第43話:文化祭⑧
ブクマや評価、ありがとうございます。
彼女はこちらに気が付くと、少し恥ずかしそうに俯いてしまった。そうだ、見惚れてる場合じゃない。
「大和さん、ごめんね。待った?」
「ううん。大丈夫。」
彼女の頬ははっきりとわかるぐらい赤くなっていた。
「その恰好…。」
「えっとね…。どうせ回るなら宣伝してきてって言われちゃって…。断ったんだけどね…。やっぱり変だよね…。」
「ううん。昨日も似合っていたけど、今日はそれ以上に似合ってる。とても可愛いよ。思わず見惚れちゃったよ。」
「!!!」
彼女はまた俯いてしまった。何かまずいことを言ってしまっただろうか…。しかし考えてみれば、とても恥ずかしいセリフを言っている気がする。自身の頬が熱くなるのを感じた。
「えっと、ごめんね。急に…。」
「ううん。城田君にそう言ってもらえて、とても嬉しい。」
「そう…。じゃあ、行こうか?時間も限られてるし…。」
「うん…。」
とりあえず私たちは待ち合わせ場所の教室から移動することにした。
「どこから行こうか…?お腹すいてるでしょ?」
「うん。そうだね。そういえば、バスケ部って何の模擬店やってるの?」
「たこ焼き屋。さっきまでめっちゃ焼いてた。ある意味、練習より辛かったかも…。」
「ふふふ。じゃあ、そのたこ焼き屋さんに行っていい?」
「もちろん。一緒に食べようか。」
たこ焼き屋に着くと、そこには午前以上に行列ができていた。おかげさまで、うちの部活は大人気らしい。行列の脇から、焼いている同級生を見て、若干かわいそうだと思ったのは否めないが…。
「おう、悠真か…。って、女子と一緒なのかよ。文化祭でデートなんてアオハルじゃんかよ。」
「おい、拓也。声でけえよ。てか、なんで売り子やってんの?おまえ、休憩じゃなかった?」
「独りで昼飯食べて、暇だったから店の様子を見にきたら、そのまま先輩に捕まった。お前に振られて、結局このザマだよ。」
午前一緒にたこ焼きを焼いていた諸岡が、不貞腐れて大声で文句を言ってくる。しかし、その仕草が何ともわざとらしい。
「お前はいいよな。絶賛アオハル中で。」
「だからやめろよ。彼女にも迷惑だろう。」
「そうか?」
「だ、大丈夫だよ、城田君。私気にしてないから…。」
「だってよ。じゃあ、たこ焼きたくさん買って、売り上げに貢献しろよ。」
そう言って、彼は奥の広場の方へ消えていった。「☆あなたのお口にスリーポイントシュート☆」と描かれたプラカードを持って…。あれ、恥ずかしくないのか?
「大和さん。ごめんね…。拓也はいいやつなんだけど、たまに悪ふざけが過ぎるというか…。」
「ぜ、全然大丈夫だよ。ちょっとはずかしかっただけ。」
「そう?なら、よかった。」
「し、城田君こそ、大丈夫だった?その…、ああいうこと言われて…。何というか…、はずかしいとか…。」
「俺は全然大丈夫だよ。別に恥ずかしいことをしているわけじゃないし。確かに、女子と文化祭を回るのは初めてだけど。まあ、文化祭自体が初めてなんだけど…。」
「ふふふ。確かにそうだね。私もこういう文化祭に開催する側で参加するのは初めて。その…、男子と回るのも…。」
「そうなんだ…。じゃあ、お互い初めて同士だね。」
「そ、そうだね…。」
そこまで話すと、何だかまた恥ずかしい気持ちが出てきて、思わず明後日の方を向いてしまった。彼女はそれから言葉を続けなかった。こちらに視線を感じないのを考えると、彼女も自分とは違う方を向いているようだった。
「えっと、そういえば開催する側ってことは…。」
恥ずかしい気持ちを切り替えるように、彼女の方に向き直し、違う話題を振る。彼女もその言葉に振り返った。その時にふと彼女の三つ編みが揺れたが、それが妙にゆっくり見えた。
「そ、そう。去年この時期に学校見学に来たの。あの時は、まさか自分がこんなふうに参加してるとは思わなかったけど…。」
「そうなんだね。俺は初めての文化祭だから、こんなに盛大にやるんだなって驚いてる。準備も結構大変だったし。」
「そ、そうだね。だ、だけど…。」
「だけど?」
「だけど、準備は楽しかったよ。みんなで一緒に衣装が作れて…。」
「それは俺も同じ。裁縫なんて初めてだったし、忙しかったけど、みんなでひとつのことに取り組んでいる気がして楽しかったし、何か充実してた。」
文化祭というもの自体が、前世では経験しなかったことだった。だから、最初は小説で読んだイメージしか持っていなくて、どこか自分とは違う世界にある華やかな、それこそ自分が経験できなかった「青春」の代名詞みたいな思いを持っていた。
だけど、実際に今世で文化祭というものを肌身で感じてみてわかったことがある。それは、生徒にとっては、文化祭の準備も含めて「文化祭」だということだった。本番は2日間だけだが、準備期間の約1ヵ月間もしっかり文化祭していた。それが何よりも楽しかった。「待つのが祭り」という言葉があるが、まさしくそれだった。
「うん。私も同じ気持ち。」
そして、いまはクラスの友達とこうして一緒に文化祭を楽しんでいる。準備期間だけではなく、本番もそれ以上に楽しみたいと思った。
―――――
たこ焼きを一緒に食べた後、私たちは校舎内に移動した。校舎内は飲食の他に、主に文科系の部活の展示や飲食以外の模擬店が多い。
2年生の階の「白麟の母」と描かれたプラカードを持った女子の先輩に、ふたりの恋愛運を占おうかと誘われたが、彼女が恥ずかしがったので、遠慮しておいた。実は私も同じ気持ちだったりする…。
「そういえば、手芸部も展示してるんだっけ?」
「う、うん。それぞれの作品を教室に展示してる。」
「見に行ってもいい?」
「い、いいよ。そんなに面白くないかもしれないけど…。」
「そんなことないよ。今回の衣装作りで、意外と裁縫も面白いなあと思ったからさ。」
「ふふふ。ありがとう。じゃあ、案内するね。」
「よろしく。」
彼女に案内されたのは3階にある地理学習室。教室の廊下には「手芸部展示」と描かれており、入口に一人受付の女子がいた。まわりも文科系の部活展示で、これまで回った場所とは異なり、人も少なかった。外の賑やかな声が、音量を抑えた、まるでカフェで流れるBGMのように聞こえた。
「江藤先輩、お疲れ様です。」
「ああ、結愛ちゃん。あ~、その衣装可愛い。確かカフェだったっけ?クラスの模擬店。」
「は、はい。どうせなら衣装着て宣伝してきてと言われまして…。」
「そうなんだ~。ねえ、由紀~。結愛ちゃん、めっちゃ可愛いよ。」
「ちょっと声大きいよ、加奈。って、本当だ。結愛ちゃん、とても似合ってる。」
「あ、ありがとうございます。柳先輩。」
「それに…、そっちの男子は…。」
「え、えっと…。クラスメイトの城田君です。」
「ああ。一緒に袴を作っていたっていう男子でしょ?めっちゃイケメンじゃん。」
「だから声大きいよ、加奈。」
大和さんに江藤先輩と言われていた彼女は、「ごめん」というか「はいはい」という素振りで、首をすくんでみせた。
「や、柳先輩。中に入ってもいいですか?」
「もちろん。城田君も結愛ちゃんの作品ぜひ見てあげて。彼女がんばってたから。」
「はい。」
彼女の作品は1着の浴衣だった。見ているだけで涼しさを感じさせる淡い水色をベースに一輪の紫色の朝顔が描かれている。
「すごい…。これ一人で?」
「う、うん。おじいちゃんや先輩のアドバイスを聞きながらだけど…。」
「とても綺麗な柄だね。」
「あ、ありがとう。これは自分で選んだんだ。朝顔が好きだから…。」
「そうなんだ。大和さんに似合いそうだね、この浴衣。」
「そ、そんなことないよ…。」
「そうかな?絶対に似合うと思うけど。」
「あ、ありがとう。えっと…、よかったら他の作品も見てみて。」
「うん。」
―――――
城田君が他の作品を見ている間、少し暇になってしまった。私はすでに見ているから。自分の部活を悪く言うつもりはないけど、最初は本当に興味あるのかなと、彼を疑ってしまったが、彼は他の作品も熱心に見学してくれているようなので安心した。
その時、ふと視線を感じて、受付の方に目をやると、江藤先輩はニコニコしながら、こちらを手招きしていた。
「ど、どうかしましたか?先輩」
「どうかしたかじゃないよ~。結愛ちゃん、やるじゃん。展示に彼氏連れてくるなんて~。」
「!!!」
いきなり現れた「彼氏」という言葉に、どう答えればいいのかわからずに、「えっ」という言葉も出なかった。
「そんなに顔を赤くして可愛いな~。結愛ちゃんも隅に置けないね~。」
「い、いや、ち、違います。彼はそんなんじゃなくて…。」
「『彼』か~。いいな~。アオハルしてるな~。」
「えっと…。だから…。」
「こら、加奈。結愛ちゃんをイジリすぎだよ。」
しどろもどろしていたら、いつの間にか受付に来ていた柳先輩に助け舟を出された。
「ごめん。ごめん。でも、はずかしがる結愛ちゃんも可愛い~。」
「ほら、その辺にしときなさい。それにしても、彼は熱心に見てくれるね。ひとつひとつの作品をじっくり見てる感じ。」
「は、はい。今回の袴作りも楽しかったと言ってくれましたし…。」
「よかったね。あまりこういう展示に男子が来るのも珍しいから、あれだけじっくり見てくれて、こっちも嬉しい。ね、加奈?」
「そうだよ~。それにイケメンだし。」
「はあ~。また始まった。加奈のイケメン談が…。ほら、彼のところに戻ってあげて。」
「は、はい。」
江藤先輩は相変わらずだなと思いながら、彼のところに戻った。こちらに気付いたのか、彼が振り向きざまに少し微笑んだのにドキッとした。
読んで下さり、ありがとうございます。
ブクマや評価、いいねを頂けると励みになります。
もし「おもしろい」「続きを読みたい」と思われた方は、宜しくお願い致します。
また、感想もお待ちしております。