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退屈しのぎの悪魔契約  作者: 紺ノ
魂の悪魔契約
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 響司は家の鍵を閉めて、黒のウィンドブレイカーについているフードを深く被った。ただでさえ前髪で視界が悪い中、上半分が全く見えなくなる。


 上は見えなくても下は見える。


 マンションの下にある深夜の風景。手前は街灯が広い感覚であるため暗さの方が目立つ。対して、遠くに行けば行くほど明るくなっていく。明るいのは住宅街を抜けた先にある繁華街だ。


 響司が今から向かおうとしている場所だ。


「僕に、できることを……」


 自転車の鍵がついたリングを中指に通して、鍵を手の平で遊ばせた。階段をコツ、コツとゆったりとしたリズムを刻みながら降りていく。遠くの明かりは一階降りただけで見えなくなった。

 

 マンション一階にある共有の自転車置き場から汚れが目立って仕方がないシルバーのママチャリを引っ張り出して、鍵をはずし、響司はまたがった。


 自転車のタイヤが人の重さで形を変える。


 通学で使えない自転車のタイヤは走行に耐えれるギリギリのライン。ペダルとチェーンは屋内にある自転車置き場のおかげで錆で動かないということにはなっていない。


「行って帰ってくるだけなら大丈夫……だよね?」


 空気入れを取りに行っている時間がもったいないと思った響司は不安になりながらも、ペダルをこぎ始める。


 響司を乗せた自転車は暗い坂道をブレーキを掛けながら下っていく。梅雨に入る直前ということもあり、風が生ぬるく、不快にまとわりついてくる。


 街に着く頃には風だけでなく、身体から噴き出した汗でウィンドブレーカーの中は蒸れていた。特に背中が酷い。片手で自転車を押しながら、背中に張り付いた服を引っ張って無理やり風を送り込む。


「帰ったらもう一回お風呂だね。でも、また入ったらヨルと鉢合わせるかな」


 深夜に街に来ていることはヨルは知らない。そもそも、家にいなかったのだ。どこに行ったのかなんて空を飛べる相手に考えても無駄だ。


 先に考えることは『烙炎』に関する情報収集だった。


 スマホを手にして、ニュースの一覧を見る。見ているのは焼死体のニュースだ。死の直前のイメージが響司に流れ込んできた。


 ニュースで商店街付近と行っていたので、しらみつぶしにニュースの情報通りに歩いて情報が得られればと深夜に街までやってきたのだ。


 スマホのホーム画面に表示されるデジタル時計が二十三時を五分すぎたことを知らせてくる。


(明日も学校あるから長居はできなさそう)


 飲み屋があるエリアでサラリーマンたちが顔を紅くして歩いている。駅に向かっているらしくおぼつかない足取りで歩みを進めていた。逆方向を見ると、横断歩道を渡った客引きのお兄さんがメイクの濃い女性二人組に話しかけている。


 未成年の響司が深夜に街にいてもスルー。警察にさえ気を付ければ、自由に行動できそうだった。


 汗まみれのまま自転車を押して商店街に向かうと、人の声とは違う何かに鼓膜が揺らされる。かすかに混じる悪魔のノイズ。


 商店街から右に二つ奥の自転車と人しか通れないような細い道からだった。


「あっちか」


 響司が悪魔がいるであろう道を眺めていると、ノイズが近づいてくる。ゆっくりと、確かに。ノイズに隠れているが人間の足音もしている。


 恐る恐る響司も近づくと、景気の悪そうな無精ひげの中年男性が現れた。

 耳障りなノイズが強くなる。

 

 無精ひげの中年男性は足を重く引きずっていた。響司と一瞬だけ目を合わせたが、そのままどこかへ歩いて行こうとする。


(人間? 幽霊?)


 頭を悩ませる響司。男の背中を見ながら固まっていると、黒い靄が背中に張り付いていた。


(いた!)


 慌てた響司はスマホを取り出して、スケッチアプリを起動させる。スマホの画面に指を滑らせ、結界の魔法陣を即座に描き上げる。


 書き上げるとスマホ画面の光とは違う青白い光が出てくる。


(狙いは背中の悪魔だけ。集中、集中……!)


 イメージを固めて、結界を発動させた。


 男性よりも一回り大きい結界が背中に形成される。男性の肩も結界の内側に入っていた。


(前に作り過ぎちゃった!? あのまま歩かれたら、おじさんの肩切断されるんじゃ……?)


 スプラッターな光景を想像した響司は結界を解こうとする。解く前に男性は結界を無視して歩いていた。


 黒い靄だけがスライムが地面に落ちるようになって結界の中に残される。


「あれ、肩と背中の痛みが楽になったぞ? なんでだ?」


 さっきまで足を引きずっていた中年男性が突然、普通に歩きだした。


 想像した光景と違ったことに気を取られる響司。


「ナンダ!」


 結界の中で悪魔が騒ぎ出していた。


 交差点で悪魔と戦ったとき、自分も結界のすり抜けをしていたことを思い出す響司。


「そういえば結界って悪魔にしか効果ないんだ」

「オマエ、『祓い人』?」


 新たな発見に関心していると、悪魔が話しかけてきた。

 

 悪魔は結界の中でチューニングの合っていないラジオのノイズのような音を発する黒い靄の球となる。ふよふよと浮く悪魔に目はないが、睨みつけられている気がした。


「『祓い人』って『悪魔祓い師(エクソシスト)』のこと? 僕は技を少し知っているだけだよ」

「ワレ、完全、認識サレタ」


 ノイズが酷くて悪魔の言葉が一部途切れて聞こえる。


「ちゃんと見えてるよ。聞きたいことがあるんだけどいい?」

「ヒト、悪魔ニ訊ク?」

「最近人間が死んだと思うんだけど知らない?」

「知ラヌ。解放、要求」


 捕まっている自覚はあるらしい。素直に解放してもいいかと考えたが、目の前にいるのはノイズを発する悪魔。つまり人の魂を食っている。


 実際、さっきも中年男性から魂を吸い取っていたはずだ。人に危害を加える以上野放しにはできない。


(あれ? 僕って結界で叩いたり跳ね返したり捕らえたりしてるけど、悪魔を祓う術を知らないんじゃ……?)


 悪魔が何度も結界に体当たりしている。結界が破られる様子はない。跳ね返したと同時にダメージを与えているわけでもなさそうだった。


(どうしよう。何かいい手はないか……。悪魔、ヨル、契約。契約は守るのかな……)


 連想ゲームを一人で繰り広げて契約という言葉が引っ掛かった。


「僕のいう事聞いてくれるなら解放してあげてもいいよ」


 悪役のようなセリフを言って響司はむずがゆくなる。


「ナニを、シロ言ウ」

「『烙炎』って悪魔を追ってる。情報が欲しい」

「フザケルナ! 殺スツモリカ!!」


 ノイズの上からでもはっきりと聞き取れるレベルで悪魔は怒鳴った。さすが忌み名持ちの悪魔といった所なのだろう。捕らえられた悪魔は忌み名一つで相手の恐ろしさを理解していた。


 頭にキーンとくる悪魔の音を響司は耳を塞いで耐える。


「従わないなら今ここで潰して人間の世界から消えてもらうけど」

「ヒト、ワレ脅スカ」


 悪魔が結界への体当たりを止めて、迷うように結界内で動き回る。


「情報を集メル。ワレ、世界に留ル。良イ?」

「消滅させたりはしない。約束するよ」


 最初から消滅させる方法なんて知らないけど、と心の中で悪魔に向かって舌を出す響司。


「契約ナシ。約束……。『闇』ニ返ラナイ。ナラ、従ウ」

「なら、二日後にまたここに来る。それまでに情報を集めておいて。逃げても無駄だよ。僕はキミの居場所わかるから」


 響司はニヤリと普段はしない笑みを浮かべて、嘘に嘘を塗り重ねて悪魔を脅していく。


「従ウ。『烙炎を祓う者』」

「何その呼び方。『烙炎』に盗み聞きでもされたら攻撃されそうなんだけど」

「デハ、ナント呼ベト?」

「そうだね……あっ」


 思いついた名前にこらえきれない笑いをもらして、ウィンドブレーカーのフードの先を摘まみ、顔を隠す。


 響司は結界を解いて、悪魔の前でささやいた。


「――ライゼン。そう呼ぶといいよ」


 響司は悪魔にとって最悪な人間の名前を騙った。

体調悪化してるので、もうしばらく休みます

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