第4話:初めてのホームルーム
1週間はあっという間に過ぎ、中学校の入学式を迎えた。この人生においては、初めてのライフイベントで、本当の意味での新しい出発の日になる。少し早めに家を出て、白麟学園に向かった。
白麟学園の校舎は中等部と高等部に分かれており、道路を挟んで向かい合って建っている。今日は中等部と高等部の入学式が行われることになっており、それぞれの正門に「入学式」と書かれた立札が置かれていた。少し早めに着いたつもりだったが、入学生とその保護者たちで正門には多くの人がいた。立札で写真を撮影している家族もいる。彼ら以外にも、中等部の先輩たちも入学生をお祝いする言葉を掛けながら、明るい笑顔を向けていた。
あいにく、俺の両親は海外にいて日本には不在。当然、入学式は欠席となる。昨晩、スマホにはそのことに対する謝罪のメッセージが母親から入っていた。
自宅に事前に送られていた案内によれば、まずは校舎に囲まれた中庭に貼りだされている自分のクラスを確認し教室に行くことになっていた。中庭の場所を知っている訳ではないが、他の入学生についていけばわかるだろう。
無事に中庭について、貼りだされているクラス分けの表から自分の名前を探す。城田…、城田…、あった。クラスは1組だ。クラスは全部で5クラスあり、1クラスの人数は40人程度みたいだ。
自分のクラスに行くと既に何人かの生徒がまばらに座っていた。黒板に座席表が貼られている。自分の席を確認すると真ん中の列の中間あたり、要は、教室のど真ん中だった。座席表を見る限り、男女で隣同士になる組み合わせらしい。自分の席に座ったものの、隣はおろか前後にもまだ生徒は来ていなかった。すでに着席している生徒も、緊張しているせいか誰かと話をする様子はない。正門や中庭が入学生や保護者たちで賑やかであるのに対して、教室内はとても静かだった。
自分の席から窓の方へ目を向けると、きれいな桜吹雪が見えた。学園内には桜の木々が植えられており、それがそよ風に靡いて散っている。まるで私たち新入生を迎えてくれているようだ。いつぶりだろう…。何気ない風景に感動を覚えたのは…。前世での荒んだ心では、同じ風景を見ても、こんな気持ちにはならなかっただろう。いや、そもそも気付きもしなかっただろう…。こういう些細なことでも、本当に前世とは違う人生なんだなと感じてしまう。
その綺麗な舞を眺めていると、隣に誰かが来た気配を感じた。振り返るとそこには一人の女子がこちらに遠慮するように席に着こうとしていたところだった。その女子と視線が合った時、彼女が「あっ!」と声を上げた。その声が思った以上に教室内に響いたことに驚いたのか、すぐさま両手で口を押さえていた。
「ええと…。たしか君は、公園にいた…。」
「はい。覚えていてくれたんですね。あの時はありがとうございました。」
「いえ…。とりあえず座ったらどうですか?席はここなんですよね?」
「あっ、はい。」
彼女は「すみません。」と言って、私の隣の席に座った。こんなことって本当にあるんだな…。何かラノベにあるような展開みたいだ。まあ、俺は主人公じゃなくてモブ役だと思うが…。
そんな自虐的なことを考えていると、彼女が改めて口を開いた。
「あの時はちゃんとお礼も言えずにすみませんでした。まさか同じ学校だとは思いませんでした。」
「私もすぐに行ってしまって失礼しました。こっちも同じことを考えていました。しかも同じクラスで席が隣同士なんて。そういえば名前がまだでしたね。まあ座席表に書いてありますが、城田悠真です。」
「城田君ですね。私は桜井美羽です。」
「桜井さんですね。これからよろしくお願いします。」
「こちらこそ。ふふふ…。」
「どうかしましたか?」
「ううん。何か同い年なのに敬語というか丁寧語なのも変な気がしちゃって…。」
「そうです…そうだね。じゃあ、これからよろしく。」
「うん。こちらこそよろしくね。」
―――――
「みなさん、ご入学おめでとうございます。私はこのクラスの担任をすることになりました藤井です。これから1年間よろしくね。早速出席を取りますので、呼ばれたら返事をして下さい。自己紹介は入学式のあとに、またこの教室に戻った時にやりますからね。」
担任の藤井先生の親しみのある挨拶の後、俺たちは入学式が行われる講堂に移動した。入学式には先輩の在校生も全員出席しているようで、保護者の人数も合わせれば、大人数になる。ひとつの中学校でそれらを収容できる大きな講堂を持っていることからしても、この学園の設備の充実さが伺える。
入学式は滞りなく行われ、俺たちはまた各クラスの教室に戻ってきた。校長先生、ここの場合は学園長か。ああいう人の話は今も昔も変わらないんだなと思い、少し可笑しくなってしまった。
いま教室では、クラスメイトの自己紹介が行われている。名字が「あ行」の男子から順番に名前や趣味、得意なことなどを緊張しながらも話している。自分の席ではなく、一人一人が教壇前に立って話しているから、緊張も致し方ないかもしれない。
但し、さすがに全国でも有数の進学校に入学してくる生徒だけあって、緊張しつつも、生徒たちはしっかり発言している。前世では学校生活の思い出が少なかったが、自己紹介なんてした記憶はない。ちょっとだけ緊張してしまう。そういえば、この趣味や特技って何を言えばいいんだ?前世では読書(主にラノベ)だったけど、それを言うのは気が引ける…。
そんなことを考えている間に、自分の順番がきてしまった。
「ええと…。皆さん、はじめまして。瀬谷…じゃなくて、城田悠真と申します。趣味は読書です。早く皆さんと仲良くなりたいと思いますので、ご指導、じゃない…、ええと、宜しくお願い致します。」
そう言って、斜め45度でお辞儀をした。
クラスメイトからの反応はなかった。これまでは自己紹介を終えた生徒は拍手されていたが…。何か失敗したか?
「城田君は随分と丁寧なあいさつだね。ご指導って、何か先生よりしっかりしてる気がしたよ。はい、みんな拍手。」
藤井先生の言葉に、クラスメイトが忘れていたかのように一気に拍手した。
しまった…。前世での社会人の気分が抜けてなかった。さすがに「ご指導ご鞭撻の程を…」と危うく続けるところだった。まあ丁寧だと一応褒められたことにしておこう。自席に戻ると桜井さんに「良かったよ。」と褒められた…、いや、慰められたのだった。
その後自己紹介は順調に進んでいき、女子の番になった。隣の桜井さんが教壇に向かう。
「はじめまして。桜井美羽といいます。趣味は読書とピアノです。あと好きなものは猫です。みんなと早く仲良くなりたいと思います。よろしくお願いします。」
自己紹介の模範解答だ…と桜井さんのそれを見て、そう思ったのであった。
―――――
自己紹介に時間を費やしたホームルームが終わり、休み時間になった。自己紹介を終えたこともあって、クラスメイトは自分の気になった生徒に話しかけて交流を深めようとしていた。
「よっ!城田だっけ?さっきの自己紹介、おもしろかったよ。」
「そりゃどうも…。斉藤君だっけ?」
「おう。大輝でいいぜ。」
「じゃあ、こっちも悠真でいいよ。よろしくな。」
「確かにおもしろい自己紹介だったね。みんなキョトンとしちゃったけど(笑)。」
「ははは…。君は確か紺野さんだよね。」
「そう。紺野ひなたね。よろしくね、城田君。それと美羽ちゃん…って呼んでもいい?」
「いいよ。よろしくね、ひなたちゃん。」
こういう感じで他のクラスメイトも小さなグループが作っていた。
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