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第41話:文化祭⑥

ブクマや評価、ありがとうございます。

 帰りの電車はいつもより混んでいた気がする。いつもは読書している時にふと見える景色が好きなのに、今日は景色が頭に入ってこない。ずっと見ているはずなのに…。

 少し窮屈な車内で私は白麟祭で使う袴を持っていた。持っているのは作成した6着の内、3着のみ。残りの3着は、隣で一緒に立っている彼が持ってくれている。


 城田君が「手伝うよ。」と言ってくれて、最初は驚いたけど、素直に嬉しかった。まだ彼と繋がれる気がして。まわりの生徒やカップルみたいに、狭い電車の中で談笑しているわけじゃないけど、さっきから彼と肘同士が当たって、それだけで心臓が弾けそうにバクバクしている。「私、変なにおいとかしないかな?」とか「髪型おかしくないかな」とか、普段はあまり気にしないところばかり、どうしても気になってしまう。彼との沈黙が寂しくもあり、安心でもあった。


「大和さん、大丈夫?そっちも持とうか?」

「えっ…。だ、大丈夫。ありがとう。ごめんなさい。結局手伝ってもらうことになっちゃって…。」

「全然大丈夫だよ。俺も衣装班だから。いくら簡単な手直しって言っても、それだけの量になると結構大変でしょ?だから遠慮なく頼ってね。あまり頼りにならないかもしれないけど…。」

「ううん。そんなことないよ。ありがとう。だけど、大丈夫?家に帰るの遅くなっちゃうから、家の人心配しないかな?」

「ああ、うちのことなら大丈夫。俺、両親が海外にいて、いまは一人暮らしなんだよね。だから家に誰もいないんだ。」

「あっ、そうだったんだ…。何かごめんなさい。変なこと訊いちゃって。」

「全然っ。むしろ一人で家にいると、たまに寂しく感じちゃうから、大和さんと一緒にいられて嬉しいよ。」

「!!!」

 私は思わず声が出なくなってしまった。彼は特に気にしていないと思うけど、好きな人に「一緒にいられて嬉しい」なんて言われたら、どうしていいかわからなくなる。緊張している心が、嬉しさや驚きの感情で急激に膨れ上がっているのがわかった。これが噂に聞く「無自覚攻撃」なのかな。倉本さんがよく言っているのを耳にしたことがある。確かにすごい攻撃力だなと思った。


「大和さん、顔が赤いけど大丈夫?もしかして体調わるい?」

「えっ…、い、いや、大丈夫。き、気にしないで…。」

「そう…?」

 自分の言葉とは裏腹に、彼にはむしろ気にしてほしいと思った。その振る舞いがどれだけ強力で、女子たちの心を射抜いているかを…。その後、自宅までの間、彼と会話はなかった。


―――――


「こ、ここが私の家。どうぞ入って下さい。」

「ありがとう。てか、今さらだけど、大和さんの家こそ大丈夫?こんな夜に急にお邪魔しちゃって…。」

「うちは大丈夫だよ。お母さんにはメッセージ入れてあるから。大歓迎だって。」

「そうなんだ。良かった。じゃあお邪魔します。」


「ただいま。お母さん帰ったよ。」

「あら、お帰りなさい。まあ、お友達で男の子だったの。てっきり、女の子だと思ってたわ。」

「ええと…、すみません。」

「ちょ、ちょっと、お母さん。城田君に失礼だよ。」

「え、違うのよ。まさか結愛が男の子を連れてくるなんて、驚いただけよ。しかもイケメンじゃない~。」

「やめてよ、もう。恥ずかしいから…。」

「はじめまして。大和結愛さんのクラスメイトの城田悠真と申します。今日はお邪魔してすみません。」

「あら~。しっかりした子なのね。それにまだ(・・)クラスメイトなのね~。」

「もう、お母さん!怒るよ!」

「はいはい。とりあえず上がって。先にご飯にしましょう。」

「えっ…。いや、そこまでご厄介になるわけには…。」

「子供がなに遠慮してるのよ。いいから、ほら上がってちょうだい。」

「もう…。城田君、遠慮しないで夕飯食べていってね。」

「うん。ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えます。」


―――――


「じゃあ、城田君は一人で?」

「はい。中学に入学したと同時に一人暮らしをしています。」

 まさか城田君と一緒に食卓を囲むなんて思ってもみなかったから、やっと落ち着いた緊張が再発してしまった。私の隣に城田君が座っている。どうしよう、緊張し過ぎて、何を食べても味がしない。


「だから、そんなにしっかりしてるのね。でもご飯とかどうしてるの?」

「一応自炊がメインです。外食ばかりだとお金もかかるので…。とは言っても大したものは作ってませんが…。」

「でも、その年齢で一人暮らしなんてすごいわね。ねえ、お父さん。」

「ああ、そうだな。結愛から聞いたが、成績もトップだそうじゃないか。一人暮らしで、ちゃんと勉強してるなんてすごいな。」

「いいえ。それほどでもないです。偶々運が良かっただけで…。」

 ちょっとお父さん。私が家で彼の話をしているのがばれちゃうから、そんなこと言わないで。


「あらあら、最近の子は遠慮深いのね。」

「違うわよ。おばあちゃん。城田君がしっかりしてるのよ。ねえ、結愛?」

「う、うん。そうだよ。」

「あらあら、結愛ったら、さっきから黙ってばかりで…。どう、城田君。学校での結愛の様子は?この子、物静かだから…。」

「ちょ、ちょっと、お母さん。変なこときかないで…。」

「べつにいいでしょ。せっかくなんだし。」

「お母さんもよしなさい。城田君も本人を目の前にして言いにくいよな。」

「いいえ。大和さんは静かな子ですが、自分の意見をはっきり主張できる人だと思います。今回の文化祭も、彼女おかげでしっかり準備することができました。」

「そ、そんなことないよ…。城田君のおかげだよ…。」

「まあ、この子ったら、恥ずかしがっちゃって。」

 お母さんの言葉に何も言い返せない私。緊張と恥ずかしさで彼を見ることができない。


「それにしても、君は器用なんだな。さっき袴を少し見せてもらったが。」

 おじいちゃんが話題を準備した袴に切り替えてくれたので、少し安心した。


「そうですか?私和裁が初めてでして、大和さんにいろいろ教えてもらいながら、何とか縫うことができました。」

「結愛は小さい頃から和裁に興味を持っていてな。それが学校で役に立ってくれたみたいで嬉しいよ。」

「おじいちゃんのおかげで何とか作れたよ。あとは手直しするだけ。」

「手伝おうか?」

「ううん。学校のみんなで作るって決めたから、最後までやり通すよ。ありがとう、おじいちゃん。」

「そうよ。おじいちゃん。二人のじゃまをしちゃだめよ。ねえ、結愛。」

「も、もう。お母さんったら知らない!」

「「「ははは。」」」

 城田君を招いた夕食。緊張したけど、彼が楽しんでいてくれたようで良かったと思った。


―――――


「終わったー。」

「終わったね。」

 袴の手直しは二人でやっただけあって、思ったよりも短い時間で終わった。あとはこれを明日学校に持っていくだけ。


「あとは、明日着てもらうだけだね。」

「そうだね。半分は俺が持って帰るよ。一人だと大変でしょ?」

「ありがとう。じゃあ、お願いします。」


「二人とも、終わったかしら?」

 お母さんがちょうどお茶を持って私の部屋に入ってきた。


「はい。ちょうど終わりました。すみません。こんな夜分遅くまでお邪魔してしまって…。」

「いいのよ。それよりもちゃんと帰れる?だいぶ遅くなったけど。お父さんにお願いして車で送ってもらった方がいいかしら…。」

「大丈夫です。ここからそんなに遠くはないので。」

「そう?そういえば、それが明日着るっていう袴かしら?」

「はい。そうです。何とか完成しました。」

「あら、素敵な柄ねえ。ちょっと、結愛。袖を通してみたら。」

「えっ、私?」

「そうだね。他に手直しがないか着てもらった方がいいかもね。大和さん、どうかな?」

「えっ…。う、うん。じゃあ…。」

「じゃあ、俺は部屋を出るね。着替え終わったら教えて。」

 彼はそう言って、私の部屋から出ていった。そのまま廊下で待っているのがわかる。


 言われるがまま、完成したばかりの袴に袖を通す。ちゃんとした袴とは違って、簡単に着られるように工夫して作ったから、着るのに苦労はしない。


「いい子ね。城田君って…。」

 私の着替えを手伝いながら、お母さんがしみじみとつぶやく。


「う、うん。」

「でも、最初は本当に驚いたわ。まさか中学に入学して、初めて連れて来るお友達が男の子だったなんて。」

「そ、それはたまたまだよ…。」

「でも少し安心したわ。結愛は自分から話し掛ける子じゃないから。それはわるいことじゃないけど、友達ができるのかなって心配したのよ。」

「だ、大丈夫だよ。お母さん。友達だってちゃんといるし。」

「それに『すきな人』もね。」

「………。」

「今日は、あなたがちゃんと女の子をしているってわかって安心したわ。」

「うん…。」

「ほら、これでOK。ばっちり似合ってるわよ。彼に見せてあげなさい。」

「ありがとう。」

 お母さんはどこか嬉しそうに部屋を出ていった。それと入れ違いで彼が部屋に入ってくる。


「…。ど、どうかな…。」

「とても似合ってるよ。可愛い。」

「あ、ありがとう…。嬉しい…。」

 私は桜井さんや黒紫さんみたいに可愛くないと思っていた。ううん。今でもそう思う。だけど、今だけは彼に可愛いと思ってほしかった。だから、彼から可愛いとはっきり言われ、とても嬉しかった。


「ねえ、城田君…。」

「うん?」

「白麟祭なんだけど、そ、その、もしよかったら、い、一緒に回ってくれませんか?」

 お母さんに袴が似合っていると言われことで安心したのか、それとも彼に可愛いと言われ勇気が出たのかわからないけど、次に自身から出てきた言葉は自分でも信じられないものだった。私のお願いに彼が答えるまでの時間が、とても長く感じた。


「いいよ。じゃあ、一緒にまわろ。」

「うん!ありがとう!」


 彼ともっと仲良くなりたい。だから自分から行動した。

 やっぱり彼が好きなんだと改めて思った夜だった。

読んで下さり、ありがとうございます。


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もし「おもしろい」「続きを読みたい」と思われた方は、宜しくお願い致します。


また、感想もお待ちしております。

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