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退屈しのぎの悪魔契約  作者: 紺ノ
魂の悪魔契約
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21

 紫色の炎を撒き散らしながら詰め寄ってくる『烙炎』にヨルは軽快なステップを踏んで、垂れた二本の耳を長い髪を振るように揺らし、後退する。


 ヨルは両手から黒い糸を出し、牽制しているが、すべてを灰にする炎が糸を焼き払う。 


 ヨルに不利な相性関係は継続中だった。


「消えるならさっさと消えちまいなぁっ!」


『烙炎』が背中に紫色の炎を一カ所に溜め込み始める。紫色の炎は火力が上がっているのか、ほんのりと青色を帯びていく。ヨルの作った炎のない空間を青色で支配する炎。膨らんで、燃え上がって、苦痛を押し付けてくるようだった。


「キョウジ逃げろ! あれはワシの糸でも防げぬ!」

「死んでも嫌だよ」


 身体が動かせるようになった響司は警告するヨルの脇を駆け抜ける。


 頭に響くパイプオルガンの音色が自信を持って前へ進めと響司の背中を押してくる。興奮に近い感情が全身で脈を打つ。


「コイツは傑作だ。壊したい玩具が走ってきやがった!」


 嘲笑する『烙炎』の背中の炎がさらに大きくなった。『烙炎』の背後にある景色が青い炎で埋め尽くされた。それでも響司は恐れず走る。


 右手には漆黒の柄。剣として大切な剣身を失ってしまった剣の悪魔の形見である。


「僕だけじゃないよ」


 響司は柄を両手で握った。剣の柄の握り方を知らないはずなのに、自然と響司は右手を上に、左手を下にした。妙にしっくりとくる。両手の上から空色の幻影が見えた。


 ――思いっキリ、振り下ろしてクダサイ。


 グラムの声に従い、響司は柄を頭の上に持ち上げる。


『烙炎』の顔が一瞬こわばる。


「『雹剣(ひょうけん)』……!?」


 うわ言のように震えた声で『烙炎』はつぶやいたあと、響司の前から逃げた。


 力いっぱい柄を振り下ろす響司。『烙炎』が溜め込んでいた青い炎が一刀両断され、爆発する。


「キョウジ!」


 爆発で青い炎が広がった中で熱も痛みも感じずに響司は立っていた。響司を守るように周囲には薄い氷の壁。壁はあっという間に砕けた。


 手に握られた漆黒の柄を見ると、剣身があるべき部分で炎が曲がっていた。それはガラスのコップ越しの景色のようだった。歪む景色から察するに剣身は直線的で六十センチ程度。剣身の一部は丸く穴が開いているのか、炎の色がはっきりと見える箇所がある。


 何よりも特徴的なのは剣先だった。二股に分かれている。音叉を思わせるような深い窪み。それは剣の強度を脆くしてしまう形状をしているのに、折れる光景が想像できない。


 響司が握っているのは、そんな無色透明の歪な剣だった。


 あまりの歪さに響司は親近感を覚える。欲や夢はないクセに生きたがり。寂しいがりなのに一人でいることを選択する。矛盾だらけの在り方。響司の生き方そのものだった。


 ――セツナ様だけの(つるぎ)デス。お使いクダサイ。


「逢沢さんの剣は綺麗なのに、僕の剣はどうしようもない形してるなぁ」


 剣に重さを感じない。竹刀も手にしたことがないが、腕の延長ともいうべき自由で安定した動き。今ならどんなこともできる気がした。


 響司が軽く剣を振ると、風切り音と同時にかすかに笛が鳴るような音がした。剣身に開いた穴から空気が流れているらしい。


「なんで玩具を『雹剣』に見間違えちまったんだ……? それに、今のはどう考えても『雹剣』の技だ。なんだよ、なんなんだよテメェ! ただの『欲無し』だったじゃねぇか! なのに……今、魂に燃え上がってるその透明でデカい炎はなんだっ……!!」


『烙炎』はヨルの再召喚よりも激しく混乱しているらしく、両手で頭を抱えたまま足をふらつかせている。


 軽くジャンプしたヨルがふわりと響司の左に着地した。訝しげに響司の剣を観察するヨル。


「なにさ」

「つまらぬ欲を手に入れおって」

「僕にとって大切な欲だ。一人になるのが嫌だから、僕は関わってくれたすべてを守るよ。人も、悪魔も」

「まったく……つまらぬ欲で良い音を鳴らしおるわ……」


 紅い瞳をジト目にした黒兎は面白くなさそうな顔をしていた。


 どんな音魂鳴りをさせているか響司の耳には聞こえない。ヨルが称賛する音ならどんな音でもよかった。


 響司はしてやったりと言わんばかりにヨルに笑顔を見せつけた。ヨルの垂れた耳の一つが響司の背中を叩く。痛くはなく、じゃれてきているだけだった。


「では終わらせようかのう。のう」


 ヨルは一回のジャンプで『烙炎』の背中に張り付いた。右手の指と指をこすり合わせて鳴らすと『烙炎』の身体が響司のいる方向へと飛ぶ。


 一呼吸をして落ち着いた響司は剣を正面に構え、剣をまっすぐ振り下ろす。不思議な音色を奏でる剣は『烙炎』の左肩に食い込み、そのまま左肩を切り落とす。


 剣の切れ味が凄まじいのか、『烙炎』の身体が炎だからなのか、響司の剣を拒む感触はなかった。


「あぁぁぁぁぁ!!」


 絶叫する『烙炎』。燃える腕を置き去りにして、全力で響司の前から飛びのいた。置き去りにされた腕が氷に閉じ込められている。『烙炎』の身体も斬りつけられた左肩が氷に覆われていた。


『烙炎』は炎を燃え上がらせて氷を溶かそうとしているのか、『烙炎』の左半身の紅色の炎が幾度も不規則に紫色に変色する。しかし、氷から溶けた証である水が一滴も落ちてこない。


「『雹剣』の氷だ! 溶けねぇっ!! 砕けねぇっっ!!!」


 剣から冬に息を吐いた時ような白い空気が下に落ちていく。空気が落ちたところから霜が出来上がっていく。冷たいかと問われれば、響司は人肌に近いと温かさがある、と答える。


 柄の持ち主だった悪魔の性格を考えると、お似合いの温度だった。


「氷に気を取られ過ぎではないかのう。のう」


 ヨルが『烙炎』の全身に黒い糸を何重にも巻き付ける。黒いミノムシのようになった『烙炎』をヨルは縛り上げ、縛った糸の端を右手で持ち、左手の爪で糸を弾く。


 糸の振動が大きくなり、『烙炎』に巻き付いた糸がすべて振動する。同じ振動をする糸たちは増幅し合い、中にいる『烙印』に音を叩きつける。


 音は消えるどころか、大きくなっていく。最初はギターの弦を弾くような軽やかな音だったのに、金属を叩きつけ合うような激しさに変わった。


 くの字に何度も曲がる『烙炎』。黒い糸に火がともる。全身に紫の炎を纏わせた『烙炎』が糸を焼き切って、現れる。


「もういいや、テメェらまとめて壊してやる!」


 左腕を失った『烙炎』の横に炎が三つ並んだ。炎は人型となり、『烙炎』と同じ姿をした分身が出来上がる。


 舌打ちをしたヨルが左手の爪で『烙炎』の一体を切り裂く。ヨルが切り裂いた『烙炎』は糸から出てきたばかりの位置にいた『烙炎』だ。


「「「ハズレ」」」


『烙炎』は分身と共に満面の笑みを浮かべて、ヨルを三方向から炎の拳で殴りつけた。


 ヨルは勢いよく床に叩きつけられた。床に散らばった衣服の山の上にヨルが横たわる。ヨルを指差して『烙炎』は笑った。


「バーカ! 前戦った時も一回も当てられなかったのに近づいてくるからだよ!」

「まったく腹立たしい能力だのう!」


 ヨルが悪態をついているのを横目に響司は目を閉じる。集中するのは耳だけ。今度は腰を低くして、剣を構えた。


 ――助けて。


 聞こえた。『烙炎』に食べられた人間の魂の叫びが。


 響司は声に導かれるように跳躍し、迷いなく、ただ剣を振り下ろした。


「なん、でだ?」


 目を開けた響司の前には袈裟斬りされた『烙炎』の姿があった。一番左に立っていた個体だ。斬ったところからまた氷が炎を閉じ込めていく。


 炎の分身は形が保てなくなったのか、消滅していく。


「危険な索敵能力だとわかっちゃいたが、分身と本体も判別可能なのかよ!」

「多分だけど、本体からだけ食べられた人の声がしてる。他はノイズだけなんだよ」


 ビル内で分身から逃げているときは電子レンジが動いている音だけだった。初めて『烙炎』と会ったときは人の声がした。その差異はなんなのか、本体と分身を並べて聴くまで響司もわかっていなかった。


「もう、終わりだよ」


 透明な剣が『烙炎』の胸を貫いた。剣は『烙炎』を形成している炎の内側から氷を生み出す。最初に自由を奪ったのは足だった。『烙炎』がまだ動く右手で響司の前髪を掴み、燃やした。髪を握りしめた手が氷漬けになっていく。


「クソがクソがクソが! 人間(エサ)の分際で! 覚えていろよ! 絶対に! 絶対に壊してやる!!」


 喚き散らす『烙炎』が不気味な笑いを浮かべたところで、氷の棺桶は完成した。


 剣をゆっくり抜くと、氷にヒビが入り、『烙炎』だったもの砕け散っていく。砕け散っていく中で輝く雪が浮かび上がる。


 ――もう熱くない。

 ――ありがとう。やっと解放された。


 魂の声を受け取った響司は剣を床に刺して、そのまま背中から倒れ込んだ。後ろを見ると、ヨルの力の及んでいなかった場所は炎があったはずなのに勝手に鎮火していた。


「ヨル、終わったよ」


 衣服の山の上を見ると、ヨルがいた形跡である黒い毛はあれど、ヨル自身はいなかった。


「……ヨル?」


 響司に名前を呼ばれ、返答する悪魔はどこにもいなかった。


 ―― ◆ ―― ◆ ――


「なんなんだよあの『欲無し』は! ライゼンより厄介じゃねぇか! 『雹剣』の技まで使うなんて想定してねぇぞ! まぁ、いいさ。ギリギリのところで逃げれた。あの『欲無し』の髪も手に入れた。これで呪い殺してやる!」

「誰がそんなことをさせると思うのかのう。のう」


 さっきまで戦っていたビルからそう離れていない空中で炎の悪魔と音の悪魔は再び対峙していた。ただし、炎の悪魔はもう人型になるだけの力はなく、紅色の火の球となっていた。


「『夜兎』なんでついて来てるんだ! ちゃんとオレ様は気配を消していたのによぉ!」

「ちゃんと消えていたさ。ただ気配を消すためにワシの前で結界を使ったのが間違いじゃ。人払いの結界の応用といったところか。キョウジは気づかぬとも悪魔のワシは気づくぞ」


 ヨルが黒い糸で火の球を捕縛する。


「離せ! オレ様はやり遂げるんだ! オレ様のオレ様だけの世界を創ってみせるんだ!」


 暴れる火の球をヨルは右手で摘まみ上げた。


「その欲は叶わぬよ。ワシはキョウジの願いを叶える悪魔だ。貴様の存在は邪魔でしかないからのう。のう」


 ヨルは口を開けて、上を向き、火の球を口に近づける。


「喰うのか!? あれほど嫌った人を喰った悪魔を!? おい、答えろ『夜兎』! ライゼンの愛玩悪魔(ペット)がぁ!」


 ヨルは喧しい火の球を口に含んだ瞬間に喉を鳴らして一気に飲み干す。するりと入っていく途中、喉を熱くさせた。そして、焦げ臭かった。後味も苦いだけ。舌の上に砂のザラザラ感が残っている。


 大した力も残っていなかったらしく、力の補充もできなかった。


「ここまで不味い魂もなかなかないのう……」


 ヨルは舌を出して、何度も右手をこすり、舌に残った不快感を拭う。


 右手が一瞬だけ透けていた。響司に再召喚されたとき、注がれた力もヨルにとっては微々たるもの。そもそも昨晩から戦い続けたあげく、響司を逃がすために『烙炎』と一対一で戦った。契約者なしの状態でだ。


 あと半日も人間の世界で活動出来れば御の字である。


「『ライゼンの悪魔』としてのワシの仕事は終わりじゃのう」


 ふわふわと浮かんで、響司のいるビルへと向かう。


 ビルの下で人間たちがせわしなく動いていた。生き物にとって火がどれだけ危険かを知っているヨルは生きるために必死な人間たちを見て拍手した。


「実に良い。これこそ人である! それに比べ――」


 ビルの中を見ると、煤だらけで衣服の中に埋もれている少年がいた。何かを探していたのか、衣服を握りしめている。右腕に黒い紐が巻き付いており、ヨルに対してSOSと言わんばかりに危機を知らせる犬笛のような音を鳴らし続けている。


「何をやっとるんだワシの召喚主は……」


 奇妙な光景にヨルは首を傾げ、耳についている鈴を一回鳴らすのだった。

明日も更新あるよ

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