介入者
「貴女方、何をなさっているの?」
凛とした声音。この場を切り裂き、圧倒的な存在感を与える存在。
「誰だお前」
ハムザは振り返り、声の主を睨んだ。
逆光で姿はよく見えない。
「お前とは失礼な方ですわね。他者に名を尋ねるのであれば、まず己が名乗るべきですわ」
彼の威圧感に臆することなく、声の主は悠々と反論した。
「生意気な。このお方は、ルシファニア王国ハウゼン伯爵家の次男ハムザ・ハウゼン様だぞ。分をわきまえろ」
何故かハムザの後ろにいる男子生徒達が、声高々に言う。
声の主は静かに溜息をついて、
「そう。お初にお目にかかります、ハムザ・ハウゼン様。わたくしは、ランデュート王国シャマル公爵の娘、ジャミーラ・シャマルと申しますわ」
瞬間、その場に衝撃が走った。
他国とはいえ、公爵家と伯爵家、どちらが格上か言うまでもない。
しかし、彼等を怯ませたのは彼女の身分ではなく、
「ラン、デュート…」
取り巻き達の顔が恐怖に染まる。
日が少し落ちて、木漏れ日がジャミーラを照らした。
そこに佇んでいたのは、漆黒の長髪に赤い瞳の少女。
「悪魔の民族」
ひとりがぼそっと呟いた。
それにジャミーラが眉をひそめる。
“悪魔の民族”
それは、ランデュート王国の民の蔑称だ。
遥か昔、神界の王は悪魔とそれ以外を区別するために、ある策を講じたという。
闇より深い漆黒の髪と、血のように赤色の瞳。
魔神のもっていたふたつの特徴。それ等を全ての悪魔に施したのだ。
そして不運な事に、そのふたつの色はランデュート王国の民の特徴と酷似していた。
故に、以来ランデュート王国の民は、他国の民から“悪魔の民族”と忌み嫌われている。
「その呼び名は、辞めてくださる?わたくし達も同じジャルダンの民なのよ」
ジャミーラはムッとして言った。
「何がジャルダンの民だ。悪魔と同類のくせに。目障りなんだよ」
取り巻きが罵る。
「止めておけ」
「ハムザ様?」
予想外にも、彼らを制したのはハムザだった。
取り巻きたちに動揺が走る。
構わずハムザはジャミーラの前にでて、
「お初にお目にかかります、シャマル様。ハムザ・ハウゼンです。先程は大変な失礼をいたしました」
右足を後ろに引き、右手を体に添え、左手を横に水平に差し出すようにして、身体を傾けた。
ハムザの人柄を知る者なら、唖然とする光景だった。
「いえ。それで、ハウゼン様達はここで何を?」
「あぁ、訓練ですよ」
「訓練、ですって?」
彼の傍らには、傷だらけの少年が横たわっている。
ハムザの白々しい嘘に、ジャミーラは怒りで声を震わせた。
「そうです。近々武術の試験がありますので、彼に私の鍛錬に付き合ってもらっていたのですよ。そうだな、アル?」
ハムザは、視線を少年に向けた。
「ハウゼン様の仰る通りでございます」
弱々しい声音。
否定を許さない眼力に、少年は従ったように見えた。
ジャミーラは顔をしかめる。
少年も肯定したから、ジャミーラはそれ以上何も言えなくなってしまった。
「では訓練も済みましたので、我々は失礼させていただきます」
ジャミーラが制止する間もなく、ハムザはジャミーラを一瞥。少年には見向きもせず身を翻した。
「お待ち下さい、ハムザ様ぁ」
後ろに控えていた2人は慌てて、後に続いていった。