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退屈しのぎの悪魔契約  作者: 紺ノ
魂の悪魔契約
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11

(狂ってしまえれば、泣いてしまえれば、楽になれたのに……)


 契約破棄された響司はせっかくの休日である土曜日と日曜日を無気力に過ごし、丸二日寝れないまま月曜日になってしまった。


 学校を休んでしまおうかとも思ったが、休んだところで眠れそうにはない。いっそのこと、体力を使い切ってしまって気を失ってしまえばいい。学校に登校してしまえば勉強をせざるを得ない状況になる。


 救いではないにしろ、気分は変わるかもしれない。


 重い身体を無理やり動かして、ノロノロと登校した響司はもちろん遅刻した。


 そして、午前の授業をすべて終わって昼休みになった現在。担任のコウ先こと高塚に呼び出され、職員室に連れてこられてしまったのだった。


 白いワイシャツの上のボタンを外した高塚は職員用の机に教科書を置いて、どかっと椅子に座る。そのまま短い髪を無造作に手でかいて、机に肘をついた。


「なんで呼ばれたか分かってるか?」


 響司は眠たくて半開きになった目をこすって、高塚の机の横に立つ。

 

「授業中、ずっと寝ていたから」

「そうだな。他の先生からも聞いたが、午前の授業全部らしいな」


 事実なだけに反論もせず響司は黙ることしかできなかった。


 怒鳴られるかと響司は思ったが、高塚は微糖と書かれた缶コーヒーを二本、机の上に置いた。


「とりあえずコレやるから、午後の授業だけでもちゃんと起きて受けろ」


 缶コーヒーの一本を差し出してきた。


 戸惑いながら缶コーヒーを受け取ると、まだ少しだけ冷たかった。夏に向かっている六月に冷たい飲み物。缶が汗をあまりかいていない。買ってきてから、それほど時間が経っていないようだった。


「刹那が一人暮らしで大変なのも知ってるし、刹那のクラス受け持った先生たちは何かしら助けてもらったことあるし、この前の逢沢の騒動のこともある。多少は大目に見てくれてるけど、流石に今回は一日でやらかしすぎだな」


 プルを開けて高塚がコーヒーを飲み始める。


 高塚は一年の時も響司の担任をしていて、家庭環境をすべて理解している。その上、退屈しのぎとして教師相手に便利屋モドキをしていたことも含めて学校での行動は把握されている。


 特別というほどではないが、一人暮らしをしている生徒として何かと気にかけてもらっている自覚が響司にはあった。だからこそ、高塚に注意させてしまっているのが申し訳なかった。


「すみません」


 小声で謝る響司。


 缶コーヒーを口から離した高塚が苦笑した。


 どこか年の離れた兄を思わせる空気感が高塚にはあった。コウ先という呼び方を生徒にされる原因でもある。


「何かあったのか?」


 話を聞いてくれる姿勢の高塚の言葉が響司の胸に刺さる。


 ヨルの話を一般人にしても無駄だ。理解されるはずがない。時々死にかかる体質ですら誰にも理解されなかったのだから、悪魔の話をした途端、病院行きだろう。

 

「ちょっと……昨日、怖い映画みて寝れなくて……」


 響司は缶コーヒーを見つめ、手の平の上で回す。


「ホラー苦手なのか? なのに見たのか?」

「気になっちゃって」


 せめて高塚に心配させないようにと、無理に口角を上げて響司は笑った。


「一人暮らしだからって羽を伸ばしすぎるなよ。午後も寝たら親御さんに連絡するからな?」

「はーい」


 結局、軽い注意で済んでしまった。


 響司は冷たい缶コーヒーを片手に職員室を出ていく。職員室の扉を響司が閉めているとき、高塚が響司を見ず、適当に手を振っていた。


「待ってたわよ、オオカミ少年」


 職員室の前には眉と目尻を吊り上げ、綺麗な顔が鬼のようになっている逢沢紀里香が仁王立ちしていた。


 無視して立ち去ろうとするが、腕をつかまれて逃がしてもらえそうになかった。


「逃がさないわよ?」


 周囲の生徒がザワついた。


 台詞だけなら逢沢紀里香から逃がさないと言われて狂喜乱舞する者は多い。表情込みなら殺人鬼のソレなのだ。長い黒髪が逆立ち、蛇になっているようにすら見える。


 これ以上、変な噂がたち、ヘイトを溜めるわけにもいかないので響司は渋々、本日二回目の呼び出しを受け入れるのだった。


 連れて行かれる先はドッペルゲンガー事件の時、紀里香が隠れていた校舎の一階の階段裏にある暗いスペースだった。


 立っているのも辛い響司は缶コーヒーを床に置いて、暗いスペースの端に膝を抱えて座った。ホコリっぽいが、廊下よりも少しだけ涼しかった。


「何がホラー映画よ。嘘つき」


 紀里香がぼそりと言って、響司の真横、肩が触れ合うぐらい近い距離を陣取った。


「聞いてたの? 盗み聞きはいくないと思いまする」

「ふざけた口調で誤魔化そうとしても無駄だから。教室に入ってきた時からずっと死にそうな顔してるじゃない」

「全然――」

「平気とか大丈夫って言ったら殴るわよ」

「だいじょばないであります」


 ドッペルゲンガーと同化してから攻撃性が増してきている紀里香に響司は身震いした。


 綺麗な女子だと思って緊張していた過去の自分に今の紀里香を見せてあげたら『同じ顔の別人だ!』と言うに違いない。


「ヨルさんと何かあったんじゃないの?」


 図星の響司はさらに身体を震えさせた。


「なんでわかったのって顔してるけど、分かるわよ。大山くんもおかしいって言ってたわ」


 晴樹にも心配をかけたらしい。学校に来たのは良い選択ではなかったのかもしれない、と響司はため息を吐く。


 高塚のときのように思い付きの嘘で紀里香の追及は躱せる気がしない。


 響司は右の二の腕を触って、ヨルの糸がまだあるか確認する。確かにある細い膨らみが指先にあった。


「……ヨルに契約切られちゃったんだ」

「どういうこと?」


 契約を切られるまでの流れを紀里香に説明すると、目頭を押さえて唸った。


「何よ、それ……。まぁ、いいわ。良く起きていられたわね。二日も起きてたら普通、倒れるわよ?」

「起きてたらいつかヨルが帰ってくるかなって。それに記憶が消えるかもしれないと思ったら寝れなかった。食欲も眠気もないままベッドの上でヨルと一緒に体験したことをずっとスマホにまとめてた」


 ポケットからスマホを出して、メモアプリを開くと、メモというには文字が詰まりすぎている画面が続く。二日間、水以外口にせず書き続けた結果だった。


「だからあんな顔だったし、学校来て疲れて寝ちゃったのね」

「それは少しだけ違うよ」


 素早く否定した響司は耳を澄ました。


 かすかに聞こえる風鈴の音。逢沢紀里香の胸の奥から聴こえてくる。


「逢沢さんの魂鳴りがね、聞こえたんだ」

「私の?」

「うん。今も聴こえてる。風鈴みたいな綺麗な音が。魂鳴りが聴こえるってことはヨルは確かにいたってことだから僕の夢じゃない。記憶はまだあるって思ったら、なんというか、安心しちゃってね」


 授業中に聴こえる風鈴の音。聴こえたときは驚いた。


 初めて契約を切られたときは一日経ったらヨルが視えなくなっていた。記憶だけがヨルを証明するものだと思っていたのに魂鳴りが聴こえたのだ。


 紛れもないヨルと契約していた証明だった。


 ――ちりん。


 風鈴の音が子守唄のように響司の耳を優しく刺激する。


「ごめん逢沢さん、お願いがあるんだけど、少しこのまま寝ちゃっていい? で、授業が始まる少し前に起こして欲しい」

「いいけど、私の目覚ましは高いわよ?」

「今度、映画でもお茶でも奢るよ」

「それってデートの誘い?――って寝ちゃってるし」


 紀里香は響司が起きないように伸びた前髪を少しずらす。寝顔はあどけなくて、助けると豪語したあの凛々しい顔をしていた少年とは思えなかった。


 響司が傾いて、紀里香の肩に響司の頭がのった。


 紀里香はまだ昼ご飯をまだ食べていない。教室に戻れば母親の作った弁当がある。それでも響司を振り払わずにいた。


「私の肩枕は高級品よ。彩乃ですらやったことないもの」


 耳元でささやいても響司が起きる気配はなかった。本当に熟睡してしまったらしい。


「私ってかなり面倒くさい女だけど、刹那くんもかなり面倒くさい寄りよね」


 紀里香が言える立場ではないことを重々承知した上で口にする。


 人間としても、一般的な高校生としても、刹那響司という男子はずれている。ずれていたことで出会い、関わり、自然と視界に入れるようになっていた。


 特に輝いているというわけでもない。ただ変わっているとだけ思っていた。


「前に私を励ましてくれたとき、真反対とか言ってたけど、本当は似た者同士じゃないかしら。だから……私達ってお似合いじゃないかって考えちゃうのよ」


 寝息を立てる響司をじっと見つめる。


 質問への返事はいらない。ただ、意見は欲しかった。


「ねぇ、コソコソ隠れてる悪魔さんはどう思う?」


 紀里香から見て左の壁から骨の頭だけを出した悪魔がいた。指を一本、顔の前に立てて『静かにしろ』というジェスチャーをする。


 ヨルの姿が見えるようになってからというもの、ヨルの姿を見なかった日はない。響司からは絶対に視認されない位置で見守っていた。悪魔が近寄れば、歪な骨の左手を出して戦っている姿も見たことがある。


 契約をしていない今もヨルのスタンスは変わらないらしかった。


「人間も、悪魔も、面倒ね」


 くすりと笑う紀里香。肩が動いてしまって、響司が頭の位置を戻そうと頭を微妙に動かしていた。


「男子の髪の毛ってもう少し固いと思っていたわ。案外、くすぐったいのね」

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