第2話:転生することになった。しかも現代世界に。
「瀬谷一郎さん、おめでとうございます!あなたは幸運にも転生者に選ばれました!」
私はいま戸惑っている。さっきまで自分の小さなボロアパートにいたはずなのに、いつの間にか知らない場所に立っている。まわりには屋根も壁もない、真っ白な空間だ。そして自分の服装は白装束だ。とりあえず死んだということか。
「瀬谷さん、聞いてますか?おーい。」
その声で、ふと我に返る。目の前には白いワンピースを着た若い女性がいる。しかも、その背中からは白い翼らしきものが生えているのが見える。最近読んだラノベ『頭の中に本当に天使と悪魔が現れた。だけど私自身が神様らしいので、ふたりに従う必要はありません。』に登場する天使の姿そのものだった。
「ええと…。すみません。状況がうまく飲み込めず混乱してました。とりあえず、あなたは天使様ということでよろしいのでしょうか。」
「はいっ!よくわかりましたね!私は、あなたの世界でいうところの『日本』を担当している天使、カグヤという者です。よろしくお願いします!」
「担当とかあるんですね…。何か意外です。てっきり、死んだ後は三途の川を渡って、閻魔大王に天国か地獄か言い渡されるものかと漠然と思ってましたから…。」
「ああ~、そういう人多いんですよね~。あなたが住む世界に一体どれだけの人がいると思っているんですか~。閻魔大王様も暇ではないですからね。たった一人で審判なんかできません。ちなみに天国か地獄かの審判は、『死後審判委員会』で今世の行いをもとに書類審査され、基本的にはそこで決定されます。まあ、中には直接面談を受ける『魂』もいますけどね…。決定後は、『死後庁』の職員が順番に魂にお伝えするのが普通です。だから、私たち天使が直接お伝えするのは、とても珍しいことなんですよ☆」
得意気に説明を続けるカグヤさんを見ていると、何となく自身の中にあった天使のイメージが崩れている感じがする。天使って、もっと後光が差して慈愛に包まれた印象を持っていた。まあ、ラノベ上での印象だけど…。
「瀬谷さん、何か失礼なことを思ってませんか…?」
ジト目で質問してくるカグヤさんに、いえいえと手を振りながら否定した。
「まあいいです。それでですね、私のような天使がこのように魂に直接伝えに来るのは珍しいことなんです。その理由は、あなたが『転生者』に選ばれたからなんです。」
「『転生者』…ですか?それは、以前とは異なる世界に生まれ変わるという意味でしょうか。」
「そうですっ!いやぁ、日本はアニメやラノベ文化が浸透していることもあって、話が早くて助かります。まあ、あなたも例に漏れず、ラノベはお好きみたいでしたからね。ちなみに、いまあなたが言ったのは正式には『異世界転生』を指しますね。」
「…私のラノベ好きは、とりあえず置いといてもらえますか?何となく恥ずかしいので…。」
「そうですか?別に恥ずかしいことではありませんよ。死んだ魂の中には、『異世界転生』を希望する魂もいますから。」
「はは。そうですか…。それで、私はその『異世界転生』というものをすることになるのでしょうか。」
「それがですね…。『異世界転生』も選択肢に含まれるのですが、瀬谷さんの場合は、今世の行いを考慮して『特別転生』も認められます。『特別転生』とは、簡単に言えば、同じ世界に転生することですね。」
「同じ世界ですか…?それは、俗に言う『生まれ変わり』のことで、特段珍しいことではないような気がしますが…。」
「ああ、すみません。こちらの説明不足でした。いま瀬谷さんが言っている『生まれ変わり』は、死後の魂すべてが経験することです。今世の行いを考慮して、生まれ変わる対象や環境に差異はありますが、生命の誕生から始まり、新しい人生を送ることになります。当然、前世の記憶は消去されます。しかし、ここで言う『特別転生』とは、同じ世界に生まれ変わるものの、それは誕生からではなく、人生の途中から新しくやり直すことを指します。しかも前世の記憶を引き継ぐことも可能です。」
「なるほど。転生というよりは転移に近いかたちですかね…。」
「そうですね。それで、どうしますか?もちろん、このまま審判を受けて、普通に生まれ変わるのもありですよ。ちなみに瀬谷さんは文句なしの天国行きです!」
「とりあえず良かった…という感じですかね。生き地獄の人生の後に、本当の地獄に送られたら、それこそ…という感じです。ちなみに、なぜ私なのでしょうか…?単純な運ですか?自分でいうのもなんですが、運は最悪だと思うんですけど…。」
「やっぱり気になりますか?」
「ええ…、まあ…。」
「『転生者』は今世の行いをもとに、特に善行を行ったり、徳を積んだ方々から選ばれることが多いです。まあ良いことをしたご褒美という感じです。たまに神様の気まぐれということもありますが…。」
「それを聞いている限り、私は対象外な気が否めませんけど…。特に善行をしたつもりもないですし、徳なんて積んだことありません。毎日生きるのが必死だっただけです。」
「ああ~。それはですね、あなたの人生を眺めていた神様が、あなたの人生をあまりにも不憫に感じられて、来世は幸運な人生を送らせてあげたいとお考えになったようなのです。しかも、あんな過酷な状況下でも腐ることなく、人生を全うしたのも人格的に問題ないと判断されたようです。」
「………。神様は見て下さっているというのは本当だったんですね。少し感動しました。」
気付けば頬には一筋の涙が流れていた。
「ご苦労、お察しします。それでどうされますか?特に『特別転生』は滅多にないことで、おそらくあなたの世界では初めてのことになりますね。せっかくなので、『特別転生』にされてはいかがですか?次は『リア充』の人生を送りましょう!」
「そうですね。確かにリアルに充電は必要なので…。そういう意味で次の人生に賭けてみたいと思います。」
「………。何となく意味が違う気もしますが、それでは『特別転生』で進めます。」
「はい。よろしくお願いします。」
「さて、さっき少し説明しましたが、『特別転生』は同じ世界で途中から人生をスタートすることになります。そしてスタート地点は選ぶことができます。あなたの世界でわかりやすく言い換えれば、選択肢は『未就学児』『小学校入学』『中学校入学』『高校入学』『大学入学』の5つあります。どうされますか?」
「なるほど。若い時代からスタートできるということですね。」
この選択は結構重要かもしれない。今世では中学校卒業してからすぐに働き始めたため、高校・大学に進学していない。中学校も貧しかったし、家庭環境もいろいろあったから、青春らしい青春も過ごしていない。正直、いろんなラノベを読みながら、青春というものに憧れを持っていた。そう考えると、「高校入学」を選択するべきかな…。
ただ今にして思えば、中学校時代も良い思い出がないからな。勉強もあまりできなかったし…。何となく前世の分岐点は中学校時代だった気がする…。
よし、「中学校入学」からにしよう。
「決めました。『中学校入学』からにします。」
「わかりました。それでは早速『特別転生』を行いますが、準備はよろしいでしょうか。」
「もうできるんですね。では、よろしくお願いします。ちなみに、転生先の情報は特に教えてもらえないのですか?」
「それなら心配ありません。転生先にガイドブックが置いてありますので。そこに基本情報が記載されていますので、それを参考にして下さい。それ以降は、あなたの新たな人生の始まりです。」
「なるほど、よくわかりました。」
「ああ、あとですね。転生先の状況ですが、今世でのご苦労を考慮して、家庭環境や生活環境、ご本人の容姿や能力などに一定の補正がかかっていますので、期待しといてくださいね。」
「わかりました。でも、そんなことをして頂いてよろしいんでしょうか。」
「はいっ!神様からのプレゼントなので、遠慮せず受け取って下さい。」
カグヤさんはそう言うと、何か呪文らしきものを唱え始めた。私には聞いたことない言葉だが、その呪文と同時に、自分の立っている場所に薄緑色のサークルが現れた。どうやら転生が始まったようだ。緊張と不安が入り混じったような複雑な心境だ。だがそれには少し「楽しみ」も含まれている気がした。今度こそ普通の人生を送りたいと思う。
「それでは瀬谷さん、新しい人生での幸福を祈っております。目指すは『リア充』ですよっ!」
「ありがとうございます。新しい人生でリアルに充電してきます。」
カグヤさんはその言葉に苦笑いをしていたような気がした。
そして、それがカグヤさんを見た最後の姿だった。
―――――
「転生はうまくいったかの?」
「あっ、神様。お疲れ様です。はい、瀬谷さんの『特別転生』は無事に終わりました。最後まで『リア充』の意味を勘違いされているようでしたが…。」
「まあ、充実には充電も必要じゃろ。地球では初めての『特別転生』じゃからな。彼の幸福を祈るばかりじゃ。」
「そうですね、神様。」
この日、瀬谷一郎は無事に現代世界に転生した。
読んで下さり、ありがとうございました。