少年の憎悪
賑わう中庭のざわめきの中、ひとり——その背後に立つ影があった。
ハムザ・ハウゼン。
掲示板の前で群がる生徒たちの喧騒の中、彼だけが沈鬱な静けさをまとっている。
眉間には深い皺。強く噛みしめられた唇。
握り締めた拳には白く力が入り、微かに震えていた。
掲示板には上位の名前が金文字で並んでいる。
一位:アルテリス
二位:ムスタファ・ランデュエル
三位:ハムザ・ハウゼン
(また、あいつが一番か……)
夕陽を受けて煌めく、アルテリスの名。
二位のムスタファよりも、その上の“孤児の名前”の方が、彼の胸には何倍も痛々しく突き刺さる。
その少し離れた場所から、柔らかな声が聞こえてきた。
「特待生だものね……アルテリスさん、すごいわ」
ジャミーラの声だった。
尊敬と親しみのこもったその音色が、ハムザの胸を鋭く抉る。
拳がさらに強く固く閉じられ、爪が皮膚を破ってじわりと赤が滲む。
そこへ、いつもの軽快な声が背後から落ちてきた。
「いやぁ、さすがハムザ様!三位なんて流石ですね!」
「俺達にとってはハムザ様が一番です」
振り向けば、取り巻きの二人が目を輝かせている。
だが——その言葉の薄っぺらさを、ハムザ自身が誰よりも理解していた。
誇らしさではなく、虚しさが胸に広がる。
視線の先で、ジャミーラがライルと何か話し、笑っていた。
その中で彼女が微笑み、ふとアルテリスの名を口にしたように聞こえ——胸の奥がひび割れた。
その瞬間。
……ざわ。
風でも、人の声でもない。
耳の奥で、湿った囁きが掠めた。
ハムザは振り返った。
だが、誰もいない。
ただ、空気がわずかに濃く沈んだような気配だけが残っていた。
『悔しいか?』
(……誰だ……?)
周囲の喧騒が遠のき、世界が水底に沈んでいくように鈍く歪む。
『——お前の望み、俺が叶えてやろうか?』
甘い。
静かで、優しい。
だが、その底には冷たい闇が蠢いていた。
胸の痛みが、ゆっくりと溶けていく。
(俺の望み……?)
『“1番”になりたいんだろう。
お前の努力を、誰かに認めてほしいんだろう。
なら——俺が手を貸してやる』
視界の端で、黒い影が揺らめいた。
人ではない。
煙でもない。
夜そのものが形を得たような、冷たい“影”。
ハムザは動けなかった。
拒むよりも早く、胸の奥に甘い安堵がじわりと染み込んでいく。
『望むなら与えよう。お前が“あいつ”を越えるための力を』
——そっと、小さく頷いた。
「ハムザ様?どうかされたんですか……」
取り巻きの震えた声が近くで響く。
だが、その声はもうハムザには届いていなかった。
掲示板に背を向け、ハムザはゆっくりと歩き出す。
その瞳には、さっきまでの迷いは微塵もない。
——燃えさかるような、黒い光だけが宿っていた。




