幼馴染、才羽楪さいば ゆずりは


「ああ、おはよう、楪」


 軽く手を挙げるだけで通り過ぎる俺に、楪が顔をしかめた。


「ちょ、ちょっと待った! せめて立ち止まって話していけぇ!」


 後ろから聞こえる怒声は無視して、そのままペダルを踏み込む。



 学校に着くと、教室のドアを開けて自分の席に向かう。


「よっす! 優!」


「おはよう、優」


 俺に声をかけてきたのは、中学時代からの友達、金髪で陽気な大輔だいすけと、学年トップの秀才でイケメンの清隆きよたか


「なぁ、知ってるか? 今日めちゃくちゃ可愛い転校生が来るらしいぜ!」


「転校生?」


 俺が眉をひそめると、大輔は呆れたように肩をすくめた。


「お前マジで知らねぇの? もうこの噂、学校中に広まってるんだぞ」


「へぇー、そうなのか」


 俺は適当に相槌を打って、教科書をカバンから取り出す。


 可愛い転校生、ねぇ……どうせ俺には縁のない話だ。生まれてこの方、モテたためしなんて一度もない。むしろ空気みたいな存在としてこの高校生活をやり過ごすつもりなんだ。


「まったく、朝からやる気ねぇな、お前は」


「そっとしてやれよ。優のマイペースは今に始まったことじゃない」


 大輔と清隆が呆れた顔で俺を見てくるが、気にせず教科書をめくる。


 その時、俺の机の前に誰かが影を落とした。


「ねぇ、朝、なんで私を無視したわけ?」


 顔を上げると、そこに立っていたのは、楪だった。


「いや、無視してないだろ。ちゃんと挨拶返したし」


「あんなの挨拶にもならないでしょ! もっとちゃんと……その……顔見て、面と向かって言いなさいよ」


 楪はどこか恥ずかしそうに頬を赤らめながら、もじもじと視線を逸らす。


「相変わらず、アツアツだな、お前ら」


「おい大輔、それは言うな」


 余計な茶々を入れてくる大輔に、清隆が静かに注意する。だが、遅い。


「もー! 清隆くんも大輔くんも! このボンクラ男、なんとかしてよ!」


「誰がボンクラだ」


「いやいや、ボンクラ以外の何者でもないでしょ、これ」


「お前な……俺は平和でまったりした学生生活を望んでるだけだ。それを能天気だのボンクラだの言われる筋合いはねぇ」


「……あれ? 私、そこまで言った?」


 楪は呆れたような目で俺を見つめ、思わず肩をすくめた。


 そんなやり取りをしていると、教室のドアが勢いよく開く。


「お前ら、席につけ。ホームルームを始めるぞ」


 担任の先生が教壇に立ち、クラス全体がざわざわと騒ぎながら席に戻る。


「みんな、もう噂で聞いてるかもしれないが、今日から新しい転校生がこのクラスに入る」


 その一言に、教室が一層ざわつく。


 そして、ガラリと開く教室のドア。


 俺を含め、皆の視線が一斉に入り口に向けられる。


 そこに立っていたのは、あまりにも見慣れた顔だった。


 宝石のように青く輝く瞳、整った顔立ちに、淡い青のショートヘア――。


「初めまして。この学校に転校してきた神楽坂葵です。僕は皆さんとたくさん仲良くなりたいと思っています。以後、お見知りおきを」


 その瞬間、教室中がざわめきに包まれた。


 男子はどよめき、女子たちは「カッコイイ!」と黄色い声援を上げる。


 だが、俺は――。


(なんで、お前がここにいるんだよ……!)


 そう、俺は心の中で絶叫していた。


 神楽坂葵。今朝まで俺の専属メイドだったはずの彼女が、なぜか制服姿で俺の目の前に現れた。


(ああ……終わった。俺の平和な学校生活……)


 葵の微笑みは、どこか意味深だった。

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