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退屈しのぎの悪魔契約  作者: 紺ノ
魂の悪魔契約
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14

 ―― ◆ ―― ◆ ――


 人が群がる昼休みの購買部。


 押し寄せる生徒の波に対して響司は逆流する。吐き出されるように生徒の波から抜け出した響司の右手には白いビニール袋が握られている。ビニール袋の中に入っているのは購買で買ったサンドイッチだ。


 制服のズボンのポケットからスマホを取り出して、メッセンジャーアプリの『TELN(テルン)』を見た。『昼休み、昨日の場所に来て』という一言だけが表示されている。


 アラームが鳴ったのかと思って今朝、スマホを触ったときに見たら届いていたメッセージだ。差出人は紀里香。気を悪くするようなことをしてしまっただろうか、と考えながら『わかった』とだけ返信している。


 紀里香のいう昨日の場所というのは階段裏のスペースのことだろうと予想している響司は昼食を買い、駆け足で一階の階段裏へ向かった。


「遅いわよ」


 一階の階段裏のスペースにいた紀里香の第一声は拗ねているように聞こえた。


「ごめん。ご飯買ってた」

「そんなことだろうと思ってたわよ」


 足をくずして床に座っている紀里香は手に持っていた黄色い布巾の結び目をほどいた。付近の中から出てきたのは男子であれば物足りないサイズのお弁当箱だ。


「ここで食べるの? 美術準備室じゃなくて?」


 一階の階段裏のスペースは美術準備室と違って、埃っぽい。昼食を食べるのは適してないように響司は思えた。


「話したいことがあるのよ。ヨルさんのことで」

「そういうことか」


 場所の意味を完全に理解した響司は狭いスペースで紀里香にぶつからないようにしながら座る。最初の頃は逢沢紀里香という人物に近づくだけで緊張していたが、隣に座ることへの躊躇いはなかった。


「昨日、私の家にヨルさんが来たのよ」

「家に?」

「えぇ、ゲームしてたら現れたわ。で、軽く話をしたの。その中で二つほど刹那くんに伝えておこうと思って」


 弁当を太ももにのせて、紀里香は話を続けた。


「ヨルさんが刹那くんには糸を渡してるから記憶が消えたり力が消えたりすることはすぐにはないって言ってたわ」


 響司は服の上から右の二の腕につけられた新しい糸に触れた。人の指一本分はある太さは指先にしっかりと存在感を伝えてくる。


 ヨルに緊急事態を知らせる以外にも大切な意味があったことを響司は初めて知り、寝不足になる前に教えておいて欲しかった、とヨルに文句を言いたくなる。


「もう一つはヨルさんが『烙炎』のことが片付いたら消えるらしいわよ」

「……なんて?」

「だから……ヨルさんはすべて終わったら、人間の世界から消えるつもりだって……」


 訊き返した響司に対して、紀里香は言葉を途切れさせながら言った。


 消える、という単語が響司の頭の中で増殖していく。


 ヨルが何を考えているか分からないが、低い声で淡々と言っている姿は簡単に脳裏に浮かんだ。


「そっか、ヨルが、ねぇ……」


 響司は壁に背を預けて、右腕で目を隠した。顔に当たる紐の感触が急に冷たくなった気がする。


 心のどこかでまたヨルと再契約できるのではないかと思っていた。再契約が出来なかったとしても、糸を切らなければ記憶は残っていると安堵していたところにやってきた絶望。


 心臓の鼓動が早くなっていくのが手に取るようにわかる。


「なんで消えるのか聞いたら、刹那くんを殺さないためだって」

「何それ……」


 ヨルは初めて出会ったときからずっと一貫していた。響司が命を落としかねない行動をするたびに『生きろ』と怒鳴る。退屈で死ぬ響司にとって、そのひと時がなんだかんだ言っても好きだった。


(まだ、怒鳴ってくれた方が百倍マシだよ)


 ――ヨルと一緒にいたい。記憶を失いたくない。


 はっきりと口に出せる響司なりの欲望。ヨルが無価値だと切り捨てた欲が胸の中で爆発しそうになる。しかし、ヨルが一緒にいると言うことは『烙炎』をずっと人間の世界に留まらせることになる。


 欲望に従えば、昨日のように『烙炎』による被害が友人や父親へ出かねないことも響司は頭で理解している。


「二兎追うものは一兎も得ず、か。『夜兎』だけに、ってね」


 響司はビニール袋に手を突っ込んで、サンドイッチをランダムで一つ取り出す。取り出したのはツナマヨネーズだった。


 フィルムを外して、サンドイッチを口に運ぶ。パンとツナマヨの食感はするのに味は曖昧にしか感じれなかった。


「どうにかしないの? ヨルさん消えるの嫌じゃないの?」

「嫌だよ」

「ならなんで普通にご飯食べれるのよ」


 いまだに弁当を食べようとしない紀里香は小声で質問してきた。


「お腹減ったら何も考えれないから。ヨルを消さないで『烙炎』を倒すっていう理想の形にしたいなら頑張らないといけないからさ」


 響司はもう一口サンドイッチにかぶりついて、飲み込む。食べることを楽しんでいる余裕なんてなかった。


「頑張るって、何を?」

「さぁ? それを考えるためにエネルギーがいるのである。まる」


 響司はふざけた口調をわざとする。嘘を毎回見破ってくる紀里香を相手に強がって見せる。


「落ち込んでも前に進まない。ならどんな形でも一歩進んでみる。後退しないようにだけはしなきゃだけどさ」

「刹那くんって、ゲームのクラスなら道化師よね。もう間違いなく」


 皮肉めいたことを紀里香は言って、ようやく弁当箱の蓋を取った。卵焼きとふりかけのかかったご飯とケチャップのかかったミニハンバーグが入っていた。


「戦士とか魔法使いとか、もっと格好いいのがいいなぁ」

「格好いい刹那くんとかありえないわ」

「否定がちょっとばかり強過ぎない?」

「諦めなさい。今の刹那くんだから私は気にかけてるんだから」


 格好いい自分を響司なりに想像してみる。


 交差点の悪魔を簡単に追い払い、結界を自由に使うことのできる自分。紀里香のドッペルゲンガーが呪いとなっていることを一人で看破し、紀里香を助ける自分。そしてグラムが消滅することなく丸く収めることに成功する自分。


 理想的だった。理想的だけど、そこにヨルの姿はない。


(今の自分じゃなかったらヨルとおしゃべりしてなかったかもしれない)


 男としてはどこか複雑な気分になりながら、今の自分で良かったのかもしれないと納得しかかっていた。


 ひっそりと紀里香と二人っきりでの昼食を終え、教室に戻るために二人並んで歩く。サンドイッチのゴミ袋となったビニール袋と弁当箱の入った黄色い布巾が響司と紀里香の間にあり、突かず離れずの距離を保っている。


 廊下ですれ違う生徒たちから、物珍しいものを見られるような視線を感じる。前までであれば、攻撃的な視線の方が多かった。


「なんか、変な感じ」

「前に購買部の前で私が怒ったでしょ。アレが案外効いてるみたいよ。前よりも変に声をかけてくる男子減ってるのよね」


 紀里香の容姿だけで言えば、木陰で読書をしていそうな大人しい少女といった印象を与える。声も透き通っていて、物腰もやわらか。紀里香を深く知らない人間はそこで逢沢紀里香を知った気になって、恋愛に繋がるアクションを起こす。


 大人しい相手なら、と考えて。


 実際はというと大人しいどころか、かなり行動的で親しい人間には攻撃力高めである。紀里香の攻撃性が垣間見えた購買部での脅しはある種のギャップを生み出し、男子たちを困惑させているのだろう。


「彩乃が言ってたわ。逢沢紀里香と普通に接している刹那って男子は実のところ相当ヤバいのでは、って噂がちらほら出てきてるって」

「普通だと思うけどなぁ……」

「刹那くんが普通なら世の中にいる変わり者って何割ぐらい減るのかしら」

「普通のボーダーラインが変わっちゃうレベルなの!?」

「どう考えても変わるだろうな」

 

 響司と紀里香の後ろから声をかけてきたのは、プルの開いた缶コーヒーを片手に持った担任教師の高塚だった。


「高塚先生、コーヒー開けたまま廊下歩かないでくださいよ。溢したらどうするんですか」

「もうカラだから大丈夫だ。悪いが逢沢、刹那のやつ借りていいか?」

「……別に、私のものじゃないですけど」

「そうなのか? なら借りてくぞ? 話があるんだよ」


 高塚が響司の肩をつかんで引き寄せる。流れるように高塚は響司のビニール袋を覗き込んだ。


「ゴミ袋発見」

「僕に選択権はないの? あと袋に缶を入れないでよ。あとで分別しないといけないじゃん」

「いいから付き合え、お願いがあるんだよ」


 ニタニタ笑う高塚の顔を見て、何でも屋しろってことね、と響司は察した。


「ゴミだけ捨てたら職員室行くから待っててよ」

「いやー、今すぐ話したいんだわ」


 高塚の顔が響司の耳元に寄ってくる。


「――オレ様から会いに来てるんだからよ」


 耳元で囁かれた一人称は高塚が使わないもの。『オレ様』という一人称と紐づいている存在は一つしかない。


 電子レンジなんて廊下にないのに電子レンジが動いている音がする。


(『烙炎』……!)


 離れようとした響司。しかし響司の肩をつかむ高塚の手の力が逃がすまいと強くなる。

 

「いいだろう?」


 響司の目の前には紀里香がいる。下手に『烙炎』を刺激して力を使わせたら怪我をさせる。『烙炎』に寄生されている高塚の身体も無事では済まない。


「――わかった。逢沢さん、先に教室に帰ってて」

「でも」

「いいから。もし僕が授業に遅れたらコウ先に呼ばれたからって言っといて」


 響司は高塚の身体を乗っ取っている『烙炎』と共に教室とは逆向きに歩き始める。


「――イイ玩具だぜ」


 いつもなら気だるげな中に優しく笑う担任教師の顔に『烙炎』の下卑た笑いが張り付いていた。

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