波乱
真夜中。
言いようのない胸騒ぎに、アルテリスはぱちりと目を開いた。
静まり返った部屋。
冷えた空気の中で、耳を澄ませば、外気の揺らぎがわずかに乱れているのがわかる。
呼吸を整え、気配へと意識を沈めたその瞬間——すぐ傍らで、人の気配が動いた。
「起きているか」
「はい」
低く、闇に溶ける声。ムスタファだ。
アルテリスは上体を起こし、寝台の縁へ静かに腰掛けた。
「気づいたか」
ムスタファの問いに、アルテリスは黙って頷く。
再び周囲へ意識を伸ばす。
「……学園内に、あってはならない気配が迷い込んでおります」
ムスタファは目を細め、短く息を吐いた。
「まさか、結界石を破壊する者が現れるとはな」
わずかに震えた声。
それが、事態の重大さを物語っていた。
「様子を見に参りますか」
「いや。異変に気づいた騎士団員が動いているはずだ。一先ず任せよう」
静かな応答。
しかし瞳の奥には鋭い警戒が宿る。
「はい」
短い沈黙が続く。
外では風がざわめき、深い闇の向こうで、何かが這うように蠢く気配があった。
「これから、一波乱ありそうだな」
ムスタファの呟きに、アルテリスは小さく頷いた。
やがて薄明かりが夜を侵す頃になり、静寂の中に緊張だけが取り残された。
——そして翌朝。
聖騎士団から緊急招集がかけられた。
⚜️⚜️⚜️
朝靄の残る騎士団支部。
団長や要人らが密かに集められ、石造りの会議室には重苦しい冷気が漂っていた。
アルテリスはムスタファの背後に控え、無言で様子を見守る。
壇上には支部長。鋭い眼差しが室内を掃いた。
「気づいている者もいるだろう。昨夜、結界石のひとつが破壊された」
抑えた声が空気を震わせ、微かなざわめきが広がる。
「警備にあたっていた団員二名は意識不明の重体。襲撃犯は痕跡を残さず姿を消した。詳細は不明——目下、調査中だ」
「“例の”襲撃犯と同一の可能性は?」
誰かの問いに、支部長は重々しく頷いた。
「その可能性は高い。既に各支部へも警戒を通達している」
再び、冷たい沈黙。
「結界石の再祈祷はオリヴィエ隊長に一任する。支部内の聖歌騎士は、全員彼女の指示に従え。各団長は調査班と討伐班を編成し、速やかに動け」
「承知いたしました」
「完全修復にはどれほどの時間を?」
別の団員が問うと、支部長の側に立つ銀髪の女性が前へ出た。
「……ひと月ほどを要します」
室内がざわつく。
ひと月。それは即ち——学園の防御が不完全なまま続くということ。
支部長は静かに言葉を続けた。
「修復までの間、魔族が学園へ侵入する恐れは高い。よって——」
ムスタファへ視線を向ける。
「ムスタファ殿下。貴殿と学内の騎士団員には、学内調査を一任したい」
「承知いたしました」
即答。
その声音は鋼のように硬く、覚悟がにじんでいた。
支部長は最後に一言だけ告げる。
「この件が公になれば学内は混乱する。当面、この一件は内々に処理する」
そうして会議は静かに解散し、団員たちは朝靄の薄光の中へ歩み出ていった。




