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埋められなかった喪失を

作者: 真樹

 あの子が死んで、そして私はヒロインレースに勝利した。


 終わりはあっけないものだった。

 彼女は運悪く突っ込んできたトラックに轢かれ、死んでしまったのだ。


 三角関係。

 どこにでもある話だ。

 あの子も私も、同じ男の子のことが好きだった。

 学校でことあるごとに彼に話しかけ、彼女が彼と話していたら乱入し、デートに誘い、あるときは三人で出かけたこともあった。

 私は「あの子さえいなければ」と何度か思ったし、彼女も同じことを思っていただろう。


 でもまさか、本当にいなくなるなんて。



 放課後の教室からは徐々に人の波が引けていき、最後に私だけが残った。

 随分と日が短くなって、空はゆるやかなオレンジ色に染まりつつあった。


 空っぽの教室で私は立ち上がると、あの子の席の前に立つ。

 つるつるした、落書きのない机の天板を見つめる。


 死んだ当初、この机の上には花が置いてあった。花瓶に刺さっていたのは一体何の花だったか憶えていない。

 しかし授業中、花が目に入ることで泣き出してしまう子がいたから撤去された。

 ならばこの机も運び出し、どこかへやってしまえばいいのに、誰もそうしない。


 何か居場所を奪ってしまうような、そんな気がするからじゃないかと思う。

 席すら無くしてしまったら、まるでこの教室からいなくなってほしかったみたいになってしまうからかもしれない。

 誰も視界にいれたくないのに、無くしてしまうのは気が引けて、この机はいつまでもここにある。


 つやつやの机に手を伸ばそうとして、やめた。

 不在と死亡は、まったく違うようで似ている、と今は思う。

 学校を休んでいて空席になっているのと、死んで二度と埋まることのない席になったのとでは、知らない人には見分けがつかない。


 ほんとうに死んでいるんだろうか?

 ただ、今日は休んでいるってだけでは?

 葬式の日、斎場の入口で引き返した私には、どちらが真実なのか分からない。



「あ」


 聞きなれた声がして、顔を上げると目が合った。


 教室の入口には彼がいて、いつもの穏やかな笑顔を浮かべていた。

 それから私がいる場所に気付くと、笑みをひっこめてうつむいた。

 頼りのように扉の枠を掴むと、もう一度私を見る。


「帰らないの?」


 彼が聞く。


「うん」

「……帰ろうよ。俺も一緒に帰るから」


 二人きりで帰れる。

 抜け駆けする絶好の機会だった。

 でも、一体誰を抜けばいいんでしょうか。


「まだ帰れないんだ。用があるから」


 以前なら一も二もなく同意していた誘いを、口が勝手に断っていた。

 断りたいとも乗りたいとも思っていなかったのに、どうして結論がひとりでに出てしまうのだろう。


「……そう。じゃ、気を付けて帰ってね」


 絞り出すようにそう言った彼は、入口近くの自席から鞄を取って、足早に帰って行った。

 私はその足音が聞こえなくなってから、もう一度空席を見る。


「……勝てたよ、勝てたんだよ、私は」


 こんなことにならなくても、あの子がいなくならなくても勝てたのだ。

 最後に彼を手に入れていたのは私だった。はずなのだ。


 私は帰り道で彼と遭遇しないよう、たっぷり時間を開けてから帰路につく。


  ***


 私は何も悪くない。彼女が勝手に死んだだけだ。

 そうやって自分を納得させて、決着をつけようとしたことがあった。


 彼女が死んだ後、学校でなんとなく彼と二人きりになって、話していたときのことだ。

 我々は廊下の隅でいつも通りのくだらない話をしていて、くだらないなりに盛り上がったところで、ふと告白しようと思い立った。

 その妙に湧いてきた勇気に、一瞬ひるみかけたが今しかないと思った。


 じゃあ次に話題が途切れたタイミングで言ってしまおう、と決意したとき、彼は唐突に後ろを振り返った。

 私も思わずそちらを見る。


 そこには何もなく、ただ誰もいない廊下が続いていた。

 なんだろうと思って、すぐ気づいた。


 彼は幻影を見ていたのだ。

 何故わかったのかというと、私も同じものを見たからだ。 


『ちょっとさー、何二人っきりで話してんの? あたしも混ぜてよ!』


 視線の先に幻影を見た。

 私と彼が二人で話していると、いつも突撃してきたあの子を。


 とんでもない嗅覚だ、と思っていたがよく考えれば私も彼女と同じことをしていた。

 私は彼をいつでも視線で追っていて、いつでも彼を探していた。


 それは彼女も同じで。だから彼女の視界には、きっといつも私が映っていたことだろう。

 私の視界にも、いつでも彼女がいた。


  ***


 ふらふら駅への道を歩いていると、ある店が目についた。どこにでもあるチェーンの喫茶店だ。 

 あそこで、彼女と二人で話したことがある。


『ねぇ、もしあたしたち二人とも振られたらさぁ』


 彼女はへらへら笑ってストローでぐるぐるカフェオレを掻きまわしつつ、とんでもない話を私に振ってくる。


『縁起の悪い仮定はやめて』

『担ぐねぇ縁起を。まぁいいじゃん。そしたらさ、大人になったらその事つまみに二人で飲もうや』

『えぇ……目に浮かんじゃうからそういう事言うのやめてよ』

『へへ』

『てか、どっちかが選ばれたら飲まないの?』

『んなわけないでしょ! 仲良くしようぜー』

『ウザ』

 

 醜い蹴落としあいなんてしない。

 だって、彼は人を貶すような人を好まないから。

 人間的に魅力があり、楽しく、明るく、人生を照らしあえるような人を愛すのだと二人とも信じていた。

 あの子は彼にとっての「たった一人」になろうとしていた。

 そんな彼女は私にとっても、唯一無二の、友達だった。



 彼といると、彼女のことを思い出してしまう。

 きっとそれは彼も同じだ。

 失った三角形の一角を、嫌でも意識させられる。

 だから、一緒には居られなかった。


「おかしい」


 いつの間にか呟いていた。

 駅までの帰り道はにぎわっていて、人がいっぱいで、だから私の言葉なんて誰も気にしなかった。


 高校を卒業したら、私達はもう二度と会わないだろう。

 こんなはずじゃなかった。


 どちらが勝っても、相手の勝利を祝う約束だった。

 そして時々は三人で会って、高校時代のことを話し合う仲になったはず。

 未来は永久に失われ、彼女は過去のものになった。


 私も彼もきっといつか違う人と結ばれて、幸せになるだろう。

 高校生の時のことなんてぼんやりとしか憶えていないほど、遠くへたどり着くに違いない。

 それでも満たすことのできないものが、ここにある。

 失ったものは、同じかたちのものでしか埋められないから。

 

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