第27話:むかーしむかし!
「ねぇねぇ秋クン。すっごい今さらな事言うよ?」
休日の朝イチ。パジャマ姿のサラマンダーはこんな事を言い出した。
「な、なんだよ?」
なんでそんな真剣な顔つきなんだよ。
「秋クンて何で一人暮らしなの?」
「確かにすっごい今さらだな」
「てへへ~。まぁね~」
なぜ照れる。
「親が外国に行ってるからだよ。つーかお前全部知ってるんじゃないのかよ?」
俺の事情は全部知ってるような素振り見せてただろ。第2話あたりで。
「えっ?し、知ってるよッ!?なんたって精霊さんだからねっ!い、一応確認してみただけだよっ!」
絶対知らないんだとは思うがめんどくさいからあえてツッコまん。
「ん…ゴホン!…で?なんで秋クンだけ日本に残ったの?」
「教えてもいいけど絶対笑うなよ?」
一応釘を刺しておく。これからする話は地味にショッキングな出来事であると同時に軽くトラウマになってんだから。
「笑うわけないじゃんっ!アタシがいつ笑ったっていうのっ!」
笑ってばっかじゃねーか。
「…たんだよ」
「え?」
「…れたんだよ」
「聞こえないよー」
「だからっ!忘れられたんだよっ!ホームアローンばりにっ!」
「ぷっ」
「あっ。お前今ぷって言ったろ。絶対ぷって吹き出したよな」
「めめめめっそうもありませんっ!」
ならそんなに動揺しなくていいだろ。本当に嘘が下手くそなヤツだ。
「なんで忘れられたの?普通忘れないよね?秋クンの親ってバカなの?」
「お前さらっと酷いこと言うな」
…まぁ、確かに可愛い一人息子を忘れるなんてバカとしか言いようがないよな。
「あれは忘れもしない4年前…」
――――――――――
季節は冬。中学3年だった俺は、反抗期真っ盛りだった事もあってちょっと尖ってた時期だった。学校もサボりまくり、悪い友人もたくさんいたな。毎日喧嘩ばっかしてたどうしようもない悪ガキだったわけだ。
その日もどっかの中学のヤツらと喧嘩して家に帰ってきたんだよ。
「あら?秋君おかえりなさい」
あ。これお袋な。何故か息子を君付けで呼ぶよく分からん母親だ。全体的にポワ~ンとした雰囲気が漂う専業主婦。それがこの『立花もみじ』。
「…」
「あらまぁヒドいケガ!消毒してあげるからいらっしゃい」
喧嘩してきた息子を責めもせず、ただニコニコと手招きするお袋。
「…ほっといてくれよ」
どこまでも優しい母親だったが、当時の俺にとっちゃそれさえも五月蝿いものだった。
目の前を素通りしていく俺を「困ったコね」と全く困っていない顔で見送るお袋。そのまま自分の部屋に行こうとする俺を、野太い声が引き止める。
「秋」
リビングで煙草片手に新聞を読んでいた親父がギロリと睨んでくる。
「…なんだよ」
負けじと睨み返す俺に、ふーっと紫煙を吐きながら親父が口を開く。
「勝ったのか?」
「…当たり前だろ」
「そうか!それでこそ我が息子だ!おーい母さん!秋が勝ったってよ!今日は宴だぞ~!うはははは!」
この馬鹿笑いをしているのが親父。『立花紅葉』。
喧嘩した息子にかける言葉がこれとは、アタマのネジが抜けてるとしか言いようがない。
「あらあら。なら今晩はお赤飯でも炊こうかしら」
…馬鹿ばっか。
「母さん。赤飯は違うだろう!今夜はパーティーだ!ケーキにしなさい。ホールで」
…馬鹿ばっか。
まぁ親がこんな感じだったわけだから、俺が屈折していった事も頷けるだろう。まともに相手してたら精神が崩壊するぞ。
とにかく賑やかなのが好きな両親。外資系企業の幹部だった親父のお陰でそれなりに裕福な家庭。今となってはかなり恵まれた環境だったと思うよ。
そんな時、事件は起きたんだ。
「…でな!そしたら今田のヤツ何て言ったと思う?『いえいえ、立花さんよりは大きいですよ』だってよ!うはははは!」
晩飯時。いつものように馬鹿笑いしながら会社の話をする親父。仕事中に何の話してんだよ。
「あらあら。そんな事ないわよねぇ?パパの方が大きいわよぉ!ぷんぷんっ」
ほんと何の話してんだよ。
「うはははは!…そういえば春からアメリカの支社任されたから引っ越すぞ」
「…へいへい。…っておい!何自然な流れで重大な事言ってんだよっ!」
アメリカ?春から?もう3ヶ月もねぇじゃねーかよ。
「あらあら。ならご近所にご挨拶しとかなくちゃね」
「お袋も何普通に受け入れてんだよっ!」
バンっとテーブルを叩き立ち上がる俺を実に不思議そうに見上げる両親。ホントこいつらは。
「俺はヤだからなっ!アメリカなんて…。絶対ヤだからなっ!」
「秋君てばワガママ言わないの!アメリカは良いわよ~。自由の女神よ~」
「うはははは!そうだぞ?秋。アメリカはいいぞー?綺麗なお姉さんがいっぱいだ!」
「そんなのどうでもいいよっ!何で勝手に決めちゃうんだよっ!」
「パパ?綺麗なお姉さんから誘われてもママを捨てないでね?」
「うはははは!当たり前じゃないか。父さんの自由の女神はママだけだよ」
「もうっパパったら~」
「何なんだよチクショー!」
急にイチャつき出した両親を背にし、俺は家を飛び出した。アメリカという異国への不安、急に環境が変わるという事実をすぐに受け入れるには当時の俺は幼すぎた。
家に帰ればまた聞きたくないアメリカの話になるだろう。そうだ。友達の家に居候させてもらえばいいんだ。そうすれば俺は日本に残れる。そう考えた俺は早速友人の家に片っ端から電話しまくった。
だが現実というのは残酷なものだ。今まで友達だと思っていた悪友共は、俺が居候させて欲しいと言った途端手のひらを返したように冷たくなり、「ウチは無理」「どっか他所を当たって」返ってくるのはそんなセリフだけだった。当然だよな。マンガじゃあるまいし、タダで居候させる家なんてあるワケねぇ。
「何なんだよ…チクショー」
「友達」という言葉の薄っぺらさを痛感した俺は、とりあえず近所の廃屋に一泊し、次の日の夜に帰宅した。
「…ただいま」
アレだけ勢いよく飛び出した事もあって、若干気まずいとは思いながらもリビングへと向かう。
「あれ?」
いつもなら真っ先に「おかえりなさい」と駆け寄ってくるお袋の姿がない。同じようにソファーに座って煙草をふかしている親父の姿も見当たらない。
「誰も…いない?」
よくよく周囲を見回すと、何ですぐに気付かなかったんだよって位にガランとしている。
「家具が、ない」
現状を理解できず、頭の中がグルグルと渦を巻いているようだ。
『プルプルプルプル』
「っ!」
その時、どこからか電子音が鳴り響く。その音が自分のケータイからだと気付くと、慌てて取り出し、受話ボタンを押した。
「…も、もしもし」
「あらあら。ようやく出たわね」
電話はお袋からだった。そののほほんとした声を聞いた途端に、沸々と怒りが込み上げてくる。
「お袋!どーなってんだよコレ!」
「あらあら。ごめんなさいね?ママ達、今アメリカにいるのよー」
「…は?」
「パパったらせっかちでね?なんともうアメリカに一軒家用意しちゃってたらしいの!そんな話聞いたら早く見てみたいじゃない?新しいお家♪」
ウキウキとした口調で説明し出すお袋。
「それでね?それならさっさと出発しちゃおう!って話になって…来ちゃった♪」
「来ちゃった♪じゃねぇよっ!俺はどうすんだよっ!」
まさか捨てられたのか?こんなに堂々と。
「そうなのよっ!ママ達もアメリカに着いてから気付いたの!秋君がいない事に」
「なんでやねんっ!」
余談だがこの頃から俺のツッコミの才が開花していったようだ。
「も~。怒らないの!ちゃんと秋君が暮らせるアパート手配するから。ねっ?」
「それは俺を捨てるって事か?」
「馬鹿な事言わないのっ。ママ達はいつでも秋君の事ばっかり考えてるんだから」
「だったら忘れんなよ」
「もー!過ぎたことをグチグチ言わないの。秋君アメリカには来たくないんでしょ?ならママ達が帰国するまでお利口さんにして待ってなさい。これでも愛する一人息子を1人残してきたのを後悔してるんだから…」
「…わかった」
「よしよし。生活費はきちんと振り込むから安心してね♪それじゃあまたねー」
ツーツーと鳴り続ける電子音を聞きながら、俺は1人で強く生きていこうと誓った。無論お袋の言い分に納得したからではない。
なぜなら電話口で話すお袋の後ろから「おーい母さん!ハンバーガー買いに行こう!ハンバーガー!」っていう声が聞こえたからだ。
――――――――――
「…というわけだ」
柄にもなく長話しちまったな。
「秋クン…」
やけに真面目な表情のサラマンダー。さて、どんな感想が出てくるのやら。
「秋クンて愛を知らずに生きてきたんだね」
「…」
「マジ不憫」
「…ほっとけ」
サラマンダーに普通に同情され、普通にヘコむ俺だった。
今回秋クンの過去が少しだけ明かされました。
白月はホームアローン好きなんですよねぇ。あれほんっと面白いですよね?知らない人は是非一度ご鑑賞下さい。
白月