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退屈しのぎの悪魔契約  作者: 紺ノ
魂の悪魔契約
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10

赤い炎を薄く纏った人型は左足を欠損させている。そのはずなのに、立っている。両足のある人間が左足に体重をかけて、右膝を軽く曲げているようにしか見えない。


 ジジジジ、と鳴る『烙炎』の魂。轟々と燃える炎の後ろに『烙炎』とは別の人の形をした影が響司には見えた。


 ――たすけて。


 黒いだけの影が確かにそう言った。響司が聴いたことのある声で。


 意識していないのに響司の頭の中で影の本当の姿が補完されていく。


(ニュースで見た。女の人だ)


 炎の暑さを感じていた身体が悪寒で冷たくなっていく。ヨルやグラムとはまったく違う種類の悪魔の放つ空気は肺を圧迫してきて、呼吸が短く、浅くなる。


「相変わらず耳障りな音を鳴らすのう。力を使うまで音のしない身体ということは人間の身体か」

「あぁ。たった一回、力使っただけで燃え尽きようとしてやがる」


『烙炎』が手を振り上げると、右手の人差し指が崩れ落ちた。


「そこにいる人間(エサ)が『夜兎』の契約者か? 魂の炎がてんで視えねぇ。『欲無し』か?」


 ため息を吐くように『烙炎』は顔の部分から火を吐いた。


「なんだ。ライゼンはやっぱり死んでるのか。面白くねぇなぁ」


 ヨルの左手から垂らされた糸が『烙炎』の身体目掛けて伸びる。


 糸が『烙炎』に触れる直前。『烙炎』の炎が燃え盛り、何倍も大きくなる。糸は燃やされ、消えてしまった。


「ライゼンの名を貴様が口にするな」

「おうおう、怖いねぇ怖いねぇ。相変わらず人間(エサ)にご執心かよ、クソ兎様は」


 大げさに肩をすくめた『烙炎』は今にも崩れて消えそうな身体を響司に向けた。軽くジャンプした『烙炎』は上下逆さになり、右手だけで身体を支えていた。


「おい、クソ兎の契約者。気を付けな。コイツはな、前の契約者の魂を吸いつくして殺した悪魔なんだとよ。すぐにでも契約を切らねぇと死んじまうぜ?」


 響司のぐちゃぐちゃにされていた感情に劇物をを無理やり投入された。


 体の震えが止まらない。


(ライゼンさんを……ヨルが? でも、悪魔に敗れて食べられたって……)


 疑いたくはなくとも、自然とヨルの顔を見上げていた。


 ヨルは否定も肯定もせず『烙炎』を見据えたままだった。


「あれぇ? 知らなかったのか? そもそもクソ兎は言わねぇか。相当気に入ってたもんな。あの人間(エサ)


 逆さになった『烙炎』は器用に身体を縮こまり、背中を地面に接地させてコマのような回転をみせる。


 テレビで見たことのあるブレイクダンスを見せられている気分だった。


 最後には大ジャンプで立ち上がり、どこぞのラッパーのように両手の指を不思議な形にしていた。指は『烙炎』の炎に耐えられず、また壊れていった。


「あぁ、でも注意したところで『欲無し』だもんなぁ。死んでるのと一緒だもんなぁ!」


 またヨルが糸を伸ばして『烙炎』に攻撃を仕掛けた。鞭のようにしなる糸を『烙炎』は躱した。


「今のはさっきより力注いでたなぁ。前の契約者より今の契約者が大事か? そりゃ、大事か! 世界に留まるには人間(エサ)がいるもんなぁ!!」


 無言のままヨルは糸を何本も出して、左手の指を動かして、編み出す。そして、ドラム缶はある太い糸作り出して、そのまま『烙炎』の身体にぶち当てた。


 糸は燃えながら『烙炎』をビル壁に叩きつけた。地面が少し揺れる。


「――本体はどこだ。今すぐ喰ってやる」


 ドスの効いた声を出すヨル。また太い糸を編み出して、次の攻撃をする準備をしていた。


「言うかよ、バーカ」


 糸を燃やし尽くした『烙炎』が平気そうに喋っていた。

 

 しかし、身体の方は限界なのか、四肢はすでに灰となって跡形もない。あるのは胸と頭だけ。それでも何故か浮いているというよりも、立っているようにしか見えなかった。


「もう無理だな。仕方がねぇ。――奪うか」


『烙炎』が寄生していた人間の身体の炎が不規則に大きさを変える。時には完全に消火されて炭化された人間の肌だけが露わになり、時には二メートルを超す火柱になる。


 ――逃げて!


 必死な女性の声が響司の耳に入る。同時に一際赤い炎が響司に向かって飛んできた。ジジジジという嫌な音を炎は発生させている。


 ヨルが響司の盾になろうと前に出た。視界が黒い靄で覆われ、隙間から紅蓮の光が見える。


 音でわかる。あれは寄生していた『烙炎』の一部だ。悪魔にも寄生できると言うことは、かばって出てきたヨルが『烙炎』に乗っ取られてしまう。


(守らなきゃ……。あの炎は、危ないから……)


 震えていた身体が、勝手に動いた。


 ウィンドブレイカーのポケットから生徒手帳を取り出す。使いすぎて自然と開くようになってしまった結界の陣が描かれたページ。


 生徒手帳が今までにない光を放つ。


「――奪わせないから」


 ヨルと炎の間、ビルの隙間を埋めるように巨大な結界が形成される。


 炎は結界に勢いよくぶつかる。そのまま押し切ろうとするが、結界はビクともしない。


「小僧!?」

「大丈夫。ヨルを乗っ取らせないから」


 結界は破られないという自信があった。力がずっと沸いてくる。前までなら魂の乖離が起こってもおかしくないのに、まだ力が注げる。魂が身体から離れる感覚は来ない。


『烙炎』は結界が破れないと分かったのか、不気味な音を鳴らす炎が壊れかけの身体に戻っていった。


「結界!? それもライゼンと同じだと!?」

「ヨルは僕の悪魔だ。あげないよ」


 響司が睨みつけて『烙炎』に言い放つと、痛快そうに高い音で笑い始めた。


「あひゃひゃひゃひゃ! こりゃあ、いいや! いいねぇ、気に入ったぜ! テメェはエサじゃねぇ、今からオレ様の玩具だ! その魂、壊れるまで遊んでやるぜぇ! 覚悟しな!」


 人間の身体が完全に砕け、魂鳴りをさせる炎が消えた。


「今のは『烙炎』の分身なんだよね?」

「そうだ」


 ヨルは響司に背中を向けたまま答えた。


「ライゼンさんを殺したのは、ヨルなの?」

「半分は、な」


 重い声でヨルはポツリと言った。


「前は否定してたじゃん!」

「傷ついたワシを癒すべく、ライゼンはワシと契約して力を分け与えてくれた。その直後、ライゼンは罠にかかり、悪魔の軍勢に喰われた。万全なライゼンであれば生きていたであろうよ」


 最後は自嘲するように鼻で笑って、夜空を見ていた。


 振り向いたヨルはいつものような上から見てくるような雰囲気はなく、変に落ち着いていた。


「ワシとの契約を切れ、小僧」


 脈絡のない申し出に響司は瞬きを数度し、少しの間、頭が真っ白になった。


「なんで!? 『烙炎』の攻撃防いだよ! ヨルと一緒に戦えるよ!」


 声を張り上げる響司を無視して、ヨルは左手を伸ばてくる。一度、契約を解消しているから響司は知っている。


 額にある糸。それを切られてしまえば契約が終わってしまう。


 伸びる肉のない左手を響司は両手で握る。ヨルの手は響司の顔の前で止まった。人間よりも遥かに強い力を持つヨルなら、無理やり響司の額を触ることが出来たはずなのに、人間の力で止めれてしまった。


「それとも『烙炎』の言ってたライゼンさんの死に方で僕がヨルを嫌いになったと思ったの? だったら今聞いた話で納得したから、信じるから! だから、契約を切るなんて言わないでよ!!」


 目から涙が出ていた。


 大切だからヨルを守った。守ったのに、拒絶されたことが心を切りつけてくる。


「違う。違うのだ小僧!」


 ヨルは首を何度も横に振る。それは駄々をこねる子供のように見えた。今までのヨルならありえない見え方だ。


「気づけ……己の身体がどうなっているか、しかと見てみよ……。見てくれんか……のう。のう」


 真剣に、苦しそうに懇願するヨル。


 響司は涙を手の甲で拭って、身体を観察した。


「何、これ……?」


 半透明な身体と色がはっきりとしている身体がズレて見えている。手も足も胴体もすべてが、二重になっている。


 目がおかしくなったのかと思ってまた目をこするが、元に戻らない。


 周囲の風景もヨルもすべて普通。おかしくなっているのは響司ただ一人だけだった。


「ワシが力を使い、小僧も力を使った。魂が負荷に耐えられぬのだ。今回は辛うじて完全に魂と肉体が乖離しなかっただけ。『烙炎』との戦いになれば小僧は確実に壊れてしまう」

「大丈夫だよ。今までは乖離して死んでるようなものだったんだし。乖離しなかっただけ上出来じゃない?」


 響司はヨルに笑って見せると、胸倉を掴まれた。


「今の小僧は欲が出始めている。つまらなくて、無駄な欲だ! だが、欲は欲だ。魂と肉体を繋ぐ欲が予期せぬ形で切れてみろ! 魂と肉体は傷つき、死に向かうだけだ! 状況が違うのだ!」


 ヨルは言いたいことだけ言って、響司の胸倉を放し、地面に落とした。そして、響司の額にヨルの左手が触れた。


 つーっ、とヨルの左手に引かれて現れる透明で綺麗な糸。


「ヨル、嘘だよね。ねぇ!」

「ワシはもう、誰かが消えるところを見たくないのだよ」


 糸は切られた。ヨルの手で、躊躇いなく。


 響司の半透明の身体がゆっくりと色のある身体に寄っていき、身体は一つとなった。


「これで魂と肉体は安定した。よかったのう」

「よくないよ! なんで勝手に納得してるのさ! 契約者の命令だよ! もう一回契約してよ!」

「断る」


 ふわりとヨルは浮き上がっていく。


「ヨル!」


 名前を呼んでも無視してさらに高く高く飛んでいく。


 ビルよりも高くヨルは飛ぶ。見えているのに、手を伸ばしても絶対に届かない。


「腕の糸は残しておく。『烙炎』に襲われたら糸を切れ。守ってやる」


 淡々とヨルは言って、夜空に消えていった。


『烙炎』との邂逅で感じた恐怖や、ヨルがライゼンを殺したかもしれないという懐疑心で精神を乱された時よりも、ヨルがいなくなったことが一番狂ってしまいそうだった。


 

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