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第1話:人生を振り返ると涙が出る。

定期的に更新できるように精進致します。

 瀬谷一郎の人生は、まさに「苦労」と共に歩んだ人生だった。


 両親は小さな町工場を経営していた。小さい会社ではあったが、父親が社長、母親が副社長だった。時代は高度経済成長期。世の中は好景気の真っ只中だった。現代では間違いなく零細企業に含まれるであろう、この町工場もその恩恵を受けていた。


 厳しくも快活な父親、常に笑顔を絶やさない優しい母親に愛され、子供時代は比較的裕福な環境で育てられた記憶がある。とても愛されていたと思う。


 その状況が一変したのは、父親が連帯保証人になっていた友人が行方不明になったことだった。その人は、父親の古い友人だったらしく、事業を起こすから開業資金を借金するための連帯保証人になってくれと父親に頼んだのだった。

 しかし、彼は開業資金を手にした途端、連絡がつかなくなり、行方をくらましてしまった。要するに父親を利用して大金を手に入れ、借金を父親に押し付けたのだった。

 父親は手当たり次第にその行方を追ったが、動向は一向に掴むことはできなかった。


 それから借金取りによる地獄の日々が始まった。昼間は当然のこと、夜中も関係なく、借金取りの連中が工場と自宅に押し掛けた。父親は必死に土下座をしながら、返済の猶予をお願いしている姿は、自分が大人になっても忘れることはできなかった。


 当時、工場には事業の拡大を図るため、最新機器を導入したばかりであった。その導入費用の支払いと銀行への返済、そしてその他諸々の支払いが重なる時期に、この事態が発生したのだった。


 借金取りの催促が続く中、銀行を始め、取引先から支払いの催促が度重なるようになり、ついには銀行からの融資を断られることになった。二進も三進もいかなかくなった家族は、借金を抱えたまま、夜逃げ同然に住み慣れた町を離れることになった。


 それからは、絵に描いたような貧困の生活だった。


 両親は借金返済のために、朝から晩まで働き続けた。それこそ身を粉にして働き続けた。私は学校には通わせてもらったが、中学校を卒業してから働きに出るようになった。借金はそれほどまでに私たちを苦しめていたのだ。


 その内、父親の心が折れた。まるでポキンと音が聞こえたように折れた。おそらく精神の限界を迎えたのだろう。信頼していた部下に裏切られ、一向に減らない借金に追われ、しかも自分の息子に十分な教育も受けさせることができない歯痒さ。それらは、父親の自尊心を傷付け、その心を壊すのには十分だった。

 それから父親は働かなくなり、その壊れた心の隙間を埋めるように安酒に浸るようになった。それに対して、母親も私も何も言わなかった。いや、言えなかった。


 しかし、父親は酔って、母親と私に暴力を振るうようになってからは、さすがに無視できなくなった。


 母親は私を守るため、父親の元を離れることを決心した。離婚届を残して、二人で寒い夜空の中、住んでいた小さなボロアパートを出ていった。


 何とか下宿付きの職場を見つけ、二人で働きながらひっそりと暮らし始めた。しかし、これまでの労苦が祟ったのか、母親の身体を病魔が襲った。母親の治療費を稼ごうと、それまで以上に一生懸命働いたが、焼け石に水だった。


 母親に満足な治療を受けさせることもできず、それから1年後の寒い冬の日に息を引き取った。最期に「ごめんね…。」と涙ぐんでいたのが頭から離れなかった。謝るのは私の方だと、三日三晩、悔し涙を流し続けた。


 それからまもなく、風のたよりで父親が亡くなったことを知った。まるで母親の後を追うかのようだった。20歳を迎えた春のことだった。


 両親の死後、借金取りに追われることはなくなった。これから新しい人生を歩もうと思い、新しい職場で働き始めた。小さな印刷工場ではあったが、職場のアットホームな雰囲気が、何となく家族の町工場を思い出させてくれるようで、少し安心した。


 そんな中で職場の同僚で仲良くなった人がいた。鈴木猛という同い年の青年だった。同い年ということもあり、また彼も若くして苦労していたことを知ったこともあり、私たちはすぐに仲良くなり、親友と呼べる間柄になった。


 お互いに切磋琢磨しながら、一生懸命働いて、一緒に酒を酌み交わした。彼は「絶対社長になって金持ちになってやる!」といつも言っていた。私はそれを応援していた。夢を語る彼がまぶしく見えた。


 そんなある日、彼が借金の連帯保証人になってくれと頼んできた。最初は断った。連帯保証人になった家族の悲惨な末路を、その身で嫌と言うほど味わっていたから当然だった。


 それでも彼は、「オレの夢の第一歩なんだ。頼む!」と必死に懇願してきた。結局、その熱意に負けたかたちで、私は連帯保証人になることを承諾した。彼を親友だと思っていたし、もしかしたら、心のどこかで「誰かの役に立ちたい」と思っていたのかもしれなかった。


 しかし、その気持ちは見事に裏切られることになった。彼は逃げたのだった。私は父親と同じ運命を辿ることになったのだ。


 それからは借金返済の毎日だった。


 両親の時とは違って、無茶な借金取りは来なかったが、利息も含めて、毎月の返済に追われることになった。決して給料が高いわけではなかったから、日々の生活費を切り詰めて、借金の返済に充てた。時間を見つけては、裏切った彼を探したが、結局見つけることはできなかった。


 それから幾年の年月が過ぎて、40歳を迎えた時に、借金返済が完了した。先方も自身の状態を哀れんでくれたのか、「よくがんばったな」と言ってくれた。しかし、親友に裏切られた私にとっては、その言葉に救われることはなかった。


 やっとこれで借金生活から解放されると思った矢先、勤め先だった印刷工場が不況のあおりで倒産した。借金は無くなったが、それと同時に職も無くなった。


 借金のせいでロクな貯金もなかった私は、すぐに職探しをしなければならなかった。しかしこんな何の専門知識も持たない中年を雇う程、世の中は甘くなかった。


 それでも何とか小さな清掃会社に就職することができたが、給料は以前よりも少なくなった。毎日の生活を過ごすだけでやっとだった。「何で俺ばかりが…。」と何度思ったことか。唯一の気休めは、古本屋で購入した小説を読むことだけだった。特にラノベは、この荒んだ生活を「現実逃避」させてくれる唯一無二のものだった。


 借金や不況のせいで、青春らしい青春を送ることは叶わず、結婚どころか恋愛すら経験することはなかった。これからも経験することはできないだろう。ラノベを読んでは、主人公に憧れた。あんな青春、いや、普通でいい。本当に普通でいいから、普通の人生を過ごしてみたかった。


 50歳後半を迎えると、これまでの無理が祟ったのか、身体に不調を来すようになった。しかし、仕事を休むわけにもいかず、何とか身体を騙し続けながら働き続けた。


 先月、仕事中に倒れた。

 救急車で病院に運ばれ、検査の結果、末期の癌だと判明した。医者からは入院を薦められたが、丁重にお断りをした。特に長生きしたいと思わなかった。自分の家で最期を迎えたい旨を医者に伝えると、「そうですか…。」と了承してくれた。


 会社を辞めた。

 社長は少ないけどと言って、わずかだが退職金を支給してくれた。その退職金の一部を使って、古本屋でラノベを爆買いした。これが人生で最期の大きな買い物になった。


 それから痛み止めで身体を騙しながら、買ってきたラノベを読み漁った。その内、食事も喉を通らなくなった。水だけ飲む生活でも、ラノベの中では自分は幸福になれた気がした。


 そして、まとめ買いしたラノベの最後の一冊を読み終えた朝、私は「今度は普通の人生を過ごしたい」と思いながら、その人生の最期を迎えた。奇しくもその日は私の60歳を迎えた日であった。


―――――


「瀬谷一郎さん、おめでとうございます!あなたは幸運にも転生者に選ばれました!」


 気が付くと、目の前には白いワンピースを着た若い女性が立っていた。背中には翼らしきものが見えた。


 ……ここは、どこだ?

読んで下さり、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 転生する前の人生が非常に深く書いてますね。 今後、この設定がどのように展開するのか期待大です!
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