第23話:夏祭り②
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夏祭り編 終了です。
「その男子たちは見る目がないね。こんなに可愛いのに。」
彼は確かにそう言った。
あれは小学校5年生、近所の夏祭りに行った時だった。おばあちゃんに買ってもらった初めての浴衣を着て、友達と夏祭りに出かけた。当時の私は、いや、いまもそうかもしれないけど、どちらかと言えば男勝りな性格だった。恰好もズボンやジーパンが多くて、スカートとかは履かない主義だった。だけど、そう、いまの美羽みたいな恰好にも実は憧れがあって、浴衣はまさにぴったしの恰好だった。今までの自分じゃないみたい感覚もあって、夏祭りの賑やかさも相まって、私ははしゃいでいたのかもしれない。
しかし、偶然会った学校の男子に「なんだよ、紺野。そのかっこう。全然似合ってねえ。」って言われた。その場にいた他の男子たちにも「全然かわいくねえ。」と馬鹿にされた。気付けば私はその場を走り去り、家に帰ってしまった。慣れない雪駄を履いていたせいで転んだり、足を痛めたりして、帰ってきた時は、あんなに綺麗だった浴衣は泥と砂で汚れてしまっていた。そして、その汚れが自身の心情を如実に現していた。
お母さんに「どうしたの!その恰好。」と言われたけど、「なんでもない。」とだけ言って、自分の部屋にそそくさと戻った。ベッドの上で声を押し殺して泣いた。何だかとても悔しかった。そして、浴衣を笑顔で買ってくれたおばあちゃんに申し訳なかった。
それからまた恰好は元に戻った。やっぱり私には似合わないんだと痛感した。
翌年の夏祭りは行かなかった。中学受験を控えていたということもあったけど、何よりもあの時の思い出がよみがえり、足が向かなかった。お母さんからは「浴衣着なくていいの?」と訊かれたけど、また男子たちに揶揄われるのが嫌だった。それに浴衣を着ないで夏祭りに行ったら、なんだか自分の負けを認めているような気がしてそれも嫌だった。
中学受験を無事乗り越え、白麟学園に入学した。そこで美羽という初めての友達ができた。彼女は私の親友になった。おそらく彼女は私が憧れた格好がよく似合う女の子なんだろうなと羨ましく思った。だけどそれを妬むようね気持ちは、これっぽっちも起きなかった。だって彼女は親友だから。
そして城田君にも会った。彼は真面目で大人っぽくて優しい人だった。初めての校外学習で彼におぶってもらった時、初めて男子を意識した。だけど、美羽もそうだった。彼には彼女がお似合い、そう思い、私は自分の気持ちに蓋をして、彼女を応援することにした。
だけど凛には気付かれていた。美羽も応援してくれると言った。4人でお互いを応援しようと言った。だから私は自分の気持ちにのせていた蓋を取り外した。
夏祭りに浴衣を着ていこうと言い出したのは凛だった。みんなそれに賛同した。一瞬あの時のトラウマがよみがえったけど、みんなとなら大丈夫かなと思い直した。だからお母さんに「新しい浴衣を買って。」とお願いした。お母さんは最初は驚いていたけど、すぐに「いいわよ。すぐに買いに行きましょ。」と快く許してくれた。
夏祭りに行く直前、凛たちから「今日は城田君と二人きりにしてあげるからね。」と言われた。思わず「えっ、なんで?」と訊いてしまったが、みんなデートしたから次は私の順番だということだった。そんな直前に言わないで、と思ってしまったが、それより緊張が自身の心を支配してしまった。
だけど彼はそんな緊張をほぐしてくれた。気付いた時には、彼に自身のトラウマを話していた。
「その男子たちは見る目がないね。こんなに可愛いのに。」
彼は確かにそう言った。それがとても嬉しかった。勇気を出して浴衣を着て良かったと思った。
「あれ~紺野じゃね?何してんの?」
「えっ…。」
そんなことを思い返していると、急に声を掛けられた。そこにいたのは、私にトラウマを植え付ける原因を作った、小学校時代の男子たちだった。こんな大勢人がいるのに、まさかの出会いに自身の不運を呪った。
「なんか久しぶりじゃん。お前も来てたんだ。」
「うん…。」
「何だよ。そんな嫌そうな顔するなよ。」
私の表情は正直だったみたいだ。早く城田君に戻ってきてほしくて、露店の方を見ようとしたが、男子の一人が邪魔で見えなかった。
「誰か待ってんの?てか、お前浴衣着てんのな。」
ビクッ。私はその言葉であの時のトラウマが走馬燈のようによみがえってきて、体を硬直させてしまう。
「やっぱお前、浴衣似合わねえな。」
残酷にもトラウマの言葉がまた私の心を突き刺さった。一刻も早くこの場から立ち去りたい。家に帰りたい。だけど身体は動かなかった。悔しさと虚しさが猛烈に込み上げてきて、涙を流しそうになった。言うことを聞かない身体の中で、涙をこぼすことだけはできそうだった。
「誰の何が似合わねえって?」
まさに涙がこぼれそうになった時だった。その言葉に思わず俯いていた頭を上げた。城田君が戻ってきてくれた。ラムネを持って。そして怒っていそうな表情で。あんな彼の表情はみたことなかった。それに彼のあんな言葉遣いも聞いたことがなかった。
「だ、誰だよ。お前…。」
男子は彼の高身長に圧倒されたのか、少し後ずさりした。
「お前に関係ねえだろ。それより、いま彼女に何て言った?」
彼は明らかに怒っていた。いつもの柔和な表情はそこにはなかった。
「な、何だよ。ただ、浴衣が似合わねえって言っただけだよ。」
「お前ふざけんなよ。俺の彼女に何言ってんだ。」
「彼女…。こいつがお前の?」
「おい、他人の彼女に『こいつ』呼ばわりするんじゃねえ。しかも泣かせたな。どうしてくれるんだ。」
「ど、どうって…。」
「さっさと失せろ!ぶっとばすぞ。」
「ちっ…。おい、行こうぜ。」
男子たちは彼の態度に只ならぬ怒りを感じたのか、その場をそそくさと去っていった。私も少し怖いと思ってしまったけど…。
「ごめんね。待たせちゃって。大丈夫?」
だけど、彼の表情はすぐに優しいいつもの表情に戻った。しゃがんで私の溢れそうな涙をハンカチで拭いてくれた。
「うん…。大丈夫…。ありがとう。助けてくれて。」
「ううん。だけどひどい奴らだね。久しぶりに怒っちゃったよ。こんなに可愛い紺野さんに、あんなことを言うなんて、余程目が腐ってるんだね。」
「…ぷっ。ははは。何それ?」
「えっ、だってそうでしょ。こんなに似合ってるのに。浴衣。」
「出た。お得意の無自覚攻撃。」
「だから自覚してるって…。」
「ふふ。ありがと。うれしい。それに『彼女』って言ってくれたね。」
「あ、あれは、ほら、便宜上?」
「もう。そんなに否定しなくても。」
「いや、そういうつもりじゃ…。」
「ははは。うそ。ちょっと揶揄ってみただけ。」
「もうやめてよ…。」
「ごめんね。」
「それよりもう大丈夫?もうすぐ花火始まるし、そろそろ行こうか。」
「うん。」
彼は私の手を引いてくれた。そしてそのまま握ってくれていた。私にとって、初めて男子の手を繋いだのが彼だったことがとても嬉しかった。彼の無自覚攻撃はやっぱり強力だった。
花火はとても綺麗だった。横を振り向けば彼の横顔が花火に照らされて輝いて見えた。その時に思った。自分の気持ちに蓋をしなくてよかったと。やっぱり私も美羽や凛と同じように彼が好きなんだと改めて思った。
花火が終わった後、美羽たちと合流した。凛からは「どうだった?」と訊かれたけど、私は「うん。」としか答えなかった。あれは彼と二人だけの思い出にしたかったから。
そうして夏祭りの夜は更けていった。
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