陸。
それからというもの、ゲーム部の俺たちは放課後になる度に教室に集まった。
月山さんも、図書委員の本の貸し出しをする当番以外の日は、ゲーム部に参加してて正式な部員として迎えられた。
「ねぇねぇ、聞いて聞いて! お爺ちゃんに正式な昭和呪いゲー『コックリさん』のやり方聞いたよ?」
「ほー、どれどれ?」
穂高さんが、元気良く机の上に紙と鉛筆を置き、紙の上に『あ』から『ん』までの文字と『゛』と『゜』を手際良く書いた。それに何やら小さな○のような円を紙の余白の部分に描いている。机の上から身を乗り出した庵野が、興味深々と言った様子でアゴに手をやり眺めていた。
「で、何を占うの?」
穂高さんが紙の上に書いた『コックリさん』の文字様式を、眼鏡越しに月山さんが静かに見つめている。「何を占うの──?」──そう言った月山さんの声が俺の頭の中に幽かに響いて残った。長くて綺麗な黒髪が月山さんの左手の指先に掛かる。それから耳もとに掻き上げられて、机の上にサラリと落ちた。俺は、その月山さんの仕草を見ながらもソワソワとして落ち着かなかった。
俺の頭の中は、他の三人とは違ってずっとモヤモヤとしたままだ。月山さんの好きな人の名前を知らない俺は、聞こえなかった事を庵野に伝えて改めて聞いてはみたが、「そう言うことは、本人の口から聞くもんだ」と、取りあってはくれなかった。
「んー。四人の夢が叶うかどうか、とか?」
「あー。そう言う事なら、俺、パス。未来なんてのは自分の力で掴むもんだ」
穂高さんの言葉を聞いた庵野が、身を翻して教室を後にしようとする。「ちょ、待ってよー!」と、庵野の背中を追い掛ける穂高さんの後ろ姿。いつも通りだ。
「フフ……。仲良いね、あの二人」
「どうだか……」
庵野と穂高さんの様子を見ていた月山さんが、口もとに手を当てて笑う。まぁ、二人は幼なじみだし。小さい頃からあんな感じの二人を見て来た俺は、相変わらずと言った感じで溜息をついた。
そして、庵野と穂高さんの居なくなった放課後の教室に、俺と月山さんだけが取り残された。
「二人きりだね……」
「え? あ、うん……」
誰も居ない教室。月山さんは、俺の魂の回答を知ってるけど、俺は月山さんの魂の回答を知らない。
庵野の「そう言う事は、本人の口から聞くもんだ」と言った声が俺の頭の中に響く。
月山さんとは、あれから何かがあったわけでもないけど──、月山さんがゲーム部に来てくれるようになってから、話し言葉とか、ほんの少し仲良くなれた気がする。でも──。
──もしも、月山さんの好きな人が、俺とは違うなら、月山さんは俺のこと避けてたんじゃないだろうか? けれども、特に避けられている様子でもなさそうだし……。
「あ、あの」
「え?」
「もう一度、良いかな……」
「何を?」
「月山さん──の、好きな人……」
とても、恥ずかしい。俺は、よく口に出来たもんだと思う。もう一度、月山さんに好きな人の名前を言わせるなんて──。心臓が、バクバクと高鳴り始めて、聞かなければ良かったと後悔する。
「良いよ……」
月山さんの静かな声が俺の耳もとに届いた。
月山さんが、何処からか何処かの国の銀色のコインを取り出して、穂高さんが紙の上に描いた円の中に置いた。
「幸運の女神のコイン。イタリアのお祖父ちゃんからもらったの。やり方は──、実は、ちょっと調べてて分かってたんだけど。指先──、飛騨君も乗せて」
月山さんのお祖父さんは、イタリア人。道理で、月山さんは少し日本人とは違う容姿をしている訳だ。そんな事を考えながら、月山さんに言われるがままに、コインへと乗せる自分の指先が震える。コインの上で、月山さんと俺の指先が、くっついた。それに、月山さんも『コックリさん』について調べてたなんて。
「うっ……」
あの時は、何とも思わなかったのに……。今は──。
「──じゃあ、始めるね。『コックリさんコックリさん、月山雫の好きな人を教えてください──』」
──まるで透明な、女神のような祈る声。自分の名前を声に出して呼んだ月山さんの表情を見れない俺は、コインの上に乗せられた俺と月山さんの指先を、ずっと見つめていた。
しばらく待つ時間。コインの動かない沈黙の時間。
特に、呪いゲーをやった時みたいな変な黒い煙の塊が見えたり、声なんかは聞こえない。
コインも熱くなったりとか、変化はなかった。
「ハハ……。やり方違う? う、動かないね?」
「んーん。飛騨君、もう少し指先の力を抜いて……」
「う、うん」
実は、呪いゲーのことが気になっていた俺も、あれから呪いゲーについて、ネットで調べていた。穂高さんが持ち込んだ呪いゲーについては、分からなかったが、『コックリさん』については少し知ることが出来た。お稲荷様とか、動物霊を降ろすとか言うよりかは、どうもメンバーの潜在意識に呼びかける力が強いみたいだ。そのため、力を抜いてリラックスする必要があるみたいだ。
それから、月山さんの指先と俺の指先が、コインの上で、くっついたまま温かくなり──、やがて、月山さんのお祖父さんからもらったイタリア製の銀のコインが、静かにゆっくりと紙の上を滑り始めた──。
『ひ』──……。
コインの進んだ先にあった最初の一文字。胸が高鳴りすぎて、息を呑む。
それから──。
『た』──……。
本当なのか、どうなのか分からない頭の中で、『ひ』と『た』を組み合わせた名前を思い浮かべようとしたが、もう既に頭の中が真っ白になり考えられなかった。
そして──、
『゛』──……。
俺は、驚きすぎて声が出なかった。ゆっくりと、隣にいる月山さんの横顔を見た俺に、月山さんが振り向いて、耳もとの長い髪の毛を掻き上げて微笑んだ。少し首もとの月山さんのウナジが見えて、それからコインの動きにつられて、指先が『く』と『ん』に進むのを二人で見つめた。
「飛騨君──、でした……」
「は、はい……」
俺は、よく分からない返事を月山さんに返して──、まるで、時間が止まったように、月山さんを見るしかなかった。
「飛騨君の好きな人は──?」
「──えぇっ!?」
改めて、聞かれると困る。前にも言ったはずなんだが……。
「ゆ、指先……」
「フフ……。良いよ。乗せるんだね」
俺は、恥ずかしくて、月山さんの名前を言えないままに、指先をコインの上に乗せる選択をした。まるで、月山さんが少し大人びた少女みたいに見えて──、何処までも心臓が、高鳴り続けた。
『つ』、『き』、『や』、『ま』、『さ』、『ん』……──。
──何か、夢のような銀色のコインの乗り物に指先が乗っていて、紙の上を揺られるように進む。まるで──、遊園地のメリーゴーランドに乗ってるみたいにして。けど、同じところを、ぐるぐると回ってる訳じゃない。
「月山さん──。が……」
「うん。知ってる……」
その先は、言えないままに、二人の指先だけが、くっついていた。それからの時間を約束するように。いつまでも、銀色のコインから離れられないでいた。
月山さんとの、くっついたままの指先──。
──温もりを確かめあうようにして。
──fin──