表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/23

ジゼルの判断

「本日放課後、シャマル様の神聖術を、殿下とオリヴィエ隊長にご覧いただくことになりました」


始業前。

女子寮の前へ出てきたジャミーラを、アルテリスは既に待ち構えていた。

いつもの柔らかな微笑みは影を潜め、沈むような緊張を背負った面差しだ。


ただその一言を告げるために、わざわざ寮前へ来ていた。


ジャミーラの胸に、鋭い緊張が走る。


(……こんなに早く、殿下とオリヴィエ隊長の前で……)


アルテリスは深々と頭を下げた。


「シャマル様であれば大丈夫です。講義が終わりましたら、教室の前までお迎えに参ります」


「……ありがとう」


頷いたものの、握りしめた袖口に力がこもる。

朝の鐘が鳴り響き、二人は静かに別れた。


⚜️⚜️⚜️


夕暮れ。

聖騎士団支部の訓練場には、沈みゆく陽を追い払うような冷たい風が吹いていた。


西空の赤がわずかに残り、その光を受けて松明が一つ、また一つと灯されていく。

揺らぐ橙の灯は石畳の上に文様を描き、昼と夜の狭間の静けさが、訓練場全体を包み込んでいた。


その静寂を破るように、硬い靴音が近づく。


「……まったく。この多忙な折に呼び出されるとは、どういう了見ですの」


黒の団服を纏った銀髪の女性——

ジゼル・オリヴィエが姿を現した。


声には明白な不満。

そしてその眉間には深い皺。


「祈祷班は今、昼夜を問わず結界石の修復に当たっておりますのよ。余裕など、どこにもございませんわ」


「悪いな、オリヴィエ隊長。しかしこれは“例の件”に関わる。学園防衛のためだ」


ムスタファの声は低く落ち着いていた。

ジゼルは一度だけ険しい息を吐き、やむなく頷く。


「……かしこまりました。けれど手短に願いますわ」


視線が訓練場へ流れる。

中央には、既にジャミーラとアルテリスが整列していた。


アルテリスが前に進み、一礼する。


「お越しいただきありがとうございます、オリヴィエ隊長。こちらがジャミーラ・シャマル様です」


「貴女がシャマルさん。話は殿下より伺っております。——始めなさい」


ジゼルは言葉を飾らず、鋭い眼差しを向けた。


ジャミーラはゆっくりと息を整え、一歩前に出た。

胸の前で指を組み、そっと目を閉じる。


「……はい」


薄闇の中に柔らかな祈りの旋律が解けていく。

その声は静かでありながら芯があり、澄んだ空気を振動させた。


掌に灯る白光は細い金糸を生み、ふわりと舞い上がる。

光の花弁が夜気に咲き、訓練場に漂う瘴気を静かに洗い流していった。


風は凪ぎ、松明の炎の揺れが止まる。

空気が清められたような静寂が訪れる。


ジゼルの瞳が、ほんのわずかに見開かれた。


(……ランデュートの民でありながら、ここまでの制御を……しかも独学で?)


光が収まり、残響のみが空中に溶ける。


少しの沈黙のあと、ジゼルはゆっくりと息を吐いた。

先ほどまで漂っていた苛立ちは完全に消え、代わりに深い敬意が瞳に宿っていた。


「——見事です、シャマルさん。

学ぶべき点はもちろんございますが……正しく導けば、いずれ立派な聖歌騎士になられるでしょう」


ジャミーラは驚き、深く頭を下げた。


「もったいないお言葉ですわ、オリヴィエ様」


ジゼルはムスタファへ向き直る。


「この方ならば我々の戦力となるでしょう。騎士団長には、私からも推薦いたします」


ムスタファは短く頷いた。


「助かる、オリヴィエ」


ジゼルはジャミーラを振り返り、微笑む。


「良いものを見せていただきました。

今回の件が落ち着いたら、ゆっくりお話ししましょう」


そう告げ、松明の灯に銀髪を照らされながら静かに訓練場を後にする。

やがてその姿は夜気へと溶けた。


残された空気は、まだ少し冷たく——

けれど確かな未来の気配を含んでいた。


「お前の見立ては正しかったようだな」


ムスタファの小さな呟きに、アルテリスは控えめに微笑む。


それは

“満足” と “誇り” が静かに滲む、温かな笑みだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ