表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/23

静寂の裏で

夜明け前の淡い光が、窓辺を染めていた。

生徒会室にはまだ朝の冷気が残り、紙とインクの匂いが静かに漂っている。


ムスタファは机に並べられた報告書を閉じ、ひとつ息を吐いた。

背後には護衛として復帰したライル・イルハンが控え、主の様子を静かに見守っている。


その静寂を破るように、扉が叩かれた。


「入れ」


「失礼いたします。ジャミーラ・シャマル様をお連れいたしました」


アルテリスが深く一礼し、ジャミーラを伴って入室した。

ジャミーラの表情には、昨夜の緊張がまだ微かに影を落としている。


「お呼びとのことでしたので、参りました」


「ああ。そこに座ってくれ」


ジャミーラが腰を下ろすと、ムスタファは真っ直ぐに彼女を見つめた。


「まずは——昨夜の“審査”についてだ」


ジャミーラの背筋がわずかに強張る。


「オリヴィエ隊長より正式な報告が届いた。

その結果——貴女を“聖騎士団見習い”として登録することが決定した」


ジャミーラは息を呑んだ。


「わ、わたくしが……見習いに?」


「ああ」


ムスタファの声音は厳粛でありながら、確かな信頼が滲んでいた。


「本日、授業後に騎士団支部へ向かい、見習いの証であるマントと徽章を受け取って欲しい。

担当者より詳細な説明があるはずだ」


「承知いたしました」


ジャミーラは姿勢を正し、瞳には決意が宿る。


「それから——見習いとなった以上、生徒会の任務にも協力してもらう。

現在、我々が騎士団より託されている案件に、早速参加して欲しい」


ジャミーラは静かに頷いた。


「——学園の周囲にある四つの結界石……そのうち一つが、先日破壊された」


ジャミーラは思わず口元を覆った。


瞬間——胸の奥を、かすかな痛みが走る。

血の匂い、崩れ落ちる家、幼い自分の叫び。

古い記憶が、目の裏で音もなく揺らぎ、喉の奥が焼けるように痛んだ。


「そんな……では、学園の結界は……?」


「結界は、もう万全ではない。

聖歌騎士達が再祈祷を進めているが、完全な修復にはひと月ほど要する見込みだ」


ジャミーラの指先がわずかに震える。

アルテリスはその変化を確かに捉えた。

しかし、彼女が自分で立とうとする姿勢を尊重し、あえて視線を外すことを選んだ。


「この件は騎士団長の命により秘匿とされている。

公になれば混乱を招くだろう。

——その点を心に留めておいて欲しい」


ジャミーラは呼吸を整え、頷いた。


「承知いたしました。

……わたくしは、何をすればよろしいのでしょうか」


「貴女にはアルテリスと共に学園を巡回し、瘴気の兆候を探ってもらう。

表向きは生徒会の見回りだが、真の目的は“不穏の芽を摘むこと”だ」


ムスタファの声は低く、しかし明瞭だった。


「結界の欠損部から悪魔が侵入し、瘴気が学内に流れ込んでいる。

その影響で、生徒達の情緒が乱れ、争いが増えている。

異変を見つけた際は、まず静かに仲裁して欲しい」


ジャミーラは真剣な眼差しで耳を傾ける。


「瘴気は怒りや不安に共鳴し増幅するが、落ち着いた空気には弱い。

第三者である生徒会が“話し合いの場”を作るだけでも十分効果がある」


そして声を低めた。


「しかし——度を越せば、悪魔化する生徒が現れる可能性がある。

我々の最優先は“悪魔化する前に止めること”。

万が一兆候が見られた場合は、決して単独で対処してはならない。

直ちに騎士団へ報告するように」


「承知いたしました」


震える声だったが、その瞳にはゆるぎない意志が灯っていた。


ムスタファは静かに頷いた。


「アルテリス、彼女を補佐せよ」


「承知いたしました」


アルテリスは胸に手を当て、深く頭を下げた。


「では、シャマル様。参りましょう」


「はい」


ジャミーラは立ち上がり、アルテリスの後に続いた。


扉が閉まると、ムスタファは窓辺に歩み寄り、朝靄に霞む学園を見つめた。

霧の中で揺れる塔の影が、不吉に歪んで見える。


「アルテリスが付いております。シャマル様ならば、ご心配には及びませんよ」


ライルが穏やかに告げる。


ムスタファは短く息を吐き、目を細めた。


「……そうだな」


その視線は、遠く霧の向こうの尖塔に向けられていた。


⚜️⚜️⚜️


昼下がりの学園。

中庭には柔らかな陽が差していたが、空気の底にはどこか張りつめたものが漂っていた。


アルテリスは歩調を合わせながら、ふと横目でジャミーラを見る。


「シャマル様……どうかご無理はなさらないでください」


抑えた声音に、そっと寄り添う気遣いが滲む。

ジャミーラは少し驚き、微笑みで応えた。


「ありがとう。大丈夫よ」


彼女はひとつ息を整えた。


「わたくし達の役目は、簡単に言えば——争いを見つけて仲裁すること、よね」


ジャミーラの問いに、アルテリスは頷いた。


「仰る通りでございます」


「でも……争いが起きてからでは、遅い気がするわ。

——瘴気の兆候を、もっと早く見極めることは出来ないのかしら」


アルテリスはふと微笑んだ。


「シャマル様であれば、可能でございます」


ジャミーラは思わず目を瞬く。


「昨日、“胸騒ぎがした”と仰っておりましたね。

恐らく——瘴気の揺らぎに反応されたのでしょう」


ジャミーラははっと息を呑んだ。


「通常、瘴気は感知が難しく目にも見えません。

精神を少しずつ乱すため、侵されても“異常”と気づきにくいのです」


アルテリスは静かに続けた。


「しかし——強い神聖力を持つ者や、特別な感受性を持つ者は、

微弱な瘴気を“不穏・不快・胸苦しさ”として察知できます」


ジャミーラは胸元に手を当てた。


「では……あれは、瘴気だったのね」


「はい。

瘴気がある場所では、争いが起こりやすくなります。

シャマル様のお力なら、先んじて鎮めることが叶いましょう」


「瘴気を浄化することは……?」


「可能かと存じます。ですが——」


アルテリスの声音は、ほんの少しだけ鋭さを含んだ。


「瘴気を浄化するとは、“瘴気を放つ悪魔”を刺激する行為でもあります。

もし強力な悪魔が潜んでいれば、我々だけでの対処は困難です」


ジャミーラは苦く笑った。


「……無闇に浄化すべきではないわね。

では、争いが発展してしまった場合は?」


「当事者を医務室へ。

治療術師は騎士団と縁のある方ですので、浄化術による処置が可能です。

それ以上の状態であれば——殿下のお言葉通り、直ちに騎士団へ」


ジャミーラは息を整え、柔らかく笑った。


「分かったわ。では、巡回を始めましょう」


「はい」


午後の光の中、二人の影は並んで廊下に伸びていく。

その足取りは静かだが、確かな使命感を帯びていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ