第9話:夕食と彼女の気持ち
「悠真君、いっぱい食べてね!」
「はい。ありがとうございます。」
現在私は桜井さんの家で夕飯をご馳走になっている。なんでそんなイベントが発生したかといえば、勉強会の後、彼女を家まで送った時、ちょうどお母さんに会い、「わざわざ送ってくれてありがとうね。よかったら夕飯でも食べてく?」とお誘いを受けたのだ。桜井さんも「ぜひどうぞ!」と言ってくれたから、お言葉に甘えることにしたのだ。
「それにしても、悠真君は背が高いな。もう私ぐらいあるんじゃないのか?何かやっているのか?」
「はい。学校ではバスケ部に入りまして…。まだ初心者ですけど…。」
「でも、もうレギュラー入り確実なんでしょ?」
「桜井さん、それはまだわからないよ。」
「そうか、悠真君は勉強もスポーツも得意なのか。」
「いいえ、そんなことは…。」
「そんなことあるよ。城田君は勉強も得意で、今日もいろいろ教えてくれたの。」
「美羽は本当に悠真君の話を嬉しそうにするわね。」
「ちょっと、お母さん!もう、恥ずかしい…。」
「「「ははは。」」」
これが家族団欒というものなのだろうか…。前世でも当然家族と食卓を囲ったが、借金のせいか、その空気は重苦しいものだった。それに食卓を囲ったとはいっても、毎日ではなかった。両親ともに夜遅くまで働いていたからだ。だから、一度でいいから、こんな和気藹々とした団欒をしてみたかった。ちなみに、この前助けたミケちゃんは、すでに夕食をキャットフードを食べ終え、リビングのソファーで丸くなっていた。
「悠真君は普段食事はどうしてるの?」
「そうですね…。基本的には自炊するようにしています。そんなに上手ではないですが…。」
「その年齢で自炊なんてすごいわね。それに洗濯や掃除もあるんでしょ。すごく生活力あるわね。それ以外に当然勉強もあって、偉いわね。」
「いいえ。もう慣れましたから…。」
「だからかな、君が同年代の子供に比べると大人びて見えるのは。」
「お父さん、それ私も思った。」
「そんなに大人びてますかね…。自分ではあまり実感が湧かないですが…。」
「そうよね。まだこのぐらいの年齢だと、小学生の延長みたいな感じがあるけど、それが悠真君にはないわね。」
「それを言ったら、桜井さんも大人びてますよ。」
「うちの子なんてまだまだ子供よ。」
「もう、お母さん、やめてよ…。」
―――――
夕食も終わり、お母さんから「デザートも食べるでしょ?」と言われ、結局アイスクリームを食べている。久しぶりに食べたな、アイス。普段、あまり買わないからな。
「ねえ、悠真君。学校で美羽はどんな感じ?」
「ちょっと、お母さん。何聞いてるの?」
「あら、いいじゃない。別に。」
「そうですね…。桜井さんは学校でも人気があると思いますよ。優しくて可愛いですし。」
「かわいいって…。もう城田君、やめて…。」
「あらあら、この子がこんな表情をするなんて。」
「悠真君は女の子にモテそうだな。」
「そうね。もう誰かに告白されてたりしてね。」
「いえいえ、私なんかモテませんよ。まったく。」
「無自覚なのか、鈍感なのか、今後が少し怖いな…。」
「そうね。美羽、ライバルが多そうで大変ね。」
「もう…、お母さんのバカ…。」
―――――
すっかり遅くなってしまってお暇することにした。お母さんから「また来てね」と言われたのが、嬉しかった。
玄関の外まで桜井さんが見送りをしてくれた。
「遅くまでごめんね。じゃあ連休明けに学校で。」
「うん…。またね…。」
桜井さんが何となく元気なさそうだった。
「桜井さん、どうかした?」
「えっ!うん…。ねえ、さっきお母さんが言ってたけど、城田君って、誰かに告白されたの?」
「えっ?いやいや、全然。告白なんてされたことないよ。」
「そっか…。ねえ、明後日って暇?私部活が休みなんだけど…。」
「そうなんだ…。その日は俺も部活は午前中までだから、午後は暇かな。」
「そっか…。えっとね…。」
そう言い、彼女は頬を赤くしながら、何か言葉を続けようとしているように見えた。さっき、お父さんからは鈍感的なことを言われた気がするが、さすがに何を言おうとしているのはわかる。これでも前世で60歳も生きたのだ。
「そうか…。じゃあ、その日どこか行かない?映画でも観に行くとか。」
「!!!うんっ!行くっ!」
「そう。じゃあ詳しい待ち合わせ時間はまた連絡するから。」
「うんっ。じゃあまたね。おやすみなさい。」
彼女がとても喜んでくれていたようで良かった。これで「えっ、行かないよ。」とか言われたら、軽くトラウマになってた…。ラノベよ、ありがとう。
―――――
彼と初めて会ったのは、ミケちゃんをよく連れていく公園だった。だけどその日は、ミケちゃんが興奮していたのかわからないけど、高い木に登って降りられなくなってしまった。どうしようと、困っていたところに、彼が木によじ登ってミケちゃんを助けてくれた。何となく私よりも先輩かなと思ってしまった。だって背も全然高かったし…。お礼をしたかったけど、その人は「バイバイ」と言って、すぐにその場を離れてしまった。
そんなことがあってから1週間後、白麟学園の入学式があった。中学受験を何とか乗り越えた私にとって、それは待ちに待った日だった。だけど、それと同時に不安もあった。同じ小学校の友達は一人もいないのはわかってたから、友達ができるか不安だった。
クラス分けの貼紙で自分のクラスを確認し、お母さんたちと別れた後、緊張しながら教室に向かった。黒板に貼られた座席表を見ると、すでに自分の隣には誰か座っているようで、その男の子は外を眺めていた。自分の座席に座ろうとすると、彼がこちらを振り向いた。思わず私は「あっ!」と叫んでしまった。今思えば、ちょっと恥ずかしかったな。
彼の名前は城田 悠真君。背が高くて優しそうな人だった。ううん、間違いなく優しい人だった。だって、ミケちゃんも助けてもらったし。そして、少し大人びた印象を持った人だった。一人暮らしと聞いた時は、本当に同級生?と思ってしまった。
彼は勉強もスポーツもできる人だった。進学校だけあって、授業のスピードも速く、難易度も高かった。宿題も多かった。だけど彼は、それを難なくこなしていた。予習・復習も完璧。いつ先生から質問されてもスラスラと答えていた。一方でバスケ部では初心者にも関わらず、先輩たちを差し置いてレギュラー入り確実なんて言われている。
そんな彼だから、モテないわけがなかった。彼は意外にもその辺は鈍感みたいだから、気付いていないみたいだけど、すでに何人かの女子たちが「あの男子、かっこよくない?」と言っていたと、ひなたちゃんが教えてくれた。彼女からは「早くしないと取られちゃうよ」と言われた。お願いだから、彼の前でからかうのはやめてほしいな。恥ずかしいから…。
席替えで、席が離れてしまったのは、少し残念に思った…。
私も部活に入って忙しい日々が過ぎ、ゴールデンウィークに入りかけた頃、彼と斉藤君が勉強会の話をしているのが聞こえた。それにひなたちゃんが乗った。私も彼と一緒に勉強したいなと思っていたところ、彼から「もしよかったら、一緒にどう?」と誘われた時は、とても嬉しかった。
勉強会当日。お母さんから差し入れのお菓子を持っていくように言われ、ひなたちゃんと一緒に彼の家に向かった。案の定、彼女から「一緒に勉強できてよかったね。」とからかわれたけどね。
彼の家は思った以上に広かった。こんなところに一人暮らしなんて、やっぱり彼は大人だなと思ってしまった。そしてやっぱり、彼は頭が良かった。教え方もわかりやすかった。正直あまりテストに自信がなかったけど、これなら何とかなりそうだと、少し自信が付いた。休憩中に彼の部活の話になったけど、彼がレギュラーを獲ったら、絶対に試合を観に行こうと思った。
勉強会終了後、彼がわざわざひなたちゃんと私を家まで送ってくれると言ってくれた。ひなたちゃんが先に帰る時、「うまくやりなよ。」と小声で言われて、また恥ずかしくなってしまった。
二人で帰っている間は、特に会話がなかった。いざ二人きりになると何を話せばいいのかわからなくなった。だけど、彼は私の体調を気遣ってくれた。やっぱり彼は優しい人だと思った。同い年なのに、「俺若いから」と言っていたのは少し可笑しかった。普段はかっこよく、大人びて見える彼も、その時はかわいく見えた。そんな彼が私のことを「可愛い」と言ってくれた時、恥ずかしい気持ちと同時に嬉しい気持ちでこみあげてきた。
だから、お母さんが彼を夕飯に誘った時は、「お母さんグッジョブ」と心の中で喜んでしまった。たぶん表情にも出ていたと思う。今思い返してみると、やっぱり恥ずかしかった。
ひなたちゃんにみたいに、お母さんからもからかわれるのは勘弁してほしたかったけど、両親と彼が仲良くなったみたいで嬉しかった。だけど、お母さんが告白の話をした時は、正直ドキッとしてしまった。確かに彼ならすでに誰かから告白されているかもしれない。もしかするとすでに付き合っていたりして…。そう思うと、胸にチクっとした痛みみたいのを感じた。
単純に不安だったのかもしれない。彼が帰る時に「誰かに告白されたの?」と尋ねていた。彼から「されてないよ。」と聞いた時は、正直にほっとした。だけど同時に、ひなたちゃんの「早くしないよ取られちゃうよ」という言葉を思い出し、また不安になってしまった。気付けば彼の予定を確認しつつ、自分が暇であることを告げていた。本当はその後に続ける言葉があったけれど、なかなか声に出せなかった。そんな時に彼は「じゃあ、どこか行かない?」と言ってくれた。本当に嬉しかったし、やっぱり彼は優しい人だなと思った。
いま自分が彼に抱えている気持ちが何なのか、まだはっきりとはわからないけど、それはこれから彼ともっと仲良くなって確かめればいいと思った。
彼が帰った後、お母さんから「ちゃんとデートに誘えたの?」と聞かれた時は、恥ずかしさのあまり、何も答えず自分の部屋に戻ったのは内緒の話。
読んで下さり、ありがとうございました。