肆。
教室に夕闇が迫り、静けさが漂う。
そして、俺たち四人の見つめるチップと指先に、俺、庵野、穂高さん、月山さん──四人分の呼吸音とそれぞれの幽かな匂いが集まる。
賽子を振った穂高さんの魔女みたいな視線がチップから離れて──、俺の目を覗き込むようにして向けられた。
「飛騨君の好きな人、教えて──」
──穂高さんの静かな言葉とともに転がったサイコロが、机の上で小さな音を立てて止まった。
「【陸】……」
サイコロの目の数字を読み上げた俺の声だけが、暗がりの教室に響いた。
庵野と月山さんも静かに顔を上げて、俺の目を見つめた。
途端にまるで、教室中の空気が俺たち四人に集まるみたいにして重くなり、俺は思わず息を呑んだ。
「な、なぁ? これって、おかしくねぇか? ほんと呪われてね? 三回連続で【陸】って──、」
俺が言葉を発した途端、庵野と穂高さんが口をそろえた。
「お前だけ逃げれねぇんだよ……」
「そうよ。四人の命、掛かってんだから、早く答えて」
いやいや……。ただのゲームじゃねぇかよ。内心そう想ったが。俺の指先が、まるで何かが乗っかったみたいにして重くなった。
「な──っ!?」
「──だから、言ってんじゃねぇか! 逃げれねぇって!」
「は、早く、答えて!」
指先に、どんどん重さが加わる。まるで、指先だけに10倍の重力が掛かったみたいにして。
とは言え、俺も困る。強制力の最も強い「【陸】」──、しかし、俺に好きな人なんてのは……。
(クソっ! 何が【陸】だ……。わざとらしく呪いやがって。完全にふざけてやがる。け、けど……)
指先がリアルに机と何かに挟まれたように重くなる。庵野も穂高さんも苦しそうだ。それに──、
「──い、居ないんですか? 飛騨君、好きな人。なら、居ないなら居ないで……」
月山さんの黒くて長い前髪が眼鏡越しに、机と呪いゲーの上に落ちて、苦しそうな瞳が潤んでいた。
確かに、俺には好きな人なんて居ない。けれど、答えられない場合は、どうなる?
が、しかし、俺も、指先が確かに千切れるかと思うほど重くて苦しい──。
「──い、居ない!!」
(グゴゴゴゴゴゴゴ……──)
──俺が答えた途端に、机の上のチップに置かれた俺たち四人の指先が、さらに引きずり込まれるようにして、重みを増した。
「い、いや! やめて!」
「クソ! 答えたじゃねぇかよっ!」
「だ、誰かの名前、言えよ! 飛騨っ! 早く!!」
「ゆ、指先、が……! きゃっ!!」
穂高さんの声に焦った俺は、庵野が苦しそうに叫ぶのを聞き、今にも泣きそうな月山さんの表情を見た。
さらに、指先の重力は増して行き、俺たち四人の指先が乗る机が、チップとともにガタガタと震え出した。何か、もう……。頭の中が、飛びそうだった。この場にいる俺たち四人とも全員、この訳の分からない呪いゲーの重力のせいで、ひしゃげるんじゃないかって──。
「──つ、月山、さん……!!」
俺が月山さんの名前を口にした途端に──、机の上の震動が収まり、指先が軽くなった。
だけど、俺たち四人の指先は、尚も呪いゲーのチップからくっついたまま離すことは出来なかった。
俺、庵野、穂高さん、月山さん──。四人それぞれの表情が、夕日の沈んだ静かな教室に力なく俯いた。
「ハァ……ハァ……」
息が切れそうになる。好きな人の名前を聞かれて、強制的に答えさせられるこのゲーム。本当に呪われている。おまけに、仮にも強制的とは言え、人生初の告白を生身の人間に告げたワケだ。しかも、同じクラスメートの月山さんに。動悸が治まらない。けれども反面、この呪いゲーのことは、もうどうでも良くなっていた。自分の答える順番が過ぎたからか、早く家に帰りたいとも思う。無事、明日が迎えられるように、早く呪いゲーから解放されたかった。
「もう、終わりにしよう……。月山さん、後は頼んだ」
俯いた俺の前髪が、視界に掛かる。俺は、このバカげた呪いゲーを早く終わらせたくて、サイコロを手に取り机の上に転がした。最後の回答者である月山さんの名前を呼んで。
けれど、月山さんの名前を好きな人として答えた俺は、月山さんの顔なんて、どうしても見れなかった。
教室の窓辺には、薄暗くなって帳を降ろし始めた空に、月がボンヤリと浮かんでいた。
「【陸】……」
月山さんの賽子の目を読み上げる声が静かに聞こえた。
またしても、【陸】。四回連続でだ。明らかに呪われている。もう、いい加減ウンザリだ。
呪いゲーの升目に沿って、俺たち四人の指先の乗るチップが独りでに動き、六つ自動的に進む。早く帰りたい俺の意思に反して。
月山さんの俺に対する答えとか月山さんの好きな人が誰かなんて聞きたくなかった。