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太陽が頂点を過ぎて気温が最高潮に達している午後一時。
響司はげんなりした顔で学校まで続く坂道を歩いていた。今日発の登校である。普通なら大遅刻なのだが、今回は遅刻が許される免罪符が存在した。
「僕が犯罪者集団に誘拐されたって何? 学校で『烙炎』に脅迫されて学校出て行ったけどさ……」
「ワシが『烙炎』を喰ったから記憶がねじ曲がっていおるのだ。本当の記憶を持っているのはワシとキョウジだけだ」
イヤホンと付けて電話をしている風の響司は横を浮遊するヨルを見た。黒兎の姿ではなく、草食獣の頭蓋骨に黒い靄の身体に戻っていた。契約者に一番負担のかからない身体、らしい。
「わかってるよ? だからこそ、警察の事情聴取が突然始まったのがワケわからないし面倒だったの。僕の記憶とみんなの記憶が違うんだもん」
『烙炎』が消滅したことで、『烙炎』が関係する事件・事故の記憶がすべて書き換わっていた。
響司、千佳、そして高塚は犯罪者に誘拐され、誘拐された先のビルで火災事故に巻き込まれた人物たちとして扱われている。もちろんニュースにもなっていて、朝起きてから体調が悪かったので、念のために病院行こうとしたら、マスコミがマンションの入口で団子になっていた。
学校に状況を説明すると、警察が迎えに行くから、と話がおかしな方向に転がった。ものの数分で警察官が現れて、マスコミを追い返してくれた。そこで終わりかと思えば、響司の家で事情聴取が突然開始。
一つの状況を飲み込む前に二つ、三つとわんこそばのように新しい状況がやってきたのが今朝である。
「犯人なんていないことを知っている僕としては何を話せばいいのかわからないのですよーだ」
下足場までたどり着き、上履きに履き替える。校内はいつもの昼休みムード。少し騒がしくて、落ち着かない。
廊下を走る男子生徒たちの足音に紛れて、風鈴の音がした。教室とは違う場所。真上から音がする。
「きっとまた記憶が変わってるけど、今回のことで色々迷惑かけたし、報告ぐらいはしとこうかな」
「報告? 何のだ?」
教室棟に向かう階段は昇らず、風鈴の音に導かれて響司は上へ上へと昇っていく。途中、一人の男子生徒とすれ違う。
あからさまに落ち込んでいた。
響司とヨルが辿り着いたのは、生徒たちが屋上と呼ぶ天井のないスペースだった。広さもテニスコートが一面おけるかどうかのスペースの端にはフェンスが並んでいる。スペースの中央には背もたれのない青いベンチが二つ置かれているだけ。
昔は美術の授業でここから写生をしていたらしいが、今はもう使われていないらしい。休み時間に生徒が移動教室のときに通り過ぎるだけの廊下と同じ扱いである。
そんな場所に、目当ての少女はいた。ベンチの上に座り、青空を見上げている。
「なんで屋上にいるの、逢沢さん」
名前を呼ぶと、長い黒髪を揺らす紀里香と響司は目が合った。一瞬だけ鋭い目つきになった紀里香に響司は怖くなり、一歩退いた。
「呼び出されて、告白されたのよ」
「あー、さっきの男の子はそういうことか」
「そういうことよ」
タイミングが悪かった、と思って出直そうか響司は考えていると、、紀里香がベンチの空いている箇所をぽんぽんと叩いた。
「話があるなら座ったら? 鞄持ったままだとしんどいでしょ」
「オッケー。なんかもう逢沢さん相手に様子見するの無駄に思えてきた」
響司は紀里香の座っているベンチに腰を下ろした。ヨルはふわふわと周囲を自由に浮いている。
「髪、切ったのね」
「うん。『烙炎』の、って言っても分かんないか。火事で燃えたから学校に来るついでに散髪屋も行ってきた」
前髪だけ縮れ毛になっていた見た目があまりにも酷かったので、千円散髪で整えてもらった。数カ月ぶりに視界に髪が入らない。
「でしょうね。病院行ってから来た千佳は三時間目終わったら来たもの」
警察から聞いた話だと、千佳は軽度の火傷で済んでいるとのことだ。女の子の身体に火傷なんで痕が消えるか分からないものを残さなくてよかったと響司は思っていた。高塚の方は右半身が酷い状態で、現在入院中。どうやっても痕が残るそうだ。
もっと早く『烙炎』を倒せていれば、などと欲張った考えをつい、響司はしてしまう。
「私って、また何か忘れてる?」
突然の話題に響司は硬直する。ヨルに視線を向けると、骨だけの左手で、ありえないとでも言うように手を横に振った。
「『烙炎』のこと覚えてるの?」
「刹那くんが記憶が無くなるって言ったことを覚えていたのと、私の中で記憶の繋がりが気持ちが悪かったのよ。でも今の刹那くんの反応でわかったわ。また忘れてるのね」
「今回の事件は悪魔が犯人で、逢沢さんは僕とちょこちょこ話してたよ」
「何か……そう。何かヨルさん関連で忘れてることがあるのよね。絶対に」
頭に指を当てながら紀里香はヨルをじっと見つめていた。
「ないぞ。まったくない。あるはずがないぞ」
口ではないと言っているが、焦りっぷりから何かあると教えていた。
「そうだわ。ヨルさんは私に謝ることがあるんじゃないかしら」
「知らぬのう。のう……」
すーっと、ヨルは紀里香から距離を取った。悪魔ですら紀里香が怖いらしい。
「消えるとか頼むとか私に押し付けてきたでしょ。ゲームとか漫画なら『実は生きてました』っていうのはハッピーエンドかもしれないけど、心配していた側ってハッピーではないのよ。えぇ、全然。これっぽっちもね」
「ワシは再契約するつもりなぞなかった! 本心だ。しかし、キョウジがつまらぬ欲を持ったせいでワシは離れられなくなったのだ! それだけなのだ!」
熱弁するヨルに紀里香の冷たい視線が突き刺さっていく。
「ふむ……。遠方で悪魔の音がした。少し様子を見てくるかのう」
ヨルの言葉に反応して、響司は耳に全神経を集中させる。
悪魔のノイズはどこからも聞こえてこなかった。
「え、どっち方面? 悪魔の音しないけど」
「そこはワシに話を合わせるべきではないかのう! のう!?」
「嘘ついて逃げようとしたんだ。私の家に勝手に来て勝手に休んでいって!」
逃げ場を失ったヨルが勢いよく空へ飛んだ。
「あ、こら! 空に逃げるなんて卑怯よ!」
「悪魔が卑怯で何が悪いのだ!」
空と地上で言い合っている二人を見て、響司は笑いが込み上げてきた。無性に『おかえり』と言いたくなってしまう。
「刹那くんも何を笑ってるのかしら」
紀里香の怒りの切っ先が響司の油断しているところにやってきた。
「何となく覚えてるわよ。どう見ても嘘ついてる顔で私を教室に帰したわね」
「教室、帰す? あー!」
おそらく紀里香が言っているのは、『烙炎』が高塚にとり憑いて、脅してきたときのことだと響司は察した。
「あ、あれは、仕方がなく」
「そうね。そうでしょうね。でも心配させた分は小言を言わせなさい。おぼろだけど少しずつ記憶と感情を思い出してきたわ」
紀里香の目が据わっていた。背後にはメラメラと燃える炎。『烙炎』と同じかそれ以上に恐ろしい炎を燃え上がらせていた。
笑っていた響司の口元が徐々に引きつっていく。
「ヨル! 僕も空に連れて行って!」
「ワシに話を合わせなかった罰だ! キョウジだけ怒られてしまえばよいのだ!」
――退屈しのぎから始まった契約関係。まだ関係を持っているのは、きっと狂っている。普通から、かけ離れている場所にいる。それでも、このかけがえのない関係を続けよう。
――時間は有限。いつかは終わりを迎える。先の見えない終わりに怯えながら、時に共闘し、時に笑い、時に反抗しながら共に過ごそう。過ごした時間を忘れ去らぬようにすべて魂に刻み続けよう。
優しい相棒と一緒に退屈を殺し尽くす。その時まで――。
読んでくださった方々、本当にありがとうございます。
『退屈しのぎの悪魔契約』はここで一旦、完結です。後書きダラダラ書くのもアレなので、QA式で簡単なのだけ書いときます。
Q.続きあるの?
A.考えています。
Q.いつ書くの?
A.リアルが忙しいので、どう早くても二月。他にも書きたいものがたくさんあるから正直、二月になってもすぐにこの後の話を書くかは不明。
Q.誤字脱字とかあるが?
A.随時修正していきます。許して……許して……。
――後日、落ち着いてから活動報告かどこかにちゃんとした後書き書くかもです。とりあえず、後書きはココまでです。
本当に読んでくれた方々、そしてブクマや評価してくれた方々。本当にありがとうございました。




