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白梅奇縁譚〜後宮の相談役は、仙術使いでした〜  作者: 呑兵衛和尚


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十六卦・華大国幽霊物語

 トンカラリンと、大工たちの槌の音が響き渡る。


 北夷の王女の輿入れのため、急遽、藍犼(ランホウ)宮の改築工事が始まった。

 帝都在住の大工だけでなく近隣領からも大勢の職人が集められ、雪解けて草木が芽吹く春までに完成させるべく昼も夜も作業が続けられているのだが。

 建設場所は後宮内ということもあり、藍犼(ランホウ)宮そのものの改築作業行う柄職人たちは自ら宦官となり、汗水流して作業に従事している。

 また、それ以外の職人たちは外延よりもさらに外に作られた作業所にて、彫刻さらた柱や壁、そして調度品を製作する作業を行っており、普段よりも大勢の人がデイルしているとあって警備も厳重に行われている。


「それで、どうしてうちの庭にまで資材を並べているのかなぁ……」


 相談所の窓の外、白梅のお気に入りである四阿頂(あずまや)の近くにも大量の筵が敷かれ、資材が積み上げられている。

 そのあまりにも無粋な風景に、白梅もややご機嫌ななめであった。


「あのう……ここでは相談を受け付けているっていうことですが」

「はい、後宮で働いている方なら、どなたでも構いませんが。今は休憩ですか?」


 相談所に入って来たのは、一人の人夫。

 それも股間を押さえてモジモジとやってくるので、これはまた下の相談なのだろうと身構えて居たら。


「あの、ここの仕事を受けるために去勢したんだけれど。仕事が終わってから、こいつをもとに戻す方法ってないものですかねぇ」

「は、はぁ? それはまた、とんでもない相談ですねぇ」


 よもや、ちょん切った玉茎(ゆうじん)の再建が可能かどうかなど、白梅でも聞いたことがない。

 それに、切除した時点で廃棄されているはずなので、いくら腕のいい瘍医(ようい)(外科医)がいたとしても、無いものは再建不可能である。


「いやぁ、この仕事でたんまり稼いでさ、おっかぁたちに苦労させなくできるとは思ったんだけれど、ほら、ここの仕事って周りに別嬪さんがおおいだろ、どうにもないはずの股間がムズムズしているようになってさぁ」

「ああ、そういうことですか。はい、股間の再建は無理ですね。ということで次の方、どうぞ」

「ああ……そっか、それじゃあ仕方ねぇなぁ」


 半ばダメ元で相談しに来たのだろうと白梅も苦笑いしつつ、外に並んでいる相談者を次々と部屋に呼び込んでは、相談に耳を傾ける。

 だいたいの相談は、妃妾らからのものが大半であったのだが、出入りしている人夫の数名は、詐欺用中に偶然出会った下級妃に恋焦がれてしまい、どうしたらいいかという相談を持ち掛けてくるものもあった。

 まあ、この後宮に住まう妃妾は全て主上の妻候補、迂闊に手を出そうものならどのような厳しいおとがめが待っているかご存じですかと軽く脅しをかけるようにして淡い恋心を粉々に打ち砕いている。

 もっとも、東廠勤め以外の宦官の中には、妃妾と逢引きを行ったり、主上の寵愛を頂けないもどかしさから陰で姦淫に耽るものもいるので、白梅としてはやはり苦笑いで対処するしかない。

 事実、相談所を閉めて自室に戻ってみると、白梅の寝所に下級妃が潜り込んでいたという事例も多々あったため、この問題だけは解決するのは難しいよなぁと理解はしている。


 そんなこんなで夕刻、食事の時間となったので相談所の外看板を『相談終了』の札に置き換えると、侍女が食事を持ってくるのをのんびりと待っていた。


………

……


「……うーん。絶妙……さすがは後宮の尚食局、腕のいい厨师ちゅうし

雇っているよなぁ」


 しばらくして侍女が昼食の入った籠を持ってきたので、白梅は相談所の外で食事を取ることにして、やや風情がなくなってしまった四阿頂(あずまや)へと向かう。

 そこでのんびりと昼食を食べていると、ふと、藍犼(ランホウ)宮のあたりから人のざわめきが聞こえてくるのに気が付いた。


「うーん。ここからは藍犼(ランホウ)宮のあたりは遠すぎて見えないんだよなぁ。それに、さっきから結構な数の人が走っていっているけれど、事故でもあったのか?」


 そうは思っていても、基本的に現場作業は白梅とは無関係どころか管轄外。

 なので何かあちた場合、そして白梅の力が必要なときは洪氏が直接やってくると思い、それまでは知らぬ存ぜぬを決め込もうと決意する。


「ま、どうでもいいけれどね。私は相談役で大工や石工でもないからさ……と、とっとと片付けて仕事に戻りますかねぇ」


 食べ終えた食器はそのまま籠へ戻し、相談所の入り口すぐの棚に置いておく。

 そうすれば、ある程度の人になったら侍女が取りに来てくれるので、籠の中に『谢谢你(ありがとう)』と書かれた小さな木簡と、手作りの飴を紙に包んで入れておく。

 これは白梅なりの感謝の印であり、飴は田舎に住んていた時に自分で作ったものを、小さな壺に入れて持ってきた。

 そして軽く伸びをしてから椅子に座り、のんびりと午後の相談者を待つ。

 日によって誰も来ないときもあれば、主上と洪氏の二人だけが遊びにくることもある。

 ただ、洪氏の正体が皇弟であるという事実を知った妃より、洪氏が白梅の元を訪れる頻度が増えたようにも感じる。


「白梅、いるか?」


 そう考えていると、洪氏が声を掛けつつ相談所へと入ってくる。

 白梅はすぐに立ち上がり一礼すると、洪氏は難しそうな顔で白梅に話を振り始めた。


藍犼(ランホウ)宮の内壁の塗り直しのため、古い壁を取り壊していたのだが」

「まさか、死体でも塗り込まれていましたかぁ?」


 ニマニマと冗談を口ずさんでしまう白梅だが、洪氏は頭を縦に振る。


「よく分かったな。それも仙気の応用か?」

「いえ、ただなんとなくそう思っただけです。そうか、昼食時に騒がしかったのは、そういうことか。それで、死体の検分でしたら私ではなく医局にお願いします。私はそっち方面はあまり詳しくはないものでして」

「それぐらいは理解している。仙女だからなんでもできるとは、私も思っていない。ただ、今回の件は確認だけでも頼みたいとおもっただけだ」


 死体にまだ瘴気が残っているのか、それを見るのだろうと白梅は重い、頷いてから洪氏のあとについていく。そして藍犼(ランホウ)宮の中に入り、死体の出てきた現場まで向かった時。

 

「……死体というよりも、これは木乃伊(ミイラ)ですね。しかも、ここまで保存状態が良いものが壁に塗りこめられていたとはねぇ」


 藍犼(ランホウ)宮の奥の間、そこからさらに奥にある備品庫の壁の中に、その女性は塗りこめられていた。

 まだ肌は弾力性を残し、今しがた死んだかのような艶も保持している。

 死臭は漂ってこないところを見ると、ここ数日の間に殺され、そして塗り込まれたのではないかと白梅は思ったのだが。

 ふと、壁下に落ちている素焼き煉瓦や漆喰の欠片を見て、顔をしかめてしまう。


「これは、かなり古い木乃伊ですね」

「そ、そうなのか? まだ死んだばかりにも見えるが」


 足元に転がっている瓦礫を一つ拾い上げ、白梅はじっと眺める。

 よく見ると、煉瓦には黄色い塗料で何かが書き込まれたような跡があるのと、漆喰にも紙片が紛れているのを発見したのである。

 それをひょいとつまみ上げて確認すると、白梅は洪氏に分かりやすく説明した。


「いえ、かなり古いですね。ですが、死んだばかりの死体を壁に埋め込み、腐敗防止にと『死者保存の霊符』を貼り付けていたのでしょう。それが煉瓦に写っていますし、万が一にもということほら、壁に塗り込まれた漆喰の中に霊符が混ぜてありますよ。これで死体を保存しつつ、なんらかの儀式にでも使おうとしたのでしょうかねぇ。もしくは、死者の魂を天に送らないようにするいやがらせか」


 淡々と説明する白梅に、洪氏もほぅ、と驚いた様子を見せる。

 もっとも、ここで作業をしていた人夫は君が悪いとこの場から離れてしまったため、この場にいるのは洪氏と東廠の宦官、あとは洪氏の副官である『{諸葛チュウジィ』だけ。

 ゆえに白梅も遠慮なく話を進めていた。


「いやがらせ? それは一体、誰がなんのために?」

「そんなこと、私には判りません。この藍犼(ランホウ)宮が使われていない理由って、洪氏さまは知っていますか?」

「いや……私が生まれた時は、すでに洪家の拝領に住んでいたから判らないな。内侍省(後宮の管理官)に確認を取ってみるか、もしくは尚宮局に問い合わせて記録を確認してもらうしかないな」


 そう告げられて、白梅は(おとがい)に手を当てて考える。


「では、出来る限り早く、ここが封鎖された理由を調べてください。この死体は道士の手により保存されていました。そういえば、洪氏さまなら理解できますよね?」


 道士によって保存されていたということは、先帝の時代から仕えていた道士・高泽(ガオジュ)が関与していた可能性が高い。

 そもそも死体保存の秘術は、道士が新鮮な肢体を僵尸(キョンシー)とするために用いられることが多い。それゆえ、壁の中に塗りこめられていたこの死体は、改修作業時に壁が破壊されたときに活性化し人を襲う可能性があった。

 それゆえ、白梅は袖から霊符と墨壺・筆を取り出し、瞬時に僵尸(キョンシー)を縛ら上げる霊符を作り出すと、素早くその額に力強く張り付けた。


――パン!

 白梅が張り付ける瞬間、死体はピクリと動き始めたのだか゛、霊符により動きは止められ、ただの死体に戻っていく。


「ふう。やっぱりかぁ。これ、ここの煉瓦の漆喰ですけれど、額に張り付けてあった札の一と一致するのですよ。僵尸(キョンシー)を作り上げて塗り込み、そして額の霊符は瓦礫が崩れた時に一緒に剥がれ落ちるように仕組まれています。これはまた、なんという手の込んだ罠を仕込んだのやら」

「その僵尸(キョンシー)はなにものか分かるか?」

「そこはほら、文官の皆さんの力によりますよ。ここが何故封じられていたのか、留守になったまま使われていない理由とかもね。ということで、あとはお願いします」

「ちょっと待て、この僵尸(キョンシー)はどうするつもりだ?」


 どうするといわれても、白梅は僵尸(キョンシー)をただの死体へと戻す術は体得していない。

 それこそ、この僵尸(キョンシー)を作り上げた道士でも探すか、もしくは物理的に破壊するしか手段はないのだが。そもそも僵尸(キョンシー)を打倒すとなると、桃の木を削って作り上げた桃健や、清めた銭で作った銭剣、あとは道術により攻撃し破壊するしか手段はないといわれている。

 もっとも、白梅なら竹剣に仙気を通すことで切断は可能であるし、そのあとは儀礼に則った火葬を行うだけ。


「どうするといわれましても、まあ、暫くはこのままでしょうかねぇ」

「ここに置かれていると、解体作業の邪魔になるだけだ。一旦、相談所に開始幽し、管理してくれないか?」

「うえぇ……かしこまりました。では、調査の方はよろしくお願いします」

「わかった、急ぎ調べさせるので」

「では、私はこれにて失礼します」


 白梅は内心から嫌そうな声を発するが、現状ではそれしか方法はない。

 そのため、白梅は霊符を張られ硬直した僵尸(キョンシー)を清めた布で包むと、そのまま担いで相談所へと戻ることにした。


いつもお読み頂き、ありがとうございます。


・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。



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