新入生歓迎会前
入学式典から数日後。
今日は新入生歓迎会のため授業はなく、生徒達は朝から準備に追われていた。
「そのドレス素敵ね」
「ありがとう。マダムルージュの新作なの」
「まぁ、ルシファニア王室御用達の……羨ましいわ」
女子寮のロビーでは、華やかな色とりどりのドレスを見せ合いながら、少女たちが目を輝かせ笑い合っていた。
その光景を少し離れた場所で眺めながら、ジャミーラは深いため息を落とした。
「……はぁ。行かないという選択肢は無いのかしら」
初めての学園生活に抱いた期待は、入学式典からの一連の出来事で跡形もなく消え失せていた。
⚜️⚜️⚜️
「おい聞いたか? ランデュート王国のジャミーラ・シャマル姫君が入学してるらしいぞ」
男子寮のロビー。数人の男子生徒が興味津々で噂話に花を咲かせていた。
その近くを通りかかった青年──ランデュート王国第二王子の側近、ライルは、つい耳を傾けてしまう。
「ランデュートって家庭教師が主流だろ?……まさか婚約者を追いかけてきたのか?」
「らしいぜ」
「すげぇよな。“魅惑の悪魔”はやっぱ違うわ」
「……魅惑の悪魔?」
ひとりが首をかしげると、別の男子生徒が得意げに語る。
「知らねぇのか? ランデュート第二王子の異名だよ。あの国が“悪魔の民族”って呼ばれてるのは知ってるだろ」
「そういや……髪も瞳も魔族そっくりなんだってな」
ライルは小さく眉を寄せ、胸の奥がざらつくのを感じた。
「それに第二王子はすげぇ美形でさ。見る者を惑わす悪魔って意味で“魅惑の悪魔”。昔からそう呼ばれてんだ」
「でも王族に向かって無礼じゃないか?」
「関係ねぇよ。あの王子は追放された身なんだって。王妃も処刑されたし、後ろ盾なんて何もないんだと」
「なんだそりゃ……」
品のない笑いがロビーに響く。
ライルはその騒ぎには一切目もくれず、まっすぐ男子寮の奥へと向かった。
目的の部屋の前で扉を叩く。
「入れ」
低い声に従って扉を開けると、鏡台の前に立つ漆黒の髪の男──ムスタファがゆっくりと振り返った。
「なんだ、ライルか」
「うわぁ、その反応ひどいですね? 愛する従者が迎えに来たんですよ? 他に誰かお待ちでした?」
わざとらしく肩を落としてみせるが、ムスタファの表情はまるで動かない。
どうやら“待っていた相手”が来ていないらしい。
「支度はお済みのようで」
正装に包まれた引き締まった体躯。
ゆるく波打つ漆黒の髪、彫りの深い美貌。
“魅惑の悪魔”と呼ばれる所以だと、ライルは複雑な気持ちで納得する。
ふと周囲を見渡す。
「あれ、アルは?」
「まだ戻っていない」
短い返答。しかしそれだけで、ライルには十分だった。
(……やっぱり待ち人はアルか)
仕えてきた年数では勝っているのに、アルばかり贔屓されているようで少し胸がざわつく。
「そこに座っていていい。アルが戻ったら向かう」
促されて椅子に腰かけると、沈黙が落ちた。
苦手な間を埋めるように、ライルは話題をひとつ投げる。
「そういえば、ジャミーラ・シャマル様が無事に入学されたそうですよ」
「ああ」
興味の欠片もない返事。
「殿下はお会いになったことは?」
「ない」
「……絵姿くらいは?」
「見ていない」
「…………」
ライルは目を瞬く。
(まじですか……)
政略婚とはいえ、婚約者の顔も知らないとは思わなかった。
「仮にもご婚約者なのですから、もう少し興味を持たれては?」
「必要がない」
バッサリと切り捨てられ、ライルは額を押さえた。
「せめて、新入生歓迎会では仏頂面だけは隠してくださいね。場が凍りますから」
ムスタファは何も言わないが、ほんのわずか眉が動いた気がした。




