違和感
昼下がりの陽光が、教室の窓を柔らかく照らしていた。
外では鳥が囀り、微かな風がカーテンの裾を揺らしている。
けれどその穏やかさとは裏腹に、教室の空気には微かなざわつきが漂っていた。
「……あれ?ハウゼンはまだ来てないのか?」
休憩が終わり、授業の始まりを告げる鐘が鳴っても、
ハムザ・ハウゼンの席は空いたままだった。
普段なら早々に座り、取り巻きの二人が左右を固めて騒々しく笑っているはずだ。
だが今は、その“中心の空白”だけが妙に目立って見える。
「実は——」
取り巻きの一人が何かを言いかけたその瞬間、
扉が静かに開く音が響いた。
ルサージュ教授が入室し、教卓の前に立つ。
淡い白衣の裾が揺れ、足音が静寂をひとつ切り裂いた。
「全員、席に着きなさい。授業を始めます」
その落ち着いた声が響いた途端、教室のざわめきはすっと収まり、
張りつめた静寂が訪れた。
教授は出席簿を手に取り、名を呼び始める。
一つずつ返ってくる返事。
だが——
「……ハムザ・ハウゼン」
沈黙。
少し声を強めて、もう一度。
「ハムザ・ハウゼン」
今度も返答はない。
その名を呼ぶ声だけが、乾いた空気に吸い込まれていく。
教授は顔を上げ、教室全体をゆっくりと見渡した。
「……誰か、彼の所在を知っている者は?」
自然と視線は、いつも彼と行動を共にしている二人に向けられた。
その瞬間、二人の肩がわずかに跳ねる。
教室中が息を呑み、じっと彼らを見つめた。
一人がぎこちなく咳払いをし、口を開く。
「……はい。ハムザ様は、少し体調が優れないと仰っていました。今日は……休まれたいとのことです」
もう一人も、わざとらしいほど早く頷いた。
ルサージュ教授は二人をしばし見つめ、それから静かに息をつき、出席簿を閉じた。
「分かりました。今後は欠席の際、速やかに報告するように。……ハウゼン君の早い回復を祈りましょう」
その一言で、緊張した空気がわずかに緩む。
だが、解けきることはなかった。
アルテリスは、黙って二人を見つめていた。
普段なら軽口を叩いて笑う取り巻きの二人の表情から、
今は一片の余裕も感じられない。
握るペン先は震え、紙の上でざり、と乾いた音を立てていた。
(……嘘をついていますね)
アルテリスの眉がほんの僅かに動く。
その瞳の奥には、静かな警戒が灯っていた。
(……彼らは“何か”を隠している)
窓の外では陽が傾き、柔らかな光が教室の床に斜めの影を落とす。
穏やかに見えるその風景の裏で、確かに——
“何か”が静かに、歪み始めていた。




