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退屈しのぎの悪魔契約  作者: 紺ノ
魂の悪魔契約
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13

 ―― ◆ ―― ◆ ――


 逢沢紀里香は自室でくつろいでいた。学校から帰宅し、風呂に入って、日課の発声練習も終わっている。パジャマ姿でカーペットに腰を下ろし、足を伸ばしていた。


 コントローラーを握って、テレビを凝視する。


『生きてるってサイコー!』


 暑苦しい少年の叫びが紀里香の部屋で響く。


 アニメ調のイラストがテレビ画面いっぱいに表示された。暗い森の中、無邪気に笑う短髪の少年とサイズの大きいローブを着て、口元しか見えない少年が焚火に当たっていた。短髪の少年は半裸で全身濡れてしまっている。


 イラストの表示から遅れて画面下に現れたテキストボックスには、さっき少年が言った台詞のまま止まっている。紀里香は手に持ったコントローラーのボタンを押して、次の台詞へと進める。


『敵から逃げるために川に飛び込むとかさ……。正気じゃないよ』


 ローブの少年の喋り方と声質が普段は長い前髪で目がまともに合わせれないクラスメイトに似ていることに紀里香は気づき、ローブの少年に視線を向けた。


 イラストが切り替わり、身体を拭けと言わんばかりにローブの少年が短髪の少年の頭に毛布を叩きつけている。


『僕が流れているキミを見つけれなかったらどうするのさ。本当に心配かけるのが上手だよね』


 ローブの少年の台詞に紀里香は口を歪めた。


「アナタが言うと、腹が立つわね……」

「まったくだのう。この男、小僧に似ていて腹立たしいわい」


 紀里香の横で同意したのは草食動物の頭蓋骨と黒い靄の身体を持つ悪魔――ヨルだった。


 コントローラーを操作して、一時停止させた紀里香はコントローラーをカーペットの上に置いた。テレビに向けていた身体を呑気に座っているヨルへ向き直す。


 何もなかったところから異形の存在が突然現れたのなら、悲鳴をあげて驚くところなのかもしれない。前触れもなくヨルが横にいることに紀里香は内心びっくりしたが、ヨルの姿は見慣れているので、驚きが半減していた。


「刹那くんのところにいなくていいのかしら?」

「小僧は帰ってすぐに寝おったわ」


 明日は寝不足の響司を見なくていいらしい。紀里香は昼間の会話を思い出して、安心したような、惜しいことしてしまったような何とも言えない感情が湧き上がってくる。


「寝れたのならよかったけど……『烙炎』とかいう悪魔と戦ってるんでしょ? 守ってあげなくていいの?」

「対策はしている。問題ない」


 自信満々に言い切るヨル。


(問題はそこだけじゃないのよね……)


 契約が切れて精神がすり減っている響司が不憫だった。問題の片方であるヨルが何も気にしてなさそうなのが、なおさら不憫さを感じさせる。


「なんで私のところに来たの? 刹那くんの寝顔を見ていたのならそのままいればいいじゃない」


 おせっかいだとわかっていても、紀里香は言葉にしないと気が済まなかった。


「今日は力を使ったからな。身体を癒しに来たのだ。魂の強いキリカの傍にいるだけで力が回復する。前に教えたであろう」

「力を使ったって、彩乃と大山くんが教室で悲鳴をあげたやつよね?」


 六限目に起こった奇妙な笑いの裏にヨルがいたことを紀里香は知っていた。響司の前に姿を見せると思っていなかったから、何事かと目を疑った。


 部活に行く前に響司に何があったのか聞こうとしたが、一番後ろの席で響司は満足そうな顔をして、教室の後ろの壁を見つめていた。満足そうなのに寂しさも垣間見える表情をする響司。


 なぜか紀里香は聞いちゃいけないような気がした。だから、響司に声をかけることなく、彩乃と千佳と科目棟へと向かうことにした。全容はわからないままだった。


「是だ。『烙炎』のやつが小僧に近しい人間にいらぬことをしてきたから小僧と一緒に対処したのだ」


 謎だった六限目のことを知れたのは、紀里香としては良いことだった。ヨルが視えているだけに置いてけぼりをくらっているような気分だった。


 まだ話が続くかと紀里香は黙る。しかし、ヨルも黙ってしまった。ヨルは肝心の部分にはわざと触れていないように話をしているように聞こえた。


「姿を見せたのなら刹那くんのところに行ってもいいんじゃないの? 今朝はボロボロだったじゃない、彼」


 演劇で学んだ圧を紀里香は言葉に込める。


 ヨルは知らぬ存ぜぬといった空気で骨の左手から糸を出して、空中であやとりをするような動きをする。四本しかない指。それも片手で器用に人間が作れないような八分音符やト音記号を作り出す。


「ワシの糸を小僧に付けている。契約が切れているとはいえ、ワシとの繋がりが完全に経たれておるわけではない。ワシとの契約で得た力も、悪魔に関わる記憶もそう簡単には無くならぬ」

「そういうことも含めてだけど……直接教えてあげれば?」

「教えたところで何も変わらぬよ」


 ヨルは糸で『ムダ』という文字を作って、紀里香に見せた。


「『烙炎』の一件が終われば、人間の世界を離れるつもりだからのう」


 右斜め上の発言をしたヨルに紀里香は身体を跳ねさせた。楽にしていた足の先に力が入る。


「どうして? また刹那くんと契約すればいいじゃない」

「また『烙炎』のようにワシに恨みをもった悪魔が来るやもしれぬ。そうすれば今の小僧は自分の命を軽んじた行動をする。そして、早死にする。ただでさえ『欲無し』で死ぬリスクが常に付きまとうというのにさらにリスクを上げてどうする」

「それは……」


 響司の今までの行動を思い出してみると、否定できない。一見、普通の少年の響司は自分の命の認識が壊れている。紀里香もそう感じて、本人を前に口にした。


 言葉に詰まったまま、紀里香はうつむいた。


「目を閉じていても容易に想像つくであろう?」


 おかしいところなんてどこにもないのにヨルは誰かを小馬鹿にしたような笑いをする。


「ワシは契約者の願いを叶える悪魔だ。契約者殺しなぞになるつもりはないのだよ。これは小僧の願いを叶えるための最善策だ」


 ――死んでしまっては願いも何もあったものではない。だから生きろ。


 紀里香にはヨルがそう言ったように聞こえた。紀里香はヨルの言い分が間違っていないように思えて、唇を横に強く絞った。


「もし、刹那くんみたいな『欲無し』じゃなくて普通の人間。例えば私が同じ状況なら、まだ契約してたの?」

「……さぁな。仮の話をしても仕方があるまいよ」

 

『ムダ』の文字を作っていたヨルの糸がほどかれ、左手に吸い込まれていく。


「……きっと、ヨルさんが消えたら刹那くん、泣くわよ。もちろん私も」


 さっきとは違った引いた笑いをヨルはした。


「泣かぬよ。小僧に教えてもらっていたではないか。ワシが消えればワシに関する記憶は消える。現にキリカはグラムのことを忘れているではないか」


 痛いところを突かれて、紀里香は顔をしかめる。


 一拍おいて、ヨルは言葉を続けた。


「だが、ワシがいなくなっても小僧とキリカの関係性は変わらぬ。出会いから今までが辻褄の合うように記憶が書き換わるだけだ」


 ヨルは記憶が消えることを気にしていない、と響司は口にしていた。紀里香の目にはさらに悪く映った。


「もしかして、ヨルさんは記憶がなくなった方がいいと考えてるの?」


 表情筋がそもそもないはずのヨルの表情が紀里香には浮かんで見える。ヨルは大きな目を何度か瞬きをしてから、悔しそうに眼を細めていた。


「ワシの前の契約者――ライゼンは悪魔や死者を友と呼んだ。それ故に周囲の者から恐れられた。どれだけライゼンが優しかろうと、村の奴らには人の形をした怪物にしか見えなかったのだよ」


 ひどく優しい声音で話すヨル。それは懺悔のようだった。


「ライゼンの近くには頼れる人間なぞおらんかった。――小僧は違う。これ以上、悪魔に関わらず、人間の世界で正しい欲を見つけて生きていくべきだとワシは考えておる。小僧に記憶が残ってしまえば悪魔の世界から抜け出せぬではないか」


 途中から張りが出てきたヨルの声はすんなりと耳に入ってくる。拒みたいのに、すとんと落ちるところに落ちていく。


「刹那くんはこのこと、知ってるの?」

「言えば駄々をこねるに決まっとる。言うはずがないのう」

「なんで私にそんな大事なことを言うのよ」


 高いところにあったヨルの頭が紀里香の前まで降りてきた。


「小僧を人間の世界に戻してやってくれぬか」


 ヨルは頭を垂らしたまま、動かなくなった。


「私が?」

「小僧にはキリカのような人間がお似合いだからだ。アレの尻を叩いて、引きずることのできる人間はそうおらんからのう。のう」

「確かに意見は聞いたわ。でも、ヨルさんがいなくなった先で、なんて……いやよ……。そんなことを言うのよ」


 紀里香の瞳から涙が溢れ出していた。


 ヨルの冷たい骨の手が紀里香の涙を一滴だけすくい上げた。


「たとえ、消えてしまうとしても筋は通しておきたかったのだよ。小僧はワシの元契約者だからのう。のう」

「酷い話ね。言いたいことだけ言って消えるの?」

「ワシ、悪魔じゃぞ。酷くて当然だのう」

「誰もヨルさんが消えることなんて望んでないわよ! 刹那くんも私も!」


 分からず屋の悪魔に紀里香がその場で立ち上がって吠えた。


 部屋に置いている小物が声で揺れる。


「紀里香ー。劇の練習するのはいいけど、時間も遅いからもう少し静かにしなさい」


 大声を出し過ぎて、母親から忠告が入ってしまった。


 涙が止まり始めた紀里香はヨルを大股で横切って部屋の扉を開け、顔だけ廊下に出す。


「ごめんなさーい」


 一階にいるであろう母親に謝って、また紀里香は自室に戻る。涙を手で拭いてから後ろを振り向くと、ヨルの姿はなかった。


 もう消えてしまったかと考えたが『烙炎』を倒すまで、ヨルがいなくなるのは、ありえない。


「嘘でしょ、本当に言いたいことだけ言ってどこか行っちゃうなんて」


 紀里香はヨルのことを見ることはできるが、探す力はない。言い足りない文句を言えないまま、ゲームのコントローラーを握る。


 ゲームの続きをやろうと一時停止を解除する。


 数秒間、紀里香の指は動かず、何もボタンを押さない時間が生まれる。


「あぁぁぁ、もう!」


 紀里香はゲームをセーブし、スタート画面から別のゲームを選択する。選択したゲームは敵をなぎ倒してなぎ倒しまくる無双系と言われるゲーム。敵はすべて悪魔だ。


 主人公の周りにさっそく悪魔が出現する。


「この! ヨルさんなんてっ。ヨルさんなんて!」


 悪魔を一体倒すごとに紀里香はヨルの名前を叫ぶのだった。

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