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「突然呼び出すから何かと思えば美術準備室を昼に使わせてって、どうしたの?」
紀里香は美術準備室の端にあった弁当を包んだ布を机の上に乱暴に置いた。一方、響司は返答することなく、右手にボロボロの手帳。左手に新しめの白いファイルを持って、黒板の前に立っていた。
「ちょっと試したいことがあって」
ファイルに挟まっているルーズリーフには魔法陣が記載されている。ライゼンの残した手帳を解読して出来上がった魔法陣だ。
手帳のページに連動するようにファイルのルーズリーフは整理されている。降霊の陣が描かれているルーズリーフをめくると、無作為に直線が並んでいるようにしか見えない陣が現れた。
一応、ライゼンの手帳に書かれている英文を見ると、いたるところに「straight line」と書かれていた。
探している退魔の陣だと確信した響司はライゼンの手帳を生徒手帳がすでに入っている制服の胸ポケットに入れた。
「ゲームの魔法陣みたいね」
響司の横からファイルに挟まっているルーズリーフを紀里香がのぞき込んでくる。
「実際、これで結界作ったりしてるからあながち間違ってないと思う」
「ドッペルゲンガーの私を捕まえたときのアレね。人除け、とかいうのも使ってなかった?」
響司は黒板の下にあるチョーク入れから長めの白のチョークを右手で取り出した。
「あっちは陣無しで使えるよ。ただ、すごく疲れるんだ。陣無しの分、力を余分に持っていかれるような感じかな」
チョークを黒板に押し当て、時折、左手のファイルを開けたままルーズリーフに描いてある陣を確認して、ルーズリーフに描かれている陣と同じものを作り上げていく。
一つ書き上げれば隣に同じものをサイズ違いで描いていく。
ヨルが言っていた魔法陣の大きさの違いによる効力の差を確認するためだ。
一番大きいものは響司の身長でギリギリ描ける円がベースになっている。出来上がった陣は人が両腕を全力で横に伸ばした時と同じぐらいだ。
大きな陣の右に自転車のタイヤ程度の陣があり、さらに右には手の平サイズの陣がある。
「こんなもんかな」
手についたチョークの粉を払った響司は一番大きな陣の中央に手を触れながら結界の陣を使うときのように力を流し込むと、うっすらと青い光を放った。
次に右隣の一つサイズを落とした陣にも力を流す。
少し力が多めに持っていかれている感覚があるが問題なさそうだった。
最後に手のひらサイズにも試したが、光らなかった。力を持っていくだけで発動している様子がない。
反応しなかった手の平サイズの陣を消して、ノートの一ページを埋めるような大きさで描いてみると陣は発光した。
「結界の陣ほどではないけど、小さくても普通に使えそう」
「私でもできるかしら」
興味深々の顔で紀里香が寄ってくる。
響司はチョークが紀里香の制服につかないように右手を背中に回す。
「わかんないけど、やってみる?」
「いいの?」
ファイルを床に置いて、ライゼンの手帳を入れてしまって膨らんだポケットから生徒手帳を力を入れて引っ張り出す。
本来、白紙であるはずの一ページに結界の陣が描かれている。前にヨルを閉じ込めるときに使った陣だ。
「これ、結界の陣なんだけど」
軽く力を流して、小さな結界を作ってみせる。陣が淡く光った後、紀里香の眼前に両手で収まるルービックキューブのような正方形の結界が完成する。
「こんな感じかな?」
「へぇー」
つんつんと細い指で結界をつつくが、紀里香の指はずっと結界の面をすり抜けるだけだった。
「貸して」
言われるまま生徒手帳を紀里香に渡す。
十秒、三十秒、一分経っても結界は生成されない。
口をへの字に曲げた紀里香は結界の陣が描かれたページとにらめっこを始めた。響司は何となくで使えている陣だが、普通の人は力の流し方がわからないらしい。
「もしかして、選ばれしものしか使えなかったりするのかしら?」
「僕は勇者じゃないよ。多分、力が上手く流れてないんじゃないかな」
「すっごくファンタジーっぽい台詞!」
興奮している紀里香が生徒手帳を振り回す。
「とりあえず、深呼吸してからやったら?」
「わかったわ」
目を閉じた紀里香はさっきまでの子供っぽい空気感が消えた。小さな口から息を長く吐いて、ゆっくり吸ってを繰り返す。呼吸にリズムが出来上がると、風鈴の音も呼吸と同じリズムを刻む。
結界の陣が光った。
陣の上に正方形の結界が出来上がり、形状を維持したまま膨れ上がっていく。
「逢沢さん!? ストップ!」
「へ?」
響司の声で結界の拡大が止まる。結界は響司と紀里香を中心に美術準備室を飲み込もうとしていた。
目を開けた紀里香は自身の生み出した結界に戸惑っているのか、落ち着きなく見渡す。
「私、刹那くんと同じぐらいの大きさ作ろうと思ったんだけど!?」
「逢沢さんは魂が強いからじゃない?」
「誰かに見られたらどうしよう!」
「幽霊が見える人しか見えないと思うよ?」
「そっか、なら安心だわ」
教室内に広がる結界の中はほどよく涼しく、外に広がる六月の蒸し暑さとは別世界だった。
「紀里香ん、先にこっち来てるならいってよ~!」
壊れるのではないか心配になる勢いで動く扉。扉の向こうには九条彩乃と清水千佳の二人が並んでいた。
彩乃は主人を見つけた大型犬のごとく紀里香に突進をかました。倒された紀里香は彩乃からいたるところを頬ずりされていた。
結界は張られた状態。人間は結界をすり抜けるというのは正しいようだった。
「ここなんか涼しくない? エアコンかけっぱなしだったの?」
「私は抱き枕じゃないわよ!?」
彩乃の顔を引っぺがそうと暴れる紀里香の姿に響司は目のやり場に困る。スカートで暴れられるのは目の毒だった。
まだ扉の前に居た千佳に視線を動かすと、結界を撫でるような仕草をした。そして首を傾げている。
(もしかして、見えてる!? いや、触れてる?)
結界を維持する力がなくなったのか、結界にひびが入って崩れていく。
崩れた後、千佳は紀里香の腰に手をまわして離れない彩乃を引き離そうと彩乃の腕を引っ張っていた。
「見世物じゃないぞ~! 昼飯食べに帰れ帰れ!」
「いいから彩乃は離れなさい! 千佳も何か言ってよ」
「共有資産。半分抱かせて」
「そういうことじゃないの!!」
紀里香がSOSを目で送ってきたと同時に、紀里香にとり憑いた女狐二人が威圧してくる。戦況を考えた響司は腕を交差させて×を作った。
「仲の良い女子の間に男子が入る勇気はございませぬ」
「ちょっと! 味方よね? ね?」
「……では」
そそくさと美術準備室から出ていき、ゆっくりと音を立てないように扉を閉めた。紀里香の『裏切者!』という罵りが聴こえた気がしたが、きっと気のせいだ。
今も聴こえる荒れた風鈴の音もきっと気のせいである。
昼休みも十五分経ってしまっている。遅れて学食に行けば席が空いているかもしれないと思った響司は学食へと歩き始めた。
まだ手に持っていた自分の生徒手帳を胸ポケットに収める前に軽く結界を作ってみる。
小指の第一関節あるかないかの小さな結界。確認のために結界に自分で触れてみる。
集中して触れば、フィルムのようなものに反発される感触がある。しかも結界を見つめた上でしっかりと結界の境目を理解していないと感触はほぼない。
「たまたま?」
納得のいく答えが出せないでいると腹の虫が『さっさと飯を食え』と文句を言ってきた。
響司は生徒手帳をポケットに入れた後、先生に見つからないように廊下を走るのだった。
まだ全快じゃないですけど、週2回ぐらい更新できるかもしれないです。




