第44話:文化祭⑨
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ドキドキ…。
自分の心臓の音が聞こえる気がする。いまの心境を表す言葉はこれくらいしか思いつかない。私は少し薄暗い舞台袖で緊張しながらその時を待っていた。先程まで笑顔だった彼女も、いまは何も言葉を発せず、同じようにその時を待っている。ただ、私と少し違うのは、彼女はそのような状況でも少し楽しんでいるように見えるところだ。
場所は学園内の施設である「白麟風講堂」。白麟学園には高等部・中等部にそれぞれ体育館以外に全生徒を収容できる施設がある。それが講堂で、白麟の名を冠すとともに、高等部が「光」、中等部が「風」の名をそれぞれ冠している。
改めて舞台袖から講堂を覗くと、講堂には学校見学会に参加する人たちやその関係者が多く集まっていた。来年受験する受験生も多そうだった。さすが全国屈指の進学校であって、座席はほぼ満席の状態で、後方では立っている人も見受けられた。彼らはこれから始まるレクリエーションを今か今かと待っている雰囲気だった。それは白麟祭の賑やかな雰囲気とは異なり、真剣さが漂っていた。それが余計に外の賑やかな声を引き立てていた。
私と彼女、前島さんもその開始を待っていた。レクリエーションの司会者として…。なぜこんなことになってしまったかと言えば、時は少し前に遡る。
―――――
ピンポンパンポーン♪
「中等部1年1組の城田悠真君、1年3組の前島栞さんは、至急中等部生徒会室まで来て下さい。繰り返します…。」
大和さんと白麟祭を回っている最中に校内放送が流れ、自分が呼び出しを受けていることを知った。生徒会室に?何だろう…。
「し、城田君。放送…。」
それは当然彼女にも聞こえていた。
「なんか呼ばれちゃったみたい…。ごめんね。せっかく一緒に回るって約束してたのに…。」
「ううん。大丈夫。十分一緒に回ったから…。」
「ほんとにごめんね。一緒に回れてとても楽しかったよ。ありがとう。」
「こ、こっちこそありがとう。私も楽しかった。」
「じゃあ、またあとでね。」
「うん。」
私は彼女と別れ、校舎1階の生徒会室へと向かった。生徒会室は模擬店の集団とは離れたところにあるため、面する廊下は静かだった。外を見れば、学園に植樹されている木々の紅葉が風に揺れて1枚の風景画を見ているようだった。
コンコン。
「1年1組の城田悠真です。」
「どうぞ。」
教室の中からの入室許可の声を確認し、静かにドアを開けた。すると、そこには生徒会と面々とすでに前島さんが揃っていた。
「遅くなってすみません。」
「いえいえ。急に呼び出してごめんなさい。まずは座って下さい。」
応対してくれたのは生徒会長の斉藤先輩。彼女に促されるまま、テーブルを挟んで彼女の向かい側、前島さんの隣に腰を落ち着ける。斉藤先輩の隣にいる向田先輩は何も言わずこちらを見ている。一方で清水先輩と湯川先輩は違うテーブルでパソコンとにらめっこしていた。
「二人を呼んだのは他でもありません。午後の学校見学会のことです。単刀直入に言うと、二人には今日のレクリエーションの司会をやってもらいたいの。」
「司会ですか!?それは他の先輩たちがやる予定じゃ…。」
「そうだったんだけど、彼らが体調を崩してしまったみたいで…。他の人に代役を頼もうとしたんだけど、ちょっと調整が難しくてね。それで先生と生徒会で話し合って去年まで受験生側だった1年生にやってもらうのはどうかという話になってね。1年生の明るく元気な姿を見せることができれば、参加者にとっても好印象を与えられるんじゃないかってね。そこで二人の白羽の矢が立ったわけ。」
「…どうして私たちなんでしょうか?」
「それは先生たちの意見ね。二人とも、いや、二人に限ったことじゃないけど、今回役員をやってくれる1年生は、みんな先生からの評判も上々なの。特に城田君は成績優秀、スポーツ万能で学級委員もやっているし。担任の藤井先生からもあなたなら大丈夫と太鼓判を押されたわ。」
藤井先生…。あとで文句をいっておこう。
「どうかしら?」
「いいんじゃない。ねえ、城田君。」
前島さんは抵抗はないらしい。結構肝が据わっていると思った。
「わかりました。やらせて頂きます。」
この状況下で断る方が難しい。別にやりたくないわけじゃないが、これも経験だと思ってやるしかないと肚を決めた。
「二人ともありがとう。先生にはこちらから報告しておくわ。早速だけど打合せに入るわね。」
私たちは時間が限られた中で打合せを行い、本番に向けて司会の練習をするのであった。
―――――
そして、時間はいまに戻る。開会まであと5分を切った。
「やば~い。どうしよう。緊張してきた。」
「そんなに緊張してるようには見えないけど。」
「あっ、ひど~い。こう見えても緊張してるんだから。」
前島さんが、わざとらしく頬を膨らませて抗議する。それが可愛らしく見えた。
「ごめんごめん。だけど、俺は前島さんを見て緊張が和らいでるよ。」
「ほんと…?ま、またうまいこと言っちゃって~。騙されないからね!」
「本当だよ。さっきの表情だって可愛かったし。」
「か、かわいい!?もう…、(そんなこと真顔で言わないでよ…。はずかしい…。)」
「うん?何か言った?」
「い、いや。なんでもないよ。と、とにかくがんばろうね。」
「そうだね。」
彼女のおかげでさっきまでの緊張が和らぎ、レクリエーションの集中できそうだ。彼女の頬が赤く見えたのは気になったが。おそらく舞台袖の橙色の照明のせいだろう。
「みなさん、こんにちは。ただいまより白麟学園学校見学会のレクリエーションを行います。」
舞台の幕が上がり、斉藤先輩の静かな声がマイクで響くと、場内の空気が一層静かなものになった。
「それでは司会の二人に登場してもらいます。」
私たちの出番の合図だった。
「みなさーん!こんにちは!」
「こんにちは!」
二人で元気よく登場する。先生と先輩からはとにかく元気にという指示があったから、マイクを使いつつ、明るく元気に振る舞うように心掛けた。見学者たちは少なからず緊張しているから、こっちまで緊張の空気を漂わせると、場内全体がカチカチになってしまうとのことだった。確かに登場して最初に感じたのは、場内の緊張した空気だった。だから、できるだけ場を和ませることに集中して振る舞おうとした。
「本日司会を務めます中等部1年の城田です。」
「同じく前島です。」
「「よろしくお願いしま~す。」」
場内からは拍手が起きる。とりあえず出だしはOKだろう。
「いや~、それにしてもこれだけの人が集まってくれて嬉しいですね。前島さん。」
「そうだね~。私も去年この学校見学会に参加したから、いまこうして自分がこの場に立っているなんで不思議~。」
「確かに~。俺も…、いや俺見学会参加してなかったわ。」
クスクスと場内に笑いが起こる。主に父兄からだが…。メインの受験生たちからの反応はイマイチだった。
「とりあえず、城田君がちゃんとスベッたところで、次に行きましょう。」
スベるのは想定済みと言わんばかりに、彼女は進行を始めた。何か生贄にされた気分である。
その後、学園長の挨拶から始まり、生徒会長の挨拶、生徒による体験発表や勉強方法の紹介、先生からの学園と受験案内と進行は滞りなく進み、残りは閉会の言葉となった。
「以上でレクリエーションを終了します。この後、配布した資料に記載の教室にて生徒による受験相談も行われますので、そちらもよろしくお願いします。」
「そうです。私たちもその場にいます。しかも彼は学年でトップの成績を収めているんで、じゃんじゃん相談に来てください~。」
最後にとんでもないものをぶっこまれた。それは司会原稿になかったセリフだった。「えっ…」と彼女を見ると、「てへっ」といたずらな笑みを浮かべていた。
そんなこんなで、一時はどうなるかと思われたレクリエーションも無事に?終わりを迎えたのだった。
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