新入生歓迎会前
入学式典から数日後。今日は新入生歓迎会のため授業はなく、生徒達は朝から各々準備に明け暮れていた。
「そのドレス素敵ね」
「ありがとう。マダムルージュのドレスですの」
「ルシファニア王室御用達のマダムルージュですか?羨ましいわ」
女子寮のロビーでは、女子生徒達が目を輝かせながら、口々にそれぞれのドレスを評価し合っている。
その様子を遠目に見ながら、
「はぁ。行きたくないわ……」
ジャミーラは彼女等と真逆の面持ちで、深い深い溜息をついた。
⚜️⚜️⚜️
「聞いたか?ランデュート王国のジャミーラ・シャマル姫君が、本校にご入学されたらしいぞ」
男子寮のロビーで噂する男子生徒達。ランデュート王国第二王子の側近を務める青年は、彼らの話に思わず耳を傾けた。
「ランデュート王国って家庭教師が主流だろ。……まさか婚約者を追いかけてきたのか?」
「らしいぜ」
「まじかよ。流石は魅惑の悪魔だな」
「魅惑の悪魔?」
1人が何の事だと聞き返した。
「知らないのか?ランデュート王国第二王子の異名だよ。ランデュートが悪魔の民族って呼ばれてるのは知ってるだろ」
「ああ。あの容姿だからな」
遥か昔、天界の王は魔族と他の種族を見分けるため、魔族の容姿を統一させた。
漆黒の髪と血のように赤い瞳。
魔族の象徴となったその容姿は、皮肉にもランデュート王国の者の容姿と酷似していた。
実に迷惑な話だ、と青年は眉間に皺を寄せた。
「加えてランデュート王国の第二王子は、かなりの美男子なんだ。だから何人も魅了する容姿を持つ悪魔、魅惑の悪魔とそう呼ばれてる」
男子生徒は意気揚々と説明した。
「成程な。だが一国の王子に対して不敬すぎはしないか」
「関係ないさ。ランデュートの王子だぜ。しかも、王妃の子とはいえ追放された身。王妃含め一族郎党処刑されたから、後ろ盾も居ない。何を言ってもお咎めなしだよ」
「それもそうだな」
ぎゃははははと下品な笑いが起こる。
何がそんなに面白いのか。
(聞くに絶えない内容だな)
青年は彼らの方を見向きもせず、男子寮の奥に向かう。ひとつの部屋の前で立ち止まり、扉を叩いた。
入れ。という合図と共に扉を開く。鏡に向かっていた男が振り向き、目が合った。
「なんだライルか」
「うわぁ、傷つくなぁ。なんだとはなんです?愛する従者がお迎えに上がったというのに、無下に扱うといい事ありませんよ。他に誰か待ってたんですか?」
分かりやすく落胆され、わざと大袈裟に振舞ってみるが、男は応じてくれない。
待ち人が来なくて、かなり不機嫌なようだ。
「支度はお済みのようですね」
正装に包まれた鍛えられた体躯。緩く波打つ漆黒の髪と彫りの深い端正な顔立ち。
主・ランデュート王国第二王子ムスタファ殿下の悪名には苛立ちを覚えるが、美丈夫なのは頷ける。
ふと部屋を見渡す。主の横にいつも控えているはずの人影が見えない。
「あれ、アルは?」
「まだ戻っていない」
主が無愛想に答える。
(成程、待ち人はアルだったのか。)
妙に納得して、少しばかり嫉妬する。仕えてきた年の差は埋められないが、彼にばかり寵を与えすぎでは無いか。
「そこに座っていていいぞ。アルが戻ったら会場に向かう」
お言葉に甘えて、どさっと椅子に腰掛ける。
沈黙が苦手な性分なので、気になった話題をひとつ。
「そういえば、ジャミーラ・シャマル姫君が無事にご入学されたようですよ」
「そうか」
気のない返事。
「俺はお会いしたことがありませんが、どんな方なのですか?」
「さあな」
(さあなって……)
自身の婚約者の話題なのに、素っ気なさ過ぎる。
もしかして仲が良くないのか?
ライルがあれこれ考えていると、主も反対側の長椅子に腰掛けて足を組んだ。
「因みにお会いしたことは?」
「ない」
「ふーん。でも、絵姿くらいは見たことあるんでしょ」
「いいや」
(まじか)
仲が良い悪い以前の問題だったのか。生まれた時から決められていた婚約者なのに顔も知らないとは……。
「仮にもご婚約者なのだから、もう少し興味を持ってくださいよ」
政略結婚だとそんなものなのか。
「せめて、新入生歓迎会で顔を合わせたらその仏頂面は隠してくださいね」
主はその辺上手く立ち回るから杞憂かもしれないが、ライルは念の為釘を指した。