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第37話:文化祭②

ブクマありがとうございます。

 大正浪漫喫茶。

 男子が学ラン、女子が袴を着て接客をすることになり、和風なカフェをコンセプトにメニューを設定することになった。


 しかし、ここでとある問題が浮かび上がる。


「そういえば、袴ってどうするの?」

 それは翔太からの意見だった。そしてそれは当然の疑問だった。


「先生、袴は学校には…。」

「ははは。袴はさすがにないね。学ランは借りられると思うけど。」

 なぜ学ランはあるのかという疑問は置いといて、確かに袴をどのように調達するかが問題だった。


「レンタルだと結構お金かかるよね。相場はわからないけど…。」

 桜井さんのレンタル案もふと頭をよぎったが、やはりお金がかかる。


「先生、さすがに予算オーバーですよね。そもそも予算がいくらで設定されているのかわかりませんが…。」

「そうだね…。さすがに袴を複数レンタルするのはないかな。学年会議で却下されるよ、たぶん。」

「そうですよね…。」


「じゃあ、作るしかなくね?」

 そう言ったのは、吉井だった。

「作る?袴って作れるの?」

 すかさず反応する翔太。それに反応して、クラスがざわつき始める。「誰が作るの?みんな?」「え~、私裁縫苦手なんだよね…。」「悠真なら作れるんじゃね?」というふうに思い思い意見が飛び交う。誰が最後に言った奴は?まあだいたいわかるけど。そろそろ静まらせた方がいいかなと思っていると…。


「あ、あの…!袴は作れると思います!」

 それはざわついていたクラスを静かにさせるのには十分な意見だった。声自体はそこまで大きくなかったが、意志の強さをはっきり感じる声だった。


 大和 結愛(やまと ゆあ)。眼鏡をかけた、いつも三つ編みをしている物静かな女子だった。私も挨拶を交わす程度で、おとなしい子だなと思っていた。

 休み時間は自分の席でいつも小説を読んでいる。その姿が背景の窓から見える景色と相まって、一枚の絵画のようになっているのを感じた記憶があったが、決してこういう場では積極的に自分の意見を述べる人ではなかった。だからこそ、その言葉に驚きが隠せなかった。他のクラスメイトも私と同じように、驚いた面持ちで彼女を見つめ、次の言葉を待っていた。


「えっと…。そ、その…。」

 彼女は自分の発言に少し後悔したような表情で、言葉を詰まらせる。


「大和さん、大丈夫だよ。落ち着いて。さっき袴を作ることができると言っていたけど、本当?」

「は、はい…。そ、その、私のおじいちゃんが着物を作る職人で…、その…。」

 これはあれだな。自分の意見はちゃんと持っているけど、それを伝えるのが苦手なんだな。前世でも会社にそういう人がいて、自分がよく面倒を見た記憶がある。こういう時は焦らせずにゆっくりと耳を傾けるべきだろう。


「そうなんだね。おじいちゃんは和裁士さんなんだね。」

「そ、そうです…。」

「わさいし?初めて聞いた。」

「そう。和裁士。和服を作る職人のことで、国家資格を持つ人を特に和裁技能士って言うんだ。和裁は和服裁縫の略。」

「さすが、悠真。あたまいい~。」

 大輝のツッコミをさらっと流す。まさか前世で読んだラノベ「和裁技能士の試験を受けに行ったら、異世界に転生したので、和服で俺様王子を攻略します。」から得た知識とは言えない…。


「ごめんね、大和さん。話が脱線して…。それで、おじいちゃんが和裁士で…。」

「は、はい。私も和裁に興味があって、自分で作ったりしてました。」

「なるほど。ということは袴も?」

「は、はい…。簡単な作りのものであれば…。」

「そうか…。ありがとう。先生どう思いますか?作るとしたら生地代ぐらいは出ますよね…?」

「そうだね…。そのぐらいなら何とか。どれぐらいの数を用意するかにもよるけどね。」

「大和さん。それって俺らでも作れるものなのかな?」

「そ、そうですね。そんなに難しいものではないと思います…。た、多少、時間はかかるかもしれませんが…。」

「OK。みんなどう思う?大和さんの意見。」


 クラスの反応は上々だった。「みんなで作れば何とかなるんじゃね?」的なノリである。最もハードルが高いと思われた袴の調達が、意外なところから解決策が出たのもあって、クラスが白麟祭に向けて熱を帯びていた。


「じゃあ、学ランと袴はその方向で決定ということで。大和さん、後で詳しいことを打合せしたいけどいいかな?」

「は、はい。私はいつでも…。」


 今日のLHRはここで終了となった。


―――――


 私は小さい頃から人と話すのが苦手だった。いざ人と話そうとすると緊張して、言葉が出てこなくなるのだ。だから自然と人と話すことを避けるようになっていた。小学校時代、友達はいなかったわけじゃなかったけど、どちらかと言えば本が友達だった気がする。それにおじいちゃんの着物作りに興味を持った。それを和裁と言うことは本で知ったんだけど。


 おじいちゃんは優しい人で、私が和裁に興味があると言うと、喜んで教えてくれた。おばあちゃんは「まだ早いんじゃないのかね。」とぼやいていたが、私はそれに夢中になった。読書と和裁、それが私の時間を埋めてくれ、楽しさを教えてくれた。それで集中力がついたのかはわからないけど、受験勉強もそれほど苦にはならなかった。だって緊張する必要がないから。受験当日の面接はとても緊張して絶対落ちたと思ったけど。


 無事に白麟学園に進学したのは良かったけど、同じ小学校でここに進学したのは私だけだった。新しい環境に不安がなかったと言えばうそになるけど、これまで通り読書と和裁に打ち込めば、余計な緊張をしなくて済むと思っていた。


 だけど、それは、強烈な感情だった。初めて綺麗な着物に触った幼い頃の感触に似ていた。


 彼はいつも輪の中心にいた。頭も良くて運動神経も抜群。背も高くて優しい人だった。彼はあまり自覚していないかもしれないけど、いや、絶対に自覚していない。私にいつも挨拶してくれたことに。それがどんなに心地よかったかを。


 こんな気持ちは初めてだった。


 気付けば彼を目で追っていく自分がいた。彼と挨拶を交わすのが楽しみになっている自分がいた。だけどこの気持ちの正体はすぐにはわからなかった。だけど、気になる彼がいるおかげで、学校が楽しい場所に感じるようになった。


 体育祭で彼のがんばっている姿を見て、自分が緊張していることに気付いた。だけどいつも感じていた緊張ではなかった。それが恋だと気付いたのは少し経ってからだった。小説では読んだことあったけど、これが恋する気持ちなんだと思った。それから彼との挨拶が緊張するようになった。人と話す時とは違う、ドキドキとした緊張。それは不安とか恐れではなかった。


 彼は人気者だった。彼のファンも多いと噂で聞いた。それは十分納得ができた。クラスには桜井さんや黒紫さんのような可愛い子がいた。だから、私になんて興味を持ってくれるわけがないのはわかっていた。小説だったら、恋に報われない悲しい登場人物なんだろうけど、私は主人公にはなれない。だけど、それでも良かった。彼との挨拶の瞬間があれば、私が彼を意識している時間があれば。


 それで良かったはずなのに…。気付けば私は声を出していた。我ながらあんなに大きな声が出たことに驚いてしまった。みんなもそう感じたのか、図らずも注目を浴びてしまった。どうしよう緊張して声が続かない…。


 だけど彼はやっぱり優しかった。そんなあがり症の私のことを感じ取ってくれたのか、落ち着いてと声を掛けてくれた。そのおかげで、ゆっくりと少しずつ話を続けることができた。彼と目が合うたびに心臓が自分のものじゃないと思うくらいドキドキしていた。


 城田悠真君。私が初めて恋をした人。挨拶だけだった関係が少し変わりそうな予感がした。彼にもそう感じてほしかった。

読んで下さり、ありがとうございます。


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もし「おもしろい」「続きを読みたい」と思われた方は、宜しくお願い致します。


また、感想もお待ちしております。

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